第32話



 今湊さんをおんぶしたまま、僕は大広間の扉を開けた。

 時間に余裕を持っていたはずだけど、僕達以外の全員がすでに座っていた。


 そのせいで、僕達の様子は全員に見られてしまった。


「えっと……今湊さんは調子が悪いのかしら?」


 りんなお嬢様も困惑していて、ものすごく言い辛そうに尋ねてくる。


「いいえ。お腹が空いて動けなかったそうなので、運んできました。だから、体調不良とかでは、全く無いです」


 答えると僕は、今湊さんの席に向かって進む。

 そして、丁寧に席におろした。


「はい、到着です」


「ありがとうございますう。助かりましたあ」


「いえいえ。たくさん食べて、栄養補給してくださいね」


「はあい」


 小さい子に言い聞かせるみたいな感じになってしまったが、良い返事が返ってきたからいいだろう。

 右手を上げて返事をした今湊さんは、ニコニコと笑って続けた。


「まるでお兄ちゃんみたいですねえ。お兄ちゃんと呼んでもいいですかあ」


 それはからかいではなく、本気で言っているようだった。

 僕は一瞬固まり、そして眉を下げて笑った。


「良いですよ。それじゃあ僕は、湖織と呼びましょうか」


「それは……いいですねえ。ぜひ、湖織と呼んでください」


 普通だったら断るところだけど、今湊さんだから許してしまう。

 僕達が、そんなふうにほのぼのとした空気を醸し出したからか、今まで何も言わなかったりんなお嬢様が、また話しかけてきた。


「……あなた達、随分と仲が良くなったのね」


 物珍しそうに、僕と今湊さんを見比べると、口元に笑みを浮かべた。


「まあ、仲が良いのはいいことだわ」


「はい、もう親友のレベルですよお」


「僕はそこまでではないですけどね」


「お兄ちゃんは、恥ずかしがり屋さんですねえ」


「ははは。正直者なだけです」


「あなた達、実はとても似た者同士なのかもしれないわね」


 とてつもなく不本意なことを言われた。

 りんなお嬢様は笑みを浮かべたまま、更に言葉を重ねる。


「そこまで仲良くなったのだから、今湊さんのことは守ってあげてほしいわ。一人で行動するのは、今はあまり感心できないもの」


「はあい」


「何で湖織が返事するんですか。まあ、極力目を離さないようにはします」


「よろしくね」


 何故かよくわからない約束も取り付けられ、別に断る理由も無かったので受け入れた。

 そうすれば満足したりんなお嬢様は、僕達に席に座るように促す。


「さあ、夕食が終わったら、楽しい楽しい推理の時間ですわ。食事を楽しんで、頭を働かせましょう」


 席に座ったのを確認すると、彼女は合図をし、メイドさん達が一斉に動き出した。


「今日は食欲がないでしょうし、お肉を食べられない方もいるかと思って、急遽魚にしてもらったのだけど、お口に合うかしら?」


 その言葉通り、目の前に出されたのは、ソースがかけられた白身魚だった。種類は分からない。

 確かに、ここにいるほぼ全員が死体を見ている。そこから、肉を見るのでさえも嫌だという人は多いはずだ。


 例外もいるだろうけど、いちいち聞いていたらメイドさん達が大変だ。

 まあ彼女達なら、涼しい顔で全員に別の料理を作ることも出来そうだが。


 出された料理はとても美味しそうなので、魚だということに文句を言う人はいない。

 緊張の面持ちで、ゆっくりと料理に手を付け始めた。


 誰も何も言わず、黙々と流れ作業のように口に運ぶ。

 作った人には申し訳ないが、味を楽しんでいる余裕が無いみたいだ。

 夕食後に行う、報告会のことを考えて憂鬱になっているのだろうか。

 僕は緊張もしていないし、憂鬱でもないので、ことさらゆっくりと料理を楽しんだ。


 この魚は、誰が届けているのか。

 もし自分達でとっているのだとしたら、能力の高さに驚かされるばかりだ。

 新鮮な魚に舌鼓を打っていると、複数の視線を感じた。

 そちらを見れば、ほとんどの人が僕に視線を向けてきている。


 どうやら食べているのは、僕と緋郷と今湊さんとりんなお嬢様だけになってしまったようだ。

 そんなに、報告するのが待ちきれないのか。

 しかし、このメンバーで見られていて気まずいと思うような人はいない。

 そのままマイペースに食事をしたので、食べ終えるまで少々時間がかかった。


「さて、全員が食べ終えましたので、報告会を始めましょうか」


 口元を上品に拭ったりんなお嬢様は、待たせたことなどみじんも悪く思っていない表情で仕切り始める。


「今朝も伝えたかと思いますけど、もしもこの報告会で容疑者候補が出て来た場合は隔離いたしますわ。多数の人が賛成した時点で、拒否権はございませんから。そこは了承してくださいね」


 誰も反論をしない。

 自分が、容疑者候補ではないという自信があるらしい。


「順番は、そうですわね……来栖さんから逆時計回りにしましょう。特に報告することが無ければ、そう言っていただければいいわ」


「……わ、私からですか……?」


「嫌かしら?」


「い、いえ」


 急に名指しされた来栖さんは、俯いていた顔を上げて困惑の表情を浮かべた。

 しかしりんなお嬢様に圧をかけられ、素直に言葉に従った。


「それでは、私から報告させてもらいます」


 そして一度全員の顔を見つめ、彼はゆっくりと話を始めた。



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