第10話 田中司は独り言が多い

 ギルドカードを入手したら、次は遺跡探索だ。

 だが、活動しようにも装備がないので一旦家に戻る事にした。

 ミィもそのままついてきた。休みの日はミィは大体家業を手伝っていたのだが、この前の逆プロポーズから、俺にベタベタするようになっている。


 本人いわく、今までは気持ちを抑えていたという。


「美少女になつかれて悪い気はしない……」


「ん? カシム、なにか言った?」


「いや、別に」


 いかんな。独身生活が長かったせいで、独り言が多くなってしまった。


「父さん、俺は今日、ギルドカード作ってきたぞ」


「え? あれ本気だったのか?」


 父親は冗談だと思っていたらしい。


「ミィ、お前からも説明してくれ。俺がラウルおじさんと対戦した話。全然、信じてくれないんだ」


「うーん。実際に見た私も信じられないのよ」


「ミィ、お前もか」


 結局、ミィがその時の様子を説明してくれて両親は信用したのだが、カシムって実の息子なのに信用されてないんだな。


「俺が現役の時に使っていた装備だが。これをお前にやる」


 父親が物置から持ってきたのは、ガントレットと胸当て、片手用の剣。


「こういうの、この家にあるんだ」


「まあ、そりゃあな。安いものじゃないしな。売ってしまおうかと思った事はあるが、どうにもな」


 父親はポリポリと頭をかいた。若かりし頃の思い出は取っておくタイプの様だ。

 カシムの記憶では両親が冒険者をしていたのは知っていたが、詳しい話は知らなかった。

 カシムが聞かなかったからだ。


 ガントレットは左手用で手の甲から肘まで防御できる形。胸当ては心臓を守るためのプレートになっている。

 俺は片手剣を手に取った。ズシリとして片手で振り回すのは、無理な気がする。

 そもそもカシムに筋力がないのだ。


「ゲームのやり方と少し変えた方がいいな……腕で振り回すというよりは、全身のバネを使って……ぶつぶつ……」


「ねぇ、カシム。さっきからぶつぶつ言ってー。独り言多いよ」


 ぶつぶつと独り言を繰り返す俺は、ミィに注意された。


「はっ! 俺、また何か言ってた?」


「うん。剣を持ちながらだから、何か怖いよ」


「うん。気を付けるよ」


 この癖は何とかしないと。


「そんな事よりも、防具を身につけたらどうだ?」


 父親に促されて、防具を付けた。こちらは軽量設計の防具なので、そんなに重くはない。

 だが耐久力は低いので、戦うモンスターのレベルによっては紙装備となるだろう。

 初期装備としては問題ない。俺はリアルな冒険者活動に心が踊った。


「よし、遺跡探索行くとするか。母さん、交通費ちょうだい」


「うちにはそんなお金はありません」


 キッパリと断られた。


「え? いやいや、息子がこれから冒険者としてやっていこうってのに、それはないでしょ?」


「あんた、ウチの経済状況分かってるの? 遺跡探索って言ったって、そこまでは装甲車に乗っていくんだよ? 冒険者ギルドの依頼で行かないって事はそれも実費になるのよ?」


 ギルドの依頼で行くなら、交通費込みで行ける。だが、交通費や、高額な日割りの保険料、高額な弁当代などが付いて、儲けは一日辺り一万フレイだ。

 フレイはお金の単位で、一フレイ=一円程度だと思えばよい(ただし、物価が日本とは違う)。

 命の値段としては、釣り合わない。


「交通費ったって五千フレイなんだから、何とかならない? 遺跡探索で儲けたら、十万フレイ越えるし」


「あんた行ったことないでしょ? そんな上手くいくわけないわ」


 いきなり詰んでしまった。確かにウチはとてつもなく貧乏である。だが、何故こんなにお金がないのか。二人共、働いているのだ。

 だが、これは簡単な話だ。

 タイタンソードマジックオンラインは、ゲームの世界だ。

 冒険者としての能力が低い二人は、稼げなかったのだろう。

 引退して、まっとうな仕事につくにしても時すでに遅し。きっと二人で十五万フレイにも満たない生活費でやりくりしているのだ。

 確かに五千フレイは高いのかもしれない。


「私、出そうか?」


 鶴の一声とはこれを言うのか。一筋の光明。俺の女神ミィである。


「また、ミィちゃん。カシムを甘やかさないで」


「いえ。おば様、カシムがこんなに頑張ろうとしてるの初めてだから、ここは何とかしてあげたいって思うんです」


「いい子ね。カシムには勿体ないわ」


 そうだろうよ。でも、ミィがお金を出すのを黙って見てるのもどうかと思うぞ。


「そこは、『良いのよミィちゃん。やっぱり私が出すから。親として当然でしょ?』 的なノリはないの?」


「ねぇよ。カシム。ウチは本当に貧乏なんだ」


 父親はショボンとしている。

 ショボくれるなよ、息子がこれからわんさかと稼いでくるんだから。


「はい、カシム」


「お、ありがとう。必ず返すから」


 ミィは五千フレイを俺に何の躊躇いもなく渡す。こいつ、もしかして、ダメ男製造機か? 確かにカシムは随分とミィに甘やかされていたからな。


 とにかくこれで交通費問題は解決した。

 背負い袋に水筒と行動食をつめると、俺は家を飛び出した。


 ミィがついて来ると行ったが、流石にそれはダメだろ。

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