第2話



 いつもの冷静さをかなぐり捨てて、焦った様子で入ってきた千秋さん。

 その姿に、さすがのりんなお嬢様達も焦るかと思ったが。


「どうしたのかしら?」


「千秋。お嬢様の前ですよ。はしたない真似はやめなさい」


 二人は冷静に千秋さんに注意するだけで、特に焦った様子は見られない。

 それは可哀想だと思い、僕は立ち上がって彼女に近づく。


「どうしたんですか? 一体、何があったんですか?」


「あ、えっと、大丈夫です」


 きちんと話を聞こうとしたのに、千秋さんはそっけない。

 そういうところが彼女の魅力なので、その魅力を伸ばしてもらいたい。

 千秋さんは僕のことなんて歯牙にもかけず、りんなお嬢様の元に近づいた。

 そして耳打ちをしようとして、考え直して皆に聞こえるぐらいの音量で報告をする。


「……たったいま、飛知和様が死体となって発見されました」


 驚いた声を出したのは、この場に誰もいなかった。

 僕は緋郷がああ言っていたから、ある程度は予想していたのだが、他の三人もそうだったのだろうか。


「千秋、すぐに案内なさい」


 驚きもせず冷静に、りんなお嬢様は優雅に立ち上がると、千秋さんに命令した。


「他には誰が知っているのかしら?」


「まだ、私と賀喜様しか知りません」


「それなら、春海が他の人に伝えなさい。飛知和さんは、どこで亡くなっているの?」


「飛知和様にあてがわれた客室です」


「そう。それなら事情を伝えたら、大広間に集まるように言いなさい」


「かしこまりました」


 短く、しかし的確に命令をすると、彼女は千秋さんを引き連れ、こちらを見た。


「あなた方も行くでしょう?」


「はい」


「行きますよお」


 聞かれなくてもついて行くつもりだったから、食い気味に答える。

 今回は今湊さんもついてくるらしく、死体が駄目というわけでは無いようだ。

 まあ、そういう人間らしいところがある方が気味悪いので、想像通りで良かった。


 りんなお嬢様が急いでいないから、僕達も走っていくことが出来ず、もどかしい気持ちで後ろをついていく。

 しかし、わざわざ先に行くほどは焦ってはいなかった。

 千秋さんも短時間で落ち着いたのか、普段の様子に戻っている。


「千秋さん」


「はい、何でしょうか?」


「飛知和さんの死体って言いましたけど、自殺ですか? 他殺ですか?」


「……千秋、どうだったのかしら?」


 そういえば聞いていなかったと、移動の間が気まずいので尋ねる。

 千秋さんは最初無視をしようとしていたが、りんなお嬢様に促され、仕方なくと言った感じで答えてくれた。


「……他殺です」


「どうして、それが分かるんですか?」


「見れば分かるからです、と言いたいところですが、鳳様の時と同じだからです」


「同じ、とは?」


「飛知和さまの口も、バツに切り裂かれていました。確実にとは言えませんが、同じ刃物だと思われます」


 飛知和さんの口が、鳳さんと同じように引き裂かれている。

 それはつまり、連続殺人ということか。

 いや駄目だ。そんな安易に考えてはいけない。

 口をバツに切り裂かれて、似たような刃物を使っていたからと言っても、確実に犯人は同じだとは分からない。


 飛知和さんに恨みを持っていた人が、鳳さんの死をチャンスと捉え、模倣して殺した可能性もある。

 すぐに結論を決めようとするのが、僕の悪い癖なのかもしれない。

 これは緋郷に呆れられるか、怒られる。

 今湊さんに感化されて、気が緩んでいたのか。もう少し引き締めなくては。



 反省をしている間に、飛知和さんの部屋についた。

 部屋の前には、顔色の悪い賀喜さんが座り込んでいる。

 どうやら立って待っていられないほど、ショックを受けているようだ。


「……あ」


 俯いていたのだが、近づいてくる気配を感じたのか、ゆっくりと顔を上げる。

 そして僕達を見て、とても微妙な表情を浮かべた。


「賀喜様、ご気分が優れないようであれば、大広間に移動していただいても構いませんよ」


「あ、はい。えっと、そう、させていただきます」


 彼女は頭を抱えながら、ふらふらと立ち上がり、視線を合わせようとせずに脇を通り過ぎて行く。

 何かを話す余裕が全く無いようなので、あえて話しかけはしなかった。


 賀喜さんの姿が見えなくなってから、僕達は顔を合わせる。


「一応確認しますけど。今から部屋に入って死体を見ますわ。本当に大丈夫かしら?」


 こういう気遣いはしないのかと勝手に思っていたが、りんなお嬢様は確認をしてきた。


「僕は大丈夫です。慣れていますから」


「私も大丈夫ですう。気分が悪くなったらあ、きちんと言えますからあ」


 ここまで来て、死体を見ないで帰るわけがない。

 今湊さんはどう思っているのか知らないけど、今のところ全く死体を見ることに恐怖を抱いていないみたいだ。

 僕も、そうだけど。


「では、入りますわ」


 確認が終われば、遠慮は無かった。

 千秋さんが扉を開けると、りんなお嬢様、僕、今湊さんの順に中に入る。


 毎回そうなのだが、部屋の中は死の気配で満ち溢れていた。

 ここに死体がある。

 まだ腐臭がする段階ではないのに、何か嫌なものを感じて、僕はハンカチで口を押えた。



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