第19話



 美味しかったケーキを全部食べられてしまったから、今湊さんに対して攻撃的に話す緋郷。

 彼女もそれを感じたのか、攻撃に対して攻撃を返す。

 二人の会話は、険悪な雰囲気のまま続けられる。


「それで容疑者候補の今湊さん。朝はどうしていたのか教えてもらえません?」


「ぷふふ。それは、あなたも同じでしょう? 私が犯人の可能性があるならあ、あなたもその可能性があるじゃないですかあ。まあ、いいですけどねえ。えーっと、朝はですねえ。いつも決まった時間に起きるわけじゃないですから、昨日は早かったですけど。今日はメイドさんが来てから、起きましたあ」


「随分と寝ていたんだ。いつも寝癖をつけているけど、それは何かを誤魔化すためかな?」


「人の身だしなみについて、色々というのはデリカシーにかけますねえ。これは寝癖風にセットした髪型ですよお」


 寝癖風にセットしたというのは、明らかな嘘だろう。

 どう考えても、寝癖である。

 まあ、それは別にいい。


 今湊さんも、これといった情報は持っていないのか。

 険悪な雰囲気の割に、得た情報が少なすぎる。


「それはそれは。素敵な髪型だね。それじゃあ、何か気が付いたことは無かったの? 姫華さんについて、少しでもさあ」


「気が付いたことですかあ。そうですねえ……特に変わったことは無かったですよ。私が部屋に帰ろうとした時は、きちんと扉も閉まっていましたし。姿だって、見ていませんからあ。自分の疑いを晴らすことはできませんし、何の情報も渡せませんねえ。ごめんなさい」


「別にいいよ。容疑が晴れた人は、今のところいないし。姫華さんがいつ死んだのかさえも、未だに分からないからねえ。誰が犯人なのかも絞り込めないし、誰が犯人じゃないかも絞り込めない。何の手掛かりもない今は、どうしようも出来ないからさ」


「そうですかあ。心配して損しました。そろそろ、もういいですかあ? お腹がいっぱいになったら、眠くなってきましたあ」


 ふわわと言う声を出して、大きなあくびをする今湊さん。

 本当に自由人だ。

 緋郷も止める気は無いのか、手をひらひらと振る。


「いいよいいよ。何か聞きたくなったら、また話に行くからさ。眠いのなら、早く寝た方が良い。睡眠不足は、行動を制限するからね」


「ありがとうございますう。とても楽しい時間を過ごせましたよ。今度話をする時は、もう少し穏やかにお願いしますう。それではあ」


 緑茶を一気飲みにした彼女は、緩い笑いを浮かべて立ち上がる。

 そして、ゆらゆらと揺れながら、部屋から出て行った。


 彼女の出て行った扉を見つめながら、緋郷は呟く。


「……ケーキ」


 彼も、たいがいしつこい男だった。





 今湊さんとの話も終わったので、大広間にいる意味は無くなった。

 僕達は、ようやく千秋さんの冷たい視線から解放されて、部屋から出て行くことにした。


 椅子に座っているというのも疲れるもので、腰と背中とお尻が痛い。

 僕は伸びをしながら、緋郷に話しかける。


「それで。色々な人に話を聞いたけど、何か分かった?」


 とりあえず部屋に戻る気なのか、別館の方に進んでいる。

 たくさんお茶を飲んだから、休憩したいのか。


「んん? そうだねえ。興味深いことはあったけど、今は何の役にも立たないね。これから、どう化けるのかは俺にも分からない。化けない可能性だってある」


「情報が少ないからね。まだ仕方ないか。未だに混乱していて、きちんと思い出せていない人だっているし」


「色々と情報を集めて、どう詰めていくか。これから楽しくなっていくね」


 部屋に戻った緋郷は、ゆっくりと息を吐いた。

 その前に、扉をよく観察して、楽しそうに頷いている。


「どうしたの?」


「んー? 外から鍵がかかっているか判断するには、やっぱりドアノブを動かすしか方法は無いんだな、っていう確認。他の人が閉まっていたっていっても、鍵がかかっていたかまでは分からないみたい」


「そうか。それじゃあ、やっぱりどの時間に鳳さんが部屋からいなくなったのかは、分からないってことだね」


 扉は中から鍵をかけるタイプで、外からは開けることが出来ない。

 それは、外から開けるための鍵を、メイドさん達が持っているからである。

 合鍵を作れないタイプだというそれは、ピッキングでも開けられないものだと聞いた。

 だから客人が、外から開けることは出来ない。


 来栖さんの証言が本当ならば、一応鳳さんが部屋からいなくなったのは、彼が閉まっているのを確認してからメイドさんが施錠を始めるまでの間か、鍵を開けてからランニングをしていた僕達が見つける前までの間のどちらかだ。

 時間が絞れた方が良いけど、彼が勘違いしているか嘘をついている可能性もある。

 まだそうだと決めつけるのは、早計か。


 ということは、三時間ほど時間を使って話を聞いたけど、労力に見合った収穫は無かったわけだ。


 いや、飛知和さんと賀喜さんを、もう少しつつけば何か出てくる可能性がある。

 明らかに様子がおかしかった飛知和さんと、違和感が何かを思い出せない賀喜さん。

 とりあえずのターゲットは、この二人に絞った方が良いだろう。

 その二人が持っている情報が、使えるものであってほしい。


 僕は心の底から願った。

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