第21話



 一時間後の約束を勝手に取り付けられて、僕はベンチに座って途方に暮れていた。

 約束までの時間を、どう潰すべきか。

 屋敷に帰ったとしても、ゆっくりは出来ない。


 何かをするのを諦めて、ベンチに座ったまま目を閉じる。

 そうして、自然に身を任せた。

 このまま、自然と一体化出来ないかな。

 どう時間を潰せばいいか分からず、ただ耳を澄ませていた。


「……う、うう……」


 それから、どのぐらいの時間が経ったのか。

 遠くで、うめき声が聞こえてくる。


「ううう。ううう。く、苦しいよ……恨めしいよ」


 最初は気のせいかと思ったけど、どんどん声が大きくなった。


「私を殺したのは、誰……誰なの」


 その声は、僕の方へと近づいてきている。

 ベンチの後ろから、ゆっくりゆっくりと。


「どうして殺したの。恨めしい恨めしい。酷い、殺してやる」


 内容から考えたら、鳳さんが言う可能性のある言葉だった。

 しかし、それが鳳さんじゃないことは分かる。

 幽霊の存在を信じていないのも理由の一つだけど、明らかに分かってしまうのだ。


「……今湊さん。楽しいですか?」


「恨めしや……はい。とても楽しいですよお」


 声が今湊さんなのだ。

 鳳さんじゃないことなんて、声が聞こえて来た時点で気づいてしまった。

 彼女が楽しそうなので、あえて好きにさせていたのだが、終わりが見えないから止めさせた。


 振り返ると、楽しそうに笑っている今湊さんがいる。

 道なき道から来たからか、頭には葉や木がくっついていた。


「……どうしたら、そんな状態になるんですか?」


 その姿を見て、真っ先に口に出してしまったのは、自然の摂理である。


「どうしたらって……あーして、こーして、そーしたら、ここにいましたあ」


「全く説明になっていないですね」


「そうしたら、サンタさんがいるのが見えたので、親交を深めようと思って、話しかけたのです」


「話しかけ方が、斬新で驚きましたよ」


「えへへえ。照れますねえ」


「褒めているつもりは、全く無いですけどね」


 今湊さんと話をすると、気が抜けてしまう。

 僕は彼女にツッコミを入れながら、頭に着いた葉や木を取り除いてあげた。

 寝癖もついでに整えようとしたが、あまりにも頑固で、それは無理だった。


「それでえ、サンタさんはここで何をしているんですかあ?」


「それは僕の台詞ですね。まあいいです。ここで、一時間後に人と会う約束を取り付けられたので、時間になるのを待っています」


「随分と来るのが早いですねえ。一時間前行動とは、社会人の鑑だあ」


「そうするつもりは全くなかったので、成り行きですけどね。一回帰って、またここに来るのも面倒でしょう」


「それは、ただの面倒臭がりですねえ」


 尊敬されたかと思ったら、すぐに評価を落とされた。

 緩い表情を浮かべた彼女は、何も言っていないのに隣に座ってくる。


「ふわわ。眠いですねえ……」


「自然に隣に座ってきましたね。これから人に会うっていう話は、ちゃんと聞いていましたか?」


「聞いていましたよお。でも約束の時間までは、まだまだありますねえ。それまで、一人でここにいるつもりですか? 私、暇なので、話し相手になってもいいですよお」


 そこを突っ込まれると痛い。

 どう時間を潰そうか考えていたから、願ってもみない提案なのだけれど。

 言い方が上から目線なので、素直に喜べなかった。


 しかし、ここで断ると一時間一人でいるしかない。

 僕は色々と考えて、そして苦渋の決断をする。


「……は、話し相手になってください……」


 本当に不本意なのだが、背に腹はかえられない。

 下手に出て、話し相手になって欲しいと言えば、今湊さんは偉そうにふんぞり返った。


「良いですよお。私もちょうど暇だったので、話し相手になってあげます」


 そのドヤ顔を叩かなかったことを、誰かに褒めてもらいたい。




 ベンチに並んで、傍目には仲良く座っている僕と今湊さん。

 しかしその実態は、腹の探り合いに近いものがあった。


「今湊さんは、確か迷い犬や猫が専門なんですよね。そういう仕事って、儲かりますか?」


「意外に、仕事には困っていませんよお。うっかりさんの人は多いみたいで、余裕を持った生活できるぐらいは、働いていますう。それこそ、いつ仕事をしているのか、仕事があるのか分からない人とは違いますねえ」


「それって、僕達のことですか」


「何のことでしょう? あくまで例えですよ、例え。そんな怖い顔をしないでくださいい」


 話を聞けば喧嘩寸前に思える。

 最初は女性だとしても手が出そうになったが、今は違う。

 何故かは不明だけど、今湊さんと小気味のいい会話をするのは、段々と楽しくなってきたのだ。


 会話は途切れることなく、絶妙の間で答えが返ってくる。

 それが面白くて、いつしか自然と笑みを浮かべて、話をしていた。

 今湊さんも、どうやら同じ気持ちみたいで、彼女も楽しそうに笑っている。


「それにしても、良いですよねえ。付き人の人は、ここで何もしなくてもお金が貰えるそうで。羨ましい限りですよお」


「それなら、付き人を連れてくれば良かったんですよ。まあ、誰かさんは連れてくる人が、いないでしょうけど」


「ムム。それは悪口ですか。残念ですけど、私には百人の友達がいて、富士山の上でおにぎりを食べた仲ですう」


「どこかで聞いたことのある話ですね」



「……あ、あの……」


 楽しくなりすぎて、熱中していたらしい。

 ヒートアップしていた会話は、第三者の登場によって中断された。

 そして、その第三者とは、一方的に約束をしてきた賀喜さんだった。

 いつの間にか、一時間ほど経っていたようだ。


 僕達の会話を喧嘩だと思っているらしく、顔を青ざめさせている賀喜さん。

 まずは、その誤解を解くのが先だと、僕はため息を吐いた。


 そんな様子を、楽しそうに見ていた今湊さんの顔に、手のひらを当ててしまい、さらに誤解が加速するはめになってしまった。

 とりあえず今湊さんは、絶対に許さない。



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