第7話 モブキャラカシム(田中司)は強かった

 俺は木剣を手に取る。

 ミィが父親に抗議したのは、カシムが弱いからだ。

 学校の必修科目である剣の授業で、ビフ、ステー、キースの三人組にいいようにやられているカシムを、ミィは何度も目撃している。

 だから心配なのであろう。


 剣を持って俺は構える。すると目の前がゲームで見た戦闘用のウインドウに切り替わった。

 自分の体力と魔力の残量がバーで表示されている。相手のエフェクトや情報が見える。

 俺はニヤリとした。やはりこの目の前に展開された画面は【タイタンソードマジックオンライン】そのものである。


「カシム、やる気だな?」


 おじさんは楽しそうだ。


「ラウルおじさんから打ってきてよ」


 まずは防御が出来るかどうかだ。

 ラウルおじさんは木剣を構える。ゲームとはいえ、VRアクションRPGであるタイタンソードマジックオンラインは本格的だ。やっている内に本当に剣豪になった気がするのだ。

 ラウルおじさんは打ち込んできた。

 俺はゲームの通りに行動する。思った通りにおじさんの剣をガード出来た。

 おじさんもミィも驚いていた。当たり前だろう、カシムではそんな事は出来ない。

 冒険者の血が騒いだのか、おじさんは更に斬撃を見舞ってきた。

 俺は全てをかわした。【タイタンソードマジックオンライン】の基本的な技術である。

 一瞬だけ未来の剣筋がエフェクトとして見えるので、それに対して行動を起こすのだ。


「ラウルおじさん、俺も打ち込むよ」


「いちいち断りをいれるなよ」


「怪我されても困るでしょ?」


 フッと笑うおじさん。


「元とはいえ、俺は冒険者だぞ?」


 俺もつられて、ニヤリとした。


「俺もそうです。現役バリバリでした」


 俺はマイトという主人公キャラで世界を救った。それも何度も。おじさんは俺の言った意味も分からずポカンとしていた。俺は木剣を振るう。

 これも正解のエフェクトが一瞬だけ出現する。それを正確になぞれるとクリティカルヒットするのだ。

 だが、おじさんに怪我されても困るのは本心だ。

 ゲームをやりこんでいた俺はそのエフェクトから、自分の剣筋をずらして打ち込んだ。

 俺の木剣はおじさんの頭に当たった。カシムの筋力の弱さもあって、大して痛くはないだろう。


「マジか……まさかカシムに打ち込まれるとは……」


 おじさんは唖然としていた。俺はこの一戦ってゲームで言うところのチュートリアルみたいなものだと思った。


 ◆◆◆


「ホントにカシムどうしちゃったの?」


 ミィは俺をまじまじと見つめる。美少女に見つめられて嫌な気はしない。


「どうしたって?」


 俺はとぼけた。


「だってパパ。結構強いよ? それに勝っちゃうなんて」


 おじさんはショックを受けたのか、道場にこもって素振りをしている。


「ミィをお嫁に貰うかもしれないだろ? だからこれ位は頑張らないとな」


 俺は答えになってないなと思いながらも答えた。まさか、この世界をゲームとしてやりこんでいたから、なんて言えるわけはない。


「むう……」


 それでも、お嫁というワードはミィには効いたようで、赤くなっていた。


「かもって言うか。確定だからね」


「ハイハイ」


「もう! 何なの? その気のない返事は」


 両手を俺の頬を挟んで、顔を近づけてくる。

 ミィはカシムに対してスキンシップが激しい。他の男子に対してはこんな事はしない。

 思春期もあっただろうが、そんな時期もカシムにまとわりついていた。

 本来なら女友達に目ざとく嫌みの一つでも言われて、疎遠になりそうなものである。

 例えば、女友達に「ねえ、ミィってカシムと付き合ってるの?」と聞かれると、「え? 違うよ」と答えるだろう。

「男の子と一緒なんておかしいわよ。私達と遊びましょう」

 本来ならこれで、「もう、カシムとは遊ばないから」などと言われて疎遠になるだろう。

 だが、ミィは「私はやだな。カシムと遊びたいもん」と言ったとか言わなかったとか。


 ミィはカシムを手のかかる弟のように面倒を見ていた。

 カシムも嫌がっていたが、拒絶するわけでもない。カシム自身も分かっていた筈だ。ミィがいないと、自分の学生生活かダメになる事くらい。

 喫茶店のウェイトレスのユカに告白するのは魔がさしたのだろう。

 そうとしか思えない。


「あ、そうだ晩御飯を用意しないと」


 ミィは慌てて台所へ向かった。既に夕方で、今から作らないと間に合わないのだ。


 ミィがいなくなると、俺は一人、沈思黙考する。

 先程の一戦でタイタンソードマジックオンラインのゲームエフェクトを見た俺は、やはりショックを受けていた。

 生きているという実感はあるが、この世界が架空の世界かもしれないという恐怖。

 自分の本来の肉体はどうなったとか。

 元々のカシムの精神はどこに行ったかとか、考えてみたが、答えなど出ない。出るわけもない。

 現状ではどうにもならない。

 ログアウトの文字はこの視覚内には見受けられない。

 もし、それが仮にあったとして、ログアウトする勇気があるだろうか。

 田中司の肉体が火葬でもされていたら、それら間違いなく死のボタンになるだろう。


「カシム、ご飯できたよ」


「あ、もう?」


「もうって、一時間くらい経ってるよ」


「マジで?」


「うん」


 ずいぶんと考え込んでいたようだ。


「ほら早く」


 ミィが俺の腕に絡み付く。それは間違いなく人のあたたかな体温。

 つまるところ、俺は生きている。


「ぐちぐちと考えててもしょうがないな」


「え? 何か言った?」


「独り言だよ。独り言」


「ふーん。おかしなの」


 俺とミィはリビングに向かった。ミィに手を引かれて。 

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