第17話
「何で、鷹辻さん達は、あんなに戸惑っていたんだろうね」
「そうだね。たまにサンタも、そういう時があるよね。俺に感化されたのかな?」
「何の話?」
「さあ、何の話だろう」
鷹辻さんが逃げるように部屋から出て行ったあと、僕達はまだ大広間にいた。
これで、お茶のお代わりは何杯目だろう。
いい加減、千秋さんの目が痛くなってきた。
文句は口に出さないけど、いつまでいるのだろうオーラが漂っている。
しかし申し訳ないが、帰る気は全く無い。
このまま待っていれば、他の話を聞きたい人が来るはず。
探しに行くよりも、この方が効率良いと気が付いてしまったのだ。
そうして待ち続けること数分。
二人分の足音が聞こえてきたので、次は誰と話が出来るのか分かってしまった。
僕の気分が下がってしまったのは、仕方のないことだ。
「……あら……」
「……あっ……」
部屋に入ってきた飛知和さんと賀喜さんは、一人は顔を青ざめさせて一人は頬を赤く染めた。どっちがどっちを浮かべたのかなんて、誰にでも予想出来てしまう。
飛知和さんは、少し視線をさまよわせて、諦めた顔をして席に座った。
賀喜さんは、緋郷の方を何度も見ながらアピールをしていたが、悲しいぐらいに全く伝わっていない。
斜め前に座った二人は、千秋さんを呼んで食事を頼んだ。
意識が高い系の女性だからか、何だかよく分からないカタカナを使った名前だった。
それを頼む方も頼む方だけど、用意できる方もおかしい。
別にこの島に来る前に頼んだりはしていないのだから、元々どんな要望にも応えられるのだろう。
本当に、ハイスペックな人達だ。
すぐに持ってこられたのは、失礼な感想かもしれないけど鳥の餌にしか見えなかった。
穀物なのだろうけど、きっと色々と健康に良かったり美容に良かったりするのだろうけど、食欲はそそられない。
それに豆乳をかけて、食べ始めた。
食べている姿を見ても、お世辞にも美味しそうには見えなくて、美しさを維持するのは大変だと感心してしまう。
美味しいものを食べて、楽しく生きていきたい。
そんなふうに考えている僕だったら、とても耐えられなさそうだ。
しかし緋郷に太ってきていると言われたから、少しは健康に気を使うべきなのだろうけど。
食事をなんとも言えない表情で食べ終えたのは、鷹辻さん達の時よりも随分と経ってからだった。
ごちそうさま、と手を合わせて挨拶をすると、僕達と一緒の空間が耐えきれないとでも言うように、さっさと立ち上がろうとしていた。
「ああ、そうだ。時間があれば、少し話をしません?」
しかし緋郷が許すわけもなく、声をかけて動作を封じる。
「えっ、あ、はい……」
腰を浮かせかけていた飛知和さんは、中途半端な体勢のまま固まって、そしてすぐに腰を下ろした。
賀喜さんは緋郷と話をしたかったのか、彼を見つめていたので、変な動きはせずに済んだ。
「……えっと、話とは何でしょうか?」
とても気まずそうにしている飛知和さんは、僕から視線をそらして、緋郷を見た。
彼女に対して、僕は何かをした覚えがないのだけれど、どうしてここまであからさまな態度を取られるのか。
よくよく考えなくても、緋郷の方が胡散臭いのに。
「他の人にも、昨夜からのことを聞いているんですけど、教えて貰ってもいいですかね?」
「ええ、構いませんけど……」
「そういえば先程、鷹辻さん達に会いました。昨日のこと、話をしたって聞いたんですけど」
「は、はい」
緊張している飛知和さんは、まだ朝なのに疲れきっている。
それでもお団子をきっちりまとめあげているのは、自身を奮い立たせるためだろうか。
「昨日、夕食が終わってから、外に出たらしいね。散歩って聞いたけど、何時にどこに行っていたのかな?」
「えっと……そうね……確か……出流は覚えている?」
頬に手を当てた飛知和さんは、昨夜のことを思い出そうとして、しかし思い出せなかったみたいだ。
そして代わりにとでもいうように、賀喜さんにバトンタッチする。
「そうですね。部屋に帰って、少し休みましたから……十一時半頃に外に出たと思います。外に出たと言っても、屋敷の周りを歩いていただけです」
バトンタッチされた賀喜さんは、すぐに答えを口にする。
「外に出ていた時間は、おそらく三十分から四十分ほどだったでしょう。夕食後の軽い散歩のつもりだったので」
すらすらと、まるで最初から用意していたかのようだった。
しかしそれは、鷹辻さんと話している時に思い出したことなのだろう。
「なるほど。よく分かりました。その時、本当に何も変わったことは無かったのかな? よく、思い出して」
「え、えっと。あ、はい。えっと……」
緋郷は、そっと賀喜さんに近づいた。
そうすれば、彼女は頬を染めて、冷静な顔を崩す。
彼女に対する、緋郷の効果は抜群だ。
「ほんのささいなことでいい。物の位置が少しだけずれていたとか。そんな見逃しそうなことでいいんだ」
「うう。えっと…………ちょっと待ってくださいね」
分かりやすいぐらいに顔が赤い賀喜さんは、少しの間の後考え始める。
その顔は、何か心当たりがあるみたいだ。
「どうですか?」
「んん……そうですね。何か、頭の中にひっかかるものがあるんです。それが何かが思い出せなくて……違和感があるんですけど、理由までは分からない……ごめんなさい」
「……いいよ。思い出したら、教えてくれればいい」
しかし、何かまでは思い出せなかったみたいだ。
緋郷は優しい声色で言ったから賀喜さんは安心しているが、僕は知っている。
内心では、使えないと判断していることを。
可哀想な賀喜さん。
最初から望みは無かったけど、これで完全に無理になった。
表面上は穏やかに話している二人を呆れた目で見ながら、僕は飛知和さんの様子を窺う。
賀喜さんにバトンタッチをしたまま、何も話さなかったから存在を完全にわすれていたのだけど。
「飛知和さん」
「! な、なにかしら?」
僕は彼女に声をかけた。
声をかけてしまうほどに、顔色が悪かったからだ。
全身を震わせた彼女は、すぐに取り繕う。
「大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」
「え、ええ。何でもないわ。大丈夫よ」
彼女は嘘をついた。
しかしそれが体調に関してのことなのか、それ以外のことなのかまでは、僕には分からなかった。
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