第15話



 腹ごしらえを終えた僕達は、すぐに外に出ることなく、食後のデザートを堪能していた。

 何も言ってないのに冬香さんが出してきたのは、美味しそうなケーキだった。

 クリームとフルーツを使ったカラフルなそれは、手作りだというのだから感心してしまう。


 クリームをふんだんに使っているのに、飽きが来ないのは素晴らしい。

 僕は一気に食べるのがもったいないから、端からゆっくりと食べていく。

 淹れてくれた紅茶にもよくあって、まるで一緒に食べることを考えられて作ったみたいだ。いや、もしかしたら考えられて作られているのかもしれない。


 良い食材を使い過ぎて作っても、味が衝突して意外に美味しくないものだが、これは違う。バランスがうまく取れていて、一口ごとの味の変化が楽しい。

 あの緋郷でさえも、何も言わずにケーキを食べているのだから、その美味しさは折り紙付きだ。


「おいし……美味しいよ」


 褒めるための語彙力が無いから、それだけしか言えないが、本当に美味しいのだ。


 頬が落ちるのではないかというほど、美味しすぎて感動を覚えていると、可愛らしい笑い声が近くから聞こえてきた。

 その方向を見ると、口元を押さえて僕を見ている冬香さんがいた。


「あ、すみません。あまりにも美味しそうに食べてくれるから、嬉しくてつい。すみませんでした」


 しかし視線が合うと、笑うのを止めてしまう。

 別に不快ではなかったし、可愛かったから残念だ。


「いや、本当に美味しいですから。もうこれを食べたら、他の人のを食べられないぐらい美味しいです」


「本当ですか? ありがとうございます。私が作ったから、とても嬉しいです」


 笑うのは止めてしまったけど、それでも声が弾んでいる。

 デザートを褒めれば、嬉しかったのか近づいてきた。


「今日は自信作なので、皆様にお召し上がりいただきたかったんですけど……ああいったことがあったから、それどころでは無いですよね。不謹慎なのかもしれませんが、とても残念で……」


 確かに、今日はデザートを楽しむ余裕がある人は、ほとんどいないだろう。

 まさか食べただけで、ここまで喜んでくれるとは思わなかった。

 それなら、他の人が食べない分、全部食べた方が良いのか。


 甘さで気持ち悪くなりそうだけど、冬香さんが喜んでくれるのなら余裕で食べられる。

 提案をしようとしたのだが、その前に緋郷に邪魔をされた。


「今暇なら、少し質問をしても良いかな?」


「は、はい。少しでしたら、構いませんが」


 僕が声をかける前に話しかけられてしまい、タイミングを失ってしまう。

 冬香さんが了承したから、僕は傍観に徹するしかなくなった。


 冬香さんは戸惑いながらも、更に近づいてきて、すぐ近くに立った。


「えっと、質問とは何でしょうか?」


「そう緊張しなくても良いんだよ。簡単な質問だからね」


 遊馬さんの時と比べると、幾分か丁寧な口調。

 緋郷の中の人に対する順位が、それで明確に分かってしまう。


「昨夜、あなたを含むメイドの方々は、ずっと大広間にいたわけでは無い。それぞれ、何をしていたのか教えてもらえます?」


 緊張をほぐすことなく、彼女は頬に手を当てて困った顔をしている。

 昨日のことを思い出しているようだが、三人分を全て思い出すのは大変だろう。

 しかしそこは優秀なおかげで、すぐに出来たみたいだ。


「鳳様がお部屋に戻られてからは、春海はりんなお嬢様に付き添って就寝の身支度をご用意していました。私と千秋は大広間に残っておられました皆様に、飲み物をご用意しておりました」


 確かにそうだった。

 りんなお嬢様と共に、春海さんは大広間から出ていったので、しばらくは冬香さんと千秋さんが動き回っていたのを覚えている。


「りんなお嬢様は入浴と、その後のケアを済まされますと一人の時間をとりますので、春海は大広間に戻ってきました。それから私達は交代で、皆様の飲み物のおかわりをご用意したり、夕食の片付けをしていました」


 今更だけど、この広い屋敷で僕達にも気を遣わなくてはならないのは、大変なことだ。

 普通であれば、とても三人ではまわらない。


「その後は食事の用意を私が、りんなお嬢様の様子を確認しに春海が、千秋はトランプをしている皆様の傍に控えていました」


 彼女はここで、一度息を吐く。


「トランプをしていた皆様がそれぞれお部屋に戻ったあとは、大広間の片付けをして、本館と別館の全ての扉の戸締りをして、それぞれの部屋に帰りました。その後はおそらくですけど、みんな大体三時頃には寝たのではないでしょうか」


 なんてことのないように言っているが、それは大分寝るのが遅い。

 朝が遅いのならまだしも、きっと彼女達は僕達よりも早く起きているはずだ。

 メイドさん達の健康状態が心配になってきた。


「えっと、翌日のことも話した方がいいですよね。四時に起床して、私は朝食の準備を、春海は本館と別館の扉を開けに、千秋はりんなお嬢様の元に行きました。二人が厨房に来て、用意をしている時に大広間にある電話が鳴りました。一番近くにいた春海が電話に出て、鳳様のことを知ったのです」


 鳳さんのことを考えたのか、彼女は痛ましい顔をして目を伏せる。


「そこから春海が現場に、私と千秋でりんなお嬢様や他の皆様に、鳳様のことを伝えに行きました。……昨夜からのことは、これで終わりです」


 話し終えた後は、疲れたのか大きく息を吐き、そして僕達を見た。


「簡単に話しましたが、私達の中に犯人はいません。まあ、りんなお嬢様がおっしゃってくれたので、もう分かっているとは思いますが」


「俺達は、あなた方が犯人だとは疑っていませんよ」


「それなら、良かったです」


 自分が疑われていないことに安心したのか、彼女の緊張がほぐれる。


「あ、申し訳ありません。そろそろ仕事に戻りますね」


「ちょっと待って、最後に確認したいことが」


「何でしょう」


 彼女はそのまま仕事に戻ろうとしたのだが、それを緋郷が止める。


「戸締りというのは、全ての扉をということだよね。その鍵はいくつあるのかな?」


「一つです。それを私達三人で共有して、戸締りを行っています」


「……それじゃあ、昨夜から今日にかけて、不振な動きをしている人を見ました?」


 ここで彼女は、一瞬言葉に詰まったが、すぐににっこりと笑い、


「いいえ。私達は見ていません。……失礼致しますね」


 そうをついて、大広間から出ていった。


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