第10話
千秋さんと気まずい関係になったので、逃げるように緋郷に近づいた。
相変わらず飛知和さんの死体に近いが、舐め回してはいなかったから安心する。
「死因も、鳳さんの時と同じ?」
隣にしゃがみ、耳元で大きな声を出せば、集中が途切れこちらを見た。
「ん。ああ、そうみたいだね。胸を刃物で一突き。今回も一発で仕留めたから、偶然上手く刺さった可能性は消えた。今回の犯人は、抵抗されたら手ごわいかもね」
「犯人が男か女かは?」
「まだどっちとも言えない。別に女でも、心臓を刺せないわけではないから。まあ、男の方がやりやすいっていうのはあるけど。抵抗した感じは全く無いから、油断しているところをやられたって感じかな。そうだなあ……例えば、このソファに座って、目を閉じリラックスしていた時にとか。そうすれば、上から勢いよく振りかぶればいいから、その分の力は加わるだろうね」
「それじゃあ、まだ犯人を絞り込めるものは無いのかな」
「まあね。でも、この状況で招き入れてリラックスできるということは、よほど気を許した相手じゃないと」
「それじゃあ、僕と緋郷は除外されるね」
「あはは。確かに」
飛知和さん殺しについては、僕達の潔白がどんどん証明される。
おそらく昨日部屋を訪ねたとしても、扉さえ開けてくれなかった可能性が高い。
自分で言っていて悲しくなるが、それが事実だ。
「部屋の中はどう? 犯人の痕跡とか無いかな?」
「んー、今のところは。すっごく綺麗に掃除されている。元々綺麗だろうけど、たぶん犯人が証拠を隠滅するために、更に掃除をしたみたいだね」
「そっか、残念」
髪の毛の一本でも落ちていれば、だいぶ絞り込めたのに。
そうなるからこそ、綺麗に掃除をしたのだろうけど。
「もし飛知和さんが抵抗する間も無く殺されたとしたら、緋郷が聞いた足音は掃除をする際のものになるけど、そうしたら犯人は複数犯になるよね。いや、犯人を招き入れた時にどたどたとうるさくしただけの可能性もあるか」
まだ手掛かりが無いので、下手に決めつけられない。
思考の渦に呑み込まれそうになって、頭を抱えていたら、戸惑ったような声が間に入ってきた。
「すみません」
それは千秋さんで、先ほどまでのポーカーフェイスがどこかにいき、眉間にしわを寄せて小さく手をあげていた。
「はい、何でしょうか」
「今、足音を聞いたとおっしゃっていましたが。それは、相神様が地下室にいる時でしょうか?」
「そうですね。この部屋の下は、緋郷が軟禁されていた部屋がありますよね?」
「はい。この真下には、相神様がいた部屋があります。しかし……」
彼女はそこで言いよどみ、不審な目を向けてくる。
「部屋の壁と同様、床も防音仕様になっております。拳銃でも発砲しない限りは、聞こえないはずですが」
何だそんなことか。
言いよどんでいるから、何か重大な話をするのかと思っていたけど。
「緋郷の耳は良いですからね。特に寝ようとしている時は、敏感なぐらい音に反応するんです。防音仕様でも、発砲音は聞こえるぐらいなら、緋郷の耳は足音がうるさく聞こえますよ」
「そうですか」
他人の音に異常なほどに敏感だから、寝る時は細心の注意を払わなくてはならない。
しかし僕など、例外はある。よく分からない基準が緋郷の中にはあり、この島の人に関しては僕以外の全員が、その対象のはずだ。
それが分かっているから、最初に僕達に用意された部屋は、さらに音が遮断されるようになっていたと思うのだけど。
千秋さんを含むメイドさん達には、伝えられていなかったのだろうか。
この島の完璧さ具合から考えると不思議ではあるが、プライベートな問題だから気を遣ってくれたのかもしれない。
こういっては何だが、りんなお嬢様のイメージと気遣いが、イコールで繋がらなかった。
まあ、そういう時もあるか。
いまいち納得のいってなさそうな千秋さんだが、そういうものだから仕方ないと思ってほしい。
僕でさえうまく理解できていないことを、理解されてしまったら立つ瀬がないから、深くまでは分かってほしくは無いけど。
理解させる間を与えないようにして、僕は千秋さんに頼みごとをする。
「飛知和さんの遺体も、鳳さんと同じように埋めてあげたいんですけど。りんなお嬢様の許可を取った方が良いですかね?」
「すでに許可は得ております。鳳様と同じ場所に埋めてあげなさい、とのことです」
「ああ、はい。あそこですかあ。分かりました」
別にカルミアの場所じゃなくても良かったが、そう言われてしまったら反対は出来ない。
りんなお嬢様の考えは、僕達には理解しがたいものだ。
また穴を掘って埋めなければいけないと考えると、とても憂鬱だが、放置しておくと緋郷が突拍子もない行動を起こしそうだ。
それだけは絶対にあってはならないことだから、早めに埋めておきたい。
「ええ。もう埋めちゃうの。もう少し一緒に、ベッドで寝ようと思っていたのに」
本当に早くしないと実行しそうだから、僕は有無を言わさず立ち上がった。
「すぐ、埋める、これ、決定事項」
何だかカタコトになってしまったが、しぶしぶ納得してくれたので安心する。
一緒のベッドなんて、僕の精神状態的にも悪い。
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