第16話
冬香さんが出て行った後、僕は残っていたケーキを名残惜しくつついた。
おかわりを言う暇がなかったので、ケーキはこれで終わりである。
それが残念だから、さらに一口を細かくして食べていた。
「緋郷はどう思う? 冬香さんの嘘について」
「ああ、気がついていたんだ」
「さすがにね」
冬香さん自体も、嘘を隠そうという素振りがなかった。
きっと彼女だったら、もっと上手く隠せたはずだ。
しかし少しわざとらしいぐらいに、隙を見せた。
「だから言っただろう。彼女達は自分達の利益を優先して、嘘をつくことがあるって。まあ、まさかこんなにも早いとは思わなかったけどね」
「あそこまで簡単に、人は嘘をつけるんですね」
冬香さんは一番の癒しだと思っていたから、残念だ。
いや、仕事に一生懸命ということで、プラスの評価をすればいいのか。
とにかく今回のことで、はっきりとした。
誰の言葉も、簡単に信じてはいけないということを。
僕は、最後の一口を食べ終える。
「そろそろ行く?」
「うーん、ちょっと待って」
「分かった」
このまま立ち上がり、他の人を探しに行こうと思ったのだけれど。
緋郷が止めてきたので、座り直す。
そうすると遠くから、誰かが走ってくる音が聞こえてきた。
緋郷の耳には入っていたみたいで、だから留まったのだと、僕は納得した。
「あー、お腹空いたな!」
「龍興、うるさいよ」
「すまんすまん!」
扉が勢いよく開いて、入ってきたのは鷹辻さんと槻木君だった。
先ほどより回復したのか、お腹をさすって元気よく話をしている。
しかし僕達の姿を発見すると、顔が強張ってしまう。
「どうも、お先にいただいています」
「あ、そ、そうか!」
そんなに、僕達に対して怯えを見せるとは。
きっと僕の顔を見ると、思い出したくない光景を思い出してしまうのからか。
そうだとしても、慣れてもらうしかない。
僕達はその場から離れることなく、二人が隣の席に着くのを待った。
まだ帰らないのを察した二人は、諦めた様子で席へと座る。
そして扉から入ってきた千秋さんに、朝食を頼んだ。
朝からかつ丼とは、胃腸の元気な人達だ。
僕達は特に話しかけることなく、千秋さんが淹れてくれた紅茶を飲んでいた。
かつ丼はすぐに用意されて、二人が食べる気配を感じる。
そのまま咀嚼音だけが部屋の中に響き、誰もが何も言わなかった。
十分ほどすると、二人はすぐに食事を終え、緑茶を淹れてもらってほっと息を吐いている。
まだ誰も何も言おうとはせず、痛いほどの沈黙。
それを緋郷が破った。
「今まで何をしていたの?」
第一声がそれとは、何だか恋人とや家族が言いそうな言葉だ。
僕はずっこけそうになるのを、何とか抑える。
「え? えっと、そうだなあ! 色々な人に話を聞くために、少し外に出ていた!」
「ふうん、そっか。誰かと話は出来た?」
「ああ! 飛知和さんと、賀喜さんと話が出来たぞ!」
テンションが違い過ぎるが、なんだかんだ会話は上手くいっている。
熱血過ぎる鷹辻さんを、緋郷は嫌がると思ったが、そうではなかったみたいだ。
「どんな話?」
「昨日、何か変わったことは無かったか! そういう話をして、お互いに何も無かったと確認した!」
「そう。変わったことが無かったというのは、姫華さんのことを、彼女が部屋に帰ってから見ていなかったってこと?」
「そういうことだ!」
「へえ、なるほど」
緋郷は興味無さそうに見えるけど、話がつづいているところを考えると、内心では違うのだろう。
鷹辻さんは、僕と話している時よりもリラックスしている雰囲気だった。
こういう時に人の懐のうちに入れるのは、緋郷の凄いところだと僕は考える。
「大広間から出た後は、部屋に真っすぐ帰ったのか?」
「ん? そうだな! さすがに時間が遅かったから、部屋に戻ってすぐに寝た! 次の日、といっても今日だけど、サンタ君と一緒に走るという約束があったからな!」
「ああ、そういえばそうだった。サンタ、ちゃんと十キロ走れたのか? ……いや、その様子だと、半分ぐらいでギブアップしたんだろうね」
僕のふがいない話は、今はしなくていい。
聞こえないふりをしながらも、僕は気まずく思っていた。
「サンタのお兄ちゃんは、頑張っていたよ! 途中で休んでいる時に、カルミアの花畑に行ったんだ!」
「あ、あはははは」
槻木君のフォローも、全くフォローになっていなかった。
僕は苦笑いを浮かべて、そして場を誤魔化す。
「それは話を聞いた人達も、すぐに寝たと言っていたの?」
未だに飛知和さん達の名前を憶えていない緋郷、賀喜さんが可哀想だ。
「んん? いや、違うな! なんか、散歩に出ていたと言っていたな! 何時にどれぐらいかは分からないけど、でもその時には誰も見ていないと言っていた!」
「そっか。ありがとうね」
緋郷が、今のところ聞きたいことは無くなったらしい。
僕に目線を向けて、そして目を閉じた。
これはもう、何も話さないという合図だ。
それを見て、僕は代わりに口を開く。
「色々と参考になりました。ありがとうございます」
「お、おう!」
時間が経つにつれて僕という存在に慣れたのか、段々と普通通りに戻ってくれる。
「……なあ、一つ良いか?」
「はい、何でしょうか?」
このまま話は終わりになりかけたところを、鷹辻さんが止めた。
僕はまだ何かあったのかと、そちらを見る。
「あのさ、サンタ君達は、このよく分からないゲームみたいな状況を、どう思っているんだ?」
「どう思っている、ですか。そうですね……誰が犯人であれ、いずれ捕まると思っています」
「……どういうことだ?」
「緋郷がやる気を見せていますから、犯人が隠し通せるわけが無いんですよ」
何とも言えない顔をしている彼に、僕は自信満々に笑いかけた。
また怯えられてしまった。
全く腑に落ちない話だ。
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