第8話 モブキャラの方針

「カシムとミィもあと少しで卒業だな」


 三人で食卓を囲んで、ミィの手料理に舌鼓を打っていると、おじさんがそんな事を言い出した。


「二人共、何か欲しいものはないか? 卒業祝いにプレゼントしよう」


 突然そう言われても戸惑う。この世界に転生して2日しか経ってない俺だ。


「カシム、欲しいゲームあるって言ってなかった?」


「ゲームか……俺はそういうのに詳しくないんだが」


 ラウルおじさんは顎に手を当てて考えている。


「ゲームはいりません」


 俺は断った。カシムも俺もゲーム好きだが、この世界でそんな物を欲してたら詰んでしまう。


「おじさん、その有難い申し出なんですが、少し待ってもらえませんか?」


「分かった、何か考えがあるんだな?」


「はい」


 俺はラウルおじさんの目を見てしっかりと答えた。

 ミィが、そんな俺を信じられないモノを見たといった表情で見ていた。


 俺はもう少しタイタンソードマジックオンラインと同じか知らなければならなかった。

 ラウルおじさんはペンダルトン商会の社長だ。レアなアイテムが、ここで手に入るならここは、慎重に吟味する必要があった。


 食卓を終えて、俺たちはゆっくりとお茶を飲んでいた。

 俺とラウルおじさんは、ブラックコーヒー。ミィは甘いミルクティだ。


「ねぇ、カシム。何か食べ物の好みが変わってない?」


 ミィが怪訝な表情をする。


「そりゃ、生きてれば何かしらの変化くらいあるんじゃないか?」


「まあ。そうなんだけど。何か変なのよね。パパに勝っちゃったり、苦いコーヒー飲んだり、やっぱり変」


「たはは……」


 俺は笑う事しか出来ない。中身がおじさんになりましたなんて言えるわけがないのだ。


「ミィ。カシムは男の子なんだ。成長くらいするさ」


 ラウルおじさんが助け船を出してくれた。


「それでカシム、先程の相談なんだが」


「はい。俺が将来に迷ってるって話ですよね?」


「あー。ま。これは俺の考えでしかないが──」


 と前置きをして


「冒険者なんかどうだ? 先程の剣の腕前を見て、カシムには向いてると思ったのだが」


「冒険者……」


 俺は呟いた。やはりその職業も捨てがたい。

 ゲームの世界なら冒険者は割りとポピュラーな職業だ。

 カシムの家は貧乏だから、のしあがっていくには、冒険者は選択肢としてはありだ。


「私は反対よ! カシムは私と結婚するのよ? 冒険者なんて危険な仕事じゃない。怪我したらどうするのよ?!」


 ミィが立ち上がって、机をパンっと叩いた。


「ミィ、結婚は将来的な視野には入れておくけど、俺はまだ半人前なんだ。今のままじゃ、貧乏確定だぞ? そんなのイヤだろ?」


「イヤじゃないわよ。貧乏でも平気よ。愛があればお金なんてなくても幸せよ」


「若……」


 俺は思わず呟いた。本当に十五歳の女の子なんだと感じた。これが、年を取ってくると、やっぱり金持ちが良かったなんて言い出すのだろう。

 人生は長い。四十一年間生きてきた田中司なら分かる。お金がある程度ないと、幸せにはなれない。精神的なゆとりは人生を豊かにするのだ。


「ミィ、ちょっと良く考えて欲しいんだけど。 お金がないと住む家だってないし、食事も満足なものが食べれないんだぞ? もし子供が出来たって充分な教育も出来ないし、旅行にも行けない。服だってみすぼらしくなっていく。そんな生活をミィにさせられない。今の俺ではダメなんだ。愛があったって、長い人生を生き抜くには卒業してからの選択肢はまず、お金を稼ぐためにどうするか? これが正解だと思うんだ」


「ミィ、俺もカシムのいう事は正しいと思う。で、カシム。どうするんだ? 何かその顔見てるともう答えは出てるようだが」


「はい、おじさん。それからミィも聞いて欲しい。俺は冒険者になろうと思います」


 それしかないと考えていた。


「カシム……」


 ミィが落ち込んでいるので、俺はミィの手を取る。


「ミィ、俺を信じろ。俺は変わるんだ。今までの俺とは違う。新しいカシムを見てくれ」


「カシム……」


 これは俺の願望でもある。今までのカシムを好きなミィ。だけど、田中司の部分も見て欲しいと思った。


「うん。わかった。カシムを信じる」


 ミィは微笑んだ。俺はその顔に思わず見とれてしまった。


「ン、ンー。ゲフンゲフン! 二人とも俺の前でいちゃつくんじゃない」


「あ、すみません」


「てへ。ゴメンね。パパ」


 ◆◆◆


 食事も終わって、俺はミィの部屋でくつろいでいた。

 とはいえ、手持ちぶたさである。

 まず、女の子の部屋というのが、久しぶりだし、少し離れたリビングにはミィのお父さんもいるし、不思議な気分だ。

 だいたい、田中司であった時なんて、彼女の家に行ったことなんて殆どなかったように思う。


「やっぱり、緊張するな……」


 俺がぼそりと呟くと、側で本を読んでいたミィが、目を丸くしている。


「何か変だよ、カシム。やっぱり変」


「そうかな?」


「そうだって」


 ミィは俺との距離を縮めてきた。顔が近い。

 俺はミィの瞳を覗きこむ。


「緊張くらいするだろ?」


「え?」


 俺はミィを抱きしめた。ミィはとても柔らかくてスゴくいい匂いがした。

 先程のラウルおじさんとの対戦でゲームの世界に転生したのだと分かった。

 そして、自分はモブキャラ。この世界では何て事のない存在だ。

 その何て事のないモブキャラの側にいる美少女のミィ。

 お互いモブキャラではあるが、俺にとってミィはすでにモブではない。


「もうちょっとこのまま」


「うん」


 俺の方針は決まった。まずは冒険者になろう。

 モブキャラとして何処までやれるか楽しみだ。

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