第3話
中に入れば、探さなくても死体が部屋のど真ん中に横たわっていたので、すぐに分かった。
うつぶせになっているのは最初からなのか、そして右手が伸ばされ何かを掴もうとしているようだ。
入り口からは彼女の顔が見えなくて、今のところは口が切り裂かれているのかは分からない。
まずは口を確認するのが先だと、僕は飛知和さんに近づく。
右を向いている顔を見るために、回り込むと腕に被って全体は見えなかったが、口元は確認できた。
「確かに、バツに切り裂かれていますね」
鋭利な刃物で、言い方はあれだけど綺麗な傷口だった。
千秋さんの言う通り、鳳さんの時と同じように見える。
しかし写真に残していなかったから、比べているわけではない。
だから実物は見たけど、まだ決めつける段階ではない。
「飛知和さんの体は動かしましたか?」
「脈を確認するために、手首と首元に触れましたが、大きく動かしてはいません」
「そうですか。僕が動かしても?」
「何のためにかしら?」
「何が死因なのか調べるためにです。今ざっと見ましたが、傷や首を絞めた痕などがないので。表側に何かあるのかな、と思いまして」
緋郷は今地下室にまだいるから、飛知和さんの体を調べることが出来ない。
その代わりに、僕が隅から隅まで調べて、報告する必要性がある。
何に対して緋郷が興味を抱くか分からず、細部まで覚えておかなければ。
そうなると、死因を知っておかなくては、緋郷が満足してくれるわけがない。
許可を得ようとしているが、もしも駄目だと言われれば駄々をこねる覚悟だ。
「ええ、それなら構わないと思いますわ。ただし、傷をつけてはいけませんよ」
その決意が伝わったのか、りんなお嬢様は許可を出してくれた。
傷つけるほど何かをすることは無いので、その点は安心してほしい。
ジェントルマンを自負している僕は、そっと飛知和さんの体を抱えてひっくり返す。勢いが余ってしまい、床に強く打ち付ける音が響いた。
「えっと、すみません」
冷たい視線にさらされて、僕はとりあえず謝っておく。
今は痛みを感じないのだから、文句も言われない。
おそらく傷はつかなかったと思うので、僕は悪くないと言い聞かせておいた。
引っくり返した飛知和さんの胸は、赤く染まり、鳳さんと同じように胸を刺されて殺されたのだと推測できる。
他に傷や乱れた様子がないから、これが直接の死因と考えるのが自然だ。
おそらくの死因が分かったので、僕は伸ばされた右手に注目を向ける。
何かを取ろうとしたのか、はたまた助けを求めるために伸ばしたのか、犯人を捕まえようとしていたのか。
様々な理由が考えられるが、僕としては一番最初だと思う。
しかしとったはずの何かは、犯人によって回収されてしまったあとのようだ。
彼女の手の中には何も残っておらず、空間だけを掴んでいた。
何か欠片でも残っていないかと期待したが、残念ながら綺麗なものだった。
飛知和さんは、最後の力を振り絞って犯人に繋がる何かを手にしたが、それに気がついた犯人によって取られてしまった。
無理やりとられたような手の形ではないので、飛知和さんを刺したあとも、しばらくは部屋に滞在していたというわけだ。
何のためにと聞かれても、犯人じゃないから分からないが、人を殺した後にはすぐに現場から離れたいものなので、それを上回る大事なことがあったのだろう。
飛知和さんの体は乱れた様子なく、来ている服はいつも見ているようなタイプのもの。
これは誰が尋ねてきて殺されたのか、鳳さんの時のように絞り込むのは難しそうだ。
しかし、どちらかというと気を許した相手だろう。
そうでなかったら、この状況で部屋に招き入れることまではしない。
このことから、僕と緋郷を犯人から除外してくれれば良いけど、普通だったらそう簡単にはいかないか。
飛知和さんの体を隅々まで調べて満足すると、僕はようやく視線を別に移した。
「……ん?」
そしてテーブルの上に、一枚の紙が置いてあるのに気がつく。
僕は近づいて、それを手に取った。
「これは、推理をしようとしていた名残かな?」
その紙には、りんなお嬢様、メイドさん三人、飛知和さん、賀喜さんを除く名前が書かれていた。
それぞれの名前の脇には、丸やら三角やらバツとあり、怪しいかどうか判断していたらしい。
もちろん、僕と緋郷の名前の脇には、でかでかとバツがある。
その他の人は丸か三角なので、ものすごく格差を感じた。
取り乱していたりいい所が無かったようだけど、色々と考えていたんだな。
すぐ近くで死んでいる飛知和さんに対して同情しつつ、紙をテーブルに戻した。
そして、あとはどこを調べようかと部屋の中をうろつこうとしたのだが。
「……りんなお嬢様、皆様を大広間に集め終わりました」
ノックの後、春海さんが入ってきて、一旦中断するを得なかった。
「ありがとう。それでは、まだ調べ足りないでしょうけど、一度皆様とお話をしましょう」
そう言われてしまったら、仕方がない。
僕は調査を諦めて、大広間に向かうことにした。
これから、また別にやることがある。
体力を残しておかなければ。
今日は散歩する余裕がなかったから、ランニングをした昨日よりは体力が余っているとはいえ、徹夜明けである。
頑張ろう。僕は死んだ目で笑った。
それを見て、今湊さんが引いていた。
辛い。
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