第20話




 部屋に戻った緋郷は、ベッドに寝転がり、大きくあくびをした。


「今日は早く起こされたし、昨日も早く起きた。睡眠が足りないから、俺は寝る。起きたい時に起きるから、サンタは色々と話を聞いてきて」


 僕が返事をする前に、勝手に指示をして目を閉じる。

 そして、すぐに眠ってしまった。


 予想外のことでは無かったので、そこまで驚きはしなかったが、僕一人で動くことになるのかと、ため息を吐いた。

 やはり睡眠時間は、緋郷にとって重要なものだったか。

 寝だめをすることは出来ないと、テレビでやっていたのを見たことがあるけど。

 彼には関係ない、というわけだ。


 昨日と今日の分を合わせると、昼食はいらないのかもしれない。

 きっと今起こそうとしたところで、帰ってくるのは拳か足だけだ。

 余計な傷は作りたくないから、諦めて外に出ることにする。



 部屋の外に出て、そして屋敷からも出ると、僕の足は自然とカルミアのある場所に向かっていた。


「全く。これからのことを、打ち合わせしていないのに」


 口から出るのは、緋郷に対する文句ばかり。

 打ち合わせできる時間は残り少ないのに、その間に寝てしまうのだから。

 文句を言ったって、バチは当たらないはずだ。


 今までの経験上、何をするべきかは大体分かるけど、もしものことだってある。

 それを臨機応変に対応するのが、助手に仕事だろう。

 緋郷だったら、それぐらい言ってきそうか。


 それならお望み通り、臨機応変に好き勝手に行動させてもらいますよ。

 僕は心のうちに怒りを溜め込みながら、表情は笑顔を装った。


 しかしその前に、カルミアの花で癒されてからだ。

 意気揚々と向かう僕は、すっかりと忘れていた。

 つい先程まで、その場所で何を行なっていたのかを。



 思い出したのは、着いてからすぐだった。


「あ、そうだ。鳳さん……」


 僕は花畑を見て、額を叩く。

 筋肉痛になりそうなぐらい穴を掘ったことを、もう忘れてしまっていたなんて。

 まだまだ若いと思っていたが、考えを改めるべきだろうか。


 鳳さんが埋まっているだろう地面に視線を向け、大きく息も吐いた。

 癒されるために来たのに、癒しとはほど遠い。

 それでも花に罪はないので、地面を見ないようにして楽しんでいたのだが。


「あら……あなたは……えっと……」


「サンタさんです」


「ああ、そうだったわね。サンタ君」


 背後から声が聞こえて振り向けば、飛知和さんと賀喜さんがいた。

 しかも、昨日と似たようなやり取りをしている。


 サンタ、という名前は、そんなに覚えづらいだろうか。

 他の人に比べたら、親しみのある名前だと思う。まあ、本名じゃないけど。

 緋郷と同レベルで名前を覚えていない様子に、僕は呆れてしまう。


 探偵という職業をしているのだから、顔と名前はすぐに覚えるものだろう。

 緋郷に関しては諦めているし、それがあるからこそ僕は助手になれたわけだ。

 飛知和さんも、同じタイプなのだろうか。

 賀喜さんが、そういうのは全部管理しているのか。


 もしもそうだとしたら、出来る女のイメージは変えた方がいいのかもしれない。

 今はきっちりとしているお団子だって、賀喜さんがやってあげた可能性もある。


 僕の中でのイメージが変化しているとは知らずに、飛知和さんは友好的な表情で近づいてきた。

 これまでの取り乱しようからは、ずいぶんと回復している。


「あなたは、お散歩かしら?」


「うーん、そうですね。そんなところです。お二人もそうですか?」


「ええ。散歩をして、気分転換をしようかと思っているの。探偵として色々と頑張らなきゃいけないけど、その前に精神を整えておこうとね」


「おー。意識が高い」


 散歩の効果はすごい。

 そう感心してしまうぐらいは、回復している。


 それならば、こちらとしてもやりやすい。


「あの、ちょっと聞きたいことがあるんですけど。大丈夫ですか?」


「まあ、ちょうど休憩をしようと思っていたから、良いわよ。出流も良いでしょ?」


「はい」


 僕は、これ幸いと話を聞くことにする。

 そうすれば嫌な顔一つせずに、許可をしてくれたので、腕を上げてベンチを指した。


「あそこに、座りましょうか」


「ええ、良いわよ」


 彼女は僕より先に、指したベンチの元に行く。

 その時に、鳳さんが埋まっているところを通ったのだが、あえて言わないでおいた。




「それで、あなたがしたいお話というのは、先ほどの私達の態度でしょう?」


 ベンチに座った飛知和さんは、先回りして話題を提供してくれる。

 話が早くて何よりだと、僕はありがたみを感じた。


「お二人共、先ほど様子がおかしかったですけど、どうしましたか?」


 そうすれば、飛知和さんと賀喜さんは視線を合わせて、そして何かアイコンタクトを交わす。


「ちょっと体調が悪かっただけよ。遺体を見るのは初めてでしたから、思っていた以上にショックを受けていたみたいで」


「私もです。先ほど、何か違和感があると言いましたが、よくよく考えてみたら気のせいでした。何だか、あの場の雰囲気に呑み込まれて、そう言ってしまっただけです」


 アイコンタクトを交わし終え、僕の方を見た二人は、話を誤魔化すように早口で言った。

 どう考えても嘘をついているのだけれど、今突き詰めたところで、本当のことを話してくれるとは思えない。


 何か良い情報を得られると思ったのだが、とんだ誤算だった。


「そうなんですか。それじゃあ、もしも他に思い違いがあったのなら、その時は話をしてください。待っていますから」


「ええ、その時はお話ししますわ」


「私も、話します」


 絶対に話してくれないだろう言い方で、二人は誤魔化した笑みを浮かべた。


「お願いします。僕の話は、これで終わりです。引き留めてしまって、すみませんでした」


「いえ、私こそ。お力に慣れなくて。ごめんなさいね」


 飛知和さんは素早く立ち上がり、まるで逃げるように去っていった。

 その時に、また鳳さんの埋まっている地面を踏んだのだが、優しさから言わないでおいた。


 後ろ姿を見ていると、飛知和さんについていかなかった賀喜さんが、僕に近づき小声で囁いてきた。


「すみません。お話ししたいことがあるので、一時間後ここにいてください」


 そして言いたいことだけ言って、飛知和さんの後を追うために走っていった。

 残された僕は、囁かれた耳を押さえて、注意を口にする。


「そこの地面に、鳳さんが埋まっていますよ。気を付けてくださいね」


 もちろん、誰もそれを聞いていなかった。



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