第31話




 ほのぼのとしていたはずの、おやつの時間は地獄のものへと変わった。

 そんな気まずい空気のまま、槻木君は鷹辻さんを連れて帰っていく。


「お菓子、わけてくれてありがとう。一緒に食べられて、とっても楽しかったよ」


 何も言わない鷹辻さんの手を引いて、僕と今湊さんにだけ、槻木君は笑いかけてくれた。

 二人の小さくなっていく背中を見ながら、僕は満足気にしている緋郷の頭を軽く殴る。


「いたっ」


「何で、あんなに鷹辻さんのことをいじめたの?」


「何でって、いじめがいがあったから? ……っていうのは嘘で、ちょっと気になったことがあったから、試してみた」


「気になったこと? 何?」


「んー、いじめた時に、どういう反応をするのかなあって」


「そんなことだけのために……鷹辻さんを落ち込ませて、槻木君をすごく怒らせたの」


「そんなことじゃないよ。大事なことさ」


 緋郷が言う大事の意味は僕には理解できず、ただただ呆れるしかなかった。


「大事だったとしてもさ、あんなに小さい子に対して、大人げなさすぎるでしょ」


「……ああ、だからサンタは怒っているんだ」


 僕の怒りは、緋郷に伝わったようだ。

 納得した顔をして、今湊さんに視線を向けた。


「君は、どう思っているの? サンタと同じ?」


「私は、ちゃんと見ていますよお。現実を」


「それならよかった」


「でも、いじめすぎだとは思いましたけどお」


「あらま」


「僕を置いていかないで。何、二人だけで分かったかのような雰囲気を醸し出しているんだよ」


 二人は、僕に分からない雰囲気で、何かを通じ合っている。

 その様子に嫉妬に似た何かを感じて、間に無理やり割って入った。


 緋郷は、僕の顔を見てニヤニヤと笑う。


「どうしたの? まるで嫉妬しているみたいだね」


「別に」


「嫉妬は醜い感情ですよお」


「違いますって」


 それに今湊さんも加わってきて、僕の周りを囲んでくる。

 僕は居たたまれなくなり、素っ気ない返事しか出来なかった。

 緋郷のことを一番知っているなんて、どんな自意識過剰だと恥ずかしくなってしまう。


 最初は恥ずかしく思っていたけど、あまりにも二人が面倒くさいから、数分後しつこいと軽く殴った。





 頭に大きなこぶを作った二人に対して、二度とからかわないようにと説教を終えると、いい頃合いの時間になっていた。


 今湊さんのお腹は空腹を訴え、ずっと騒いでいる。

 その音と彼女の表情は、あまりにも可哀想なものにまで達していたので、僕は申し訳ない気持ちと笑いがこらえきれなかった。


「お腹が空きましたあ。私、ミイラになっていませんかあ?」


「ぶ、ふふ。すみません。今のところ、大丈夫そうですよ」


「う、うう。お腹が空きましたあ。これはもう歩けないですう。誰かに運んでもらえなかったら、私はここで飢え死にしてしまうかもしれませんねえ」


 今湊さんは床に座り込み、僕を見上げてくる。

 その顔はどう見ても、運んでもらいたそうにしていた。


 確かに説教をして、ここに引き留めたのは僕である。

 しかし先ほどまで、一緒にクッキーを食べたばかりではないかと言いたい。

 いくら何でも、燃費が悪すぎる。


 それでも、動けないというのは本気で言っているようなので、置いていくと後々面倒くさそうだ。

 恨まれたら長引きそうだし、こんな状況で置いていったら、他の人からの印象も悪くなる。

 もう、すでに手遅れな気もするけど。


 僕はため息を吐いて、今湊さんに背を向けてしゃがみ込んだ。


「ほら、今湊さん。おんぶで良かったら、のっかってください」


 腕を後ろに回して、手を腰の辺りで固定する。

 おんぶをするための、完璧な体勢。


「しょうがないですねえ。そこまで言ってくれるのなら、おんぶをされましょうかあ」


 嬉しそうな声が聞こえてきて、ゆっくりと気配が近づいてきた。

 そこで何故か、僕は今湊さんにこのまま首を絞められるのではないか、と想像してしまった。


 だから、わざと歩けないふりをして、僕がこうするのを待っていたのではないか。

 そう想像してしまったら、首に回された腕に、鳥肌が立つ。


 緋郷がいるのであれば、最悪の事態にはならないはずだが。

 面白がって、助けるのは遅くなる可能性が高い。


 僕は覚悟をして、首を圧迫されるのを待った。


「えへへえ。ありがとうございますう」


 しかし首に柔らかく巻き付けられた腕と、今湊さんの楽しげな声は、僕の予想を裏切った。


「い、いえ」


 殺されるかもしれないと思っていたところに、こんな反応をされてしまうと戸惑ってしまう。

 背中に感じる他人の体温も、それを助長させた。


 立ち上がっても、全く負担を感じないぐらい、今湊さんは軽い。

 まるで子供を背負っているみたいで、落とさないようにと位置を正した。


「うわあ。思っていたよりも、居心地がいいですう。お兄ちゃんみたいですねえ」


 ちょうど妹みたいだと思ったので、僕は驚く。

 こんな妹は嫌だけど、こうしているのは案外悪くない。


「落ちないでくださいね」


「はあい」


 動かないように注意して歩き出せば、緋郷が隣に並んでくる。


 浮かべている表情は、同情を含んだもので。

 僕は見て見ぬふりをして、屋敷へと向かった。



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