第18話




 飛知和さんは何かを隠したまま、逃げるように大広間から出て行ってしまった。

 それに慌てて、賀喜さんもついていく。


 緋郷ともう少し話をしたそうにしていたけど、結局ついていったのは、いつもと様子が違う飛知和さんを心配したからか。それとも、上下関係がしっかりしているからか。

 後者だとしたら、二人の仲はそこまで良くないのかもしれない。



 残された僕達は、飲み物のお代わりを千秋さんに頼んだ。

 まだ残る気かという顔をされたが、見ないふりをした。

 彼女の僕達に対する態度が、段々と雑になってきた気がする。


 来栖さん、遊馬さん、鷹辻さん、槻木君、飛知和さん、賀喜さん、この人達には軽くだけど話を聞いた。

 そして最後に残ったのは、今湊さんである。

 天然で話が通じない彼女と、人に興味がなく違う意味で話が通じなくなる可能性がある緋郷。

 この二人の組み合わせは、一番面倒くさそうな予感しかしない。


 僕は聞いていなくてもいいのではないか。

 ツッコミどころが多そうだから、胃が痛くなりそうだ。

 僕は紅茶を飲み過ぎたせいで膨らんだお腹をさすって、軽く息を吐いた。



 そうしていると、部屋の外から大きな音が鳴った。

 まるで、壁にぶつかったかのような音。

 いや、おそらく本当に壁にぶつかったのだろう。


 その音からすぐに、大広間の扉が開き、肩を押さえた今湊さんが入ってきたからだ。


「いたたたた」


 全く痛くなさそうな気の抜けた声だが、ぶつかった時の音はだいぶ大きかった。


「大丈夫ですか?」


 下手をすれば脱臼もあり得るのではないかと思い、さすがに心配になって声をかけてしまう。


「あははは。大丈夫ですよお。ちょっと、つまずいただけです」


 肩を押さえていた彼女は、腕を振り回して大丈夫だとアピールをする。

 しかし回し過ぎて、変な音が鳴った。

 そして、また肩を押さえる今湊さん。

 一連の行動を見ると、頭のねじが一、二本は外れているように思えてしまう。


「お二人は、何しているんですかあ? もうご飯は食べたんでしょう?」


 肩を押さえながら席に着いた彼女は、僕達の前にカップしか置かれていないのを見て、首を傾げた。

 その場にいた千秋さんが同意する気配を感じたが、口には出されなかったから、言われなかったのと同じことだ。


「ええ、まあ。食休みですよ。どうぞ、遠慮なく食べてください」


 だから、僕はあえてわが物かのように、今湊さんに向けて話す。


「あ、はい。それじゃあ、遠慮なくう……」


 彼女は戸惑ったような微妙な顔をしていたし、千秋さんの視線は痛かった。

 しかし鈍感なふりをして、僕は微笑んだ。


 席に座った彼女は、千秋さんにケーキを頼む。

 まさか朝食では無いよなと思ったが、それ以外は頼まなかったから、どうやら朝食らしい。

 朝食の場が一緒になることは、初めてだから知らなかった。

 甘いものだけを食べて生きているなんて、頭の狂った女子か。


 しかし夕食では普通に同じものを食べていたから、朝だけなのか。

 緋郷と同じぐらい偏食だ。

 それが彼女には、とても似合っていると思う。


 千秋さんが持ってきたケーキは、先ほどまで食べていた冬香さんが作ってくれたというものだった。

 おそらく、僕が食べたケーキの残りだろう。

 ホールのそれは、一部分が欠けていた。


「わあ。美味しそうだなあ。いただきまあす」


 一人で全部を食べたら、絶対に胸焼けしそうな大きさだ。

 しかし今湊さんは、手を合わせてフォークを取った。

 そして勢いよく口を開けて、ケーキを食べ始める。


「すごい。美味しいですねえ。こんなにおいしいケーキは、初めて食べましたあ。作った人にも言っておいてください」


「痛み入ります」


 まるでブラックホールなのかと思うぐらい、勢いよく食べていく姿は、いっそ清々しく見える。

 見ているこちらでさえ、気持ち悪くなりそうだ。


 ペースを落とすことなくケーキを一気に平らげると、彼女は出された緑茶を飲みながら、ずっと見ていた僕達に顔を向ける。


「それでえ、私に何か聞きたいことがあるんでしょう?」


 ケーキの後に緑茶という組み合わせは分からないが、意外にも空気が読める人らしい。

 向こうから言ってくれたのなら、話が早い。


「昨夜のことを、他の人には大体聞いたんだよね。残るはあなただけ。簡単でいいから、教えてくれないかな?」


「はあい。良いですよお。お腹がいっぱいになって、良い気持ちですしねえ」


 ホールケーキをほぼ全部食べ終えて、満足していないと言われたら恐ろしかったから、お腹いっぱいと言ってくれて安心した。


「昨日の話ですよねえ。昨日の夜は、皆さんとトランプをした後に、部屋に戻りました。それでその後は、部屋に戻って寝ていましたあ。証明できる人なんて、いませんよお。私は一人で来ていますし、窓は開けていませんからねえ」


「まあ、皆さんそんなものですから。気にしないでいいです」


 心配していた会話だったけど、思いのほか上手くいっている。


「私が犯人だとしたら、どうしますかあ?」


「そうですね。捕まえて吊り上げましょうか」


「あはは。怖いですねえ。冗談ですから、本気にしないでくださいよお」


「俺も冗談なんで。まあ、本当に犯人だったときは、実行に移します」


「あはははは」


 このままの状態で進んでくれ、そう願ったのだが、話がそれそうな気配を感じた。

 二人は和やかな雰囲気を出しているが、マウントを取り合っているように見える。


 緋郷がここまで敵意を出している人を見るのは、初めてのことだ。

 今湊さんは、思ったよりも危険人物なのか。


「……ところで、ケーキは美味しかったですか?」


「……ええ、とってもお。美味しかったですよお」


「それはそれは、良かったですね」


 いや、ただの私怨だ。

 あのケーキを、緋郷はとても気に入っていたらしい。

 それならそうと、冬香さんに言えば良かったのに。


 僕は呆れて、二人の会話を軽く聞くことにした。



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