第6話 カシム(田中司)はミィの家に行く
放課後、俺はミィに連れられて彼女の自宅に向かった。ここギザトの街の成功者の自宅といった立派な作りだ。前世の俺の稼ぎでは住めない豪邸である。
カシムの記憶では、小遣いの少ないカシムはミィに家庭用ゲームを買わせて
男子学生が泣いて羨ましがる状況だが、カシムはただゲームがやりたいがためにミィを利用しているような男だ。
ミィはいつもの様にカシムを部屋に連れていく。
「お父さんはまだ帰って来てないから、私の部屋で過ごそう」
そう言ってお菓子やジュースを運んできた。
ミィに母親はいない。彼女が5歳の時に病気で亡くなっている。
「二人きりか……」
俺は思わせ振りな事を言った。ミィはクスッと笑った。
「変なカシム。私の家に来たときは大体そうじゃない」
そうなのである。カシムはミィを女として見ていなかったので、何も起こらなかった。本当にゲームをやりに行き、お菓子やジュースをくれる奴として利用していただけである。
ミィの部屋は女の子っぽく可愛く綺麗にしていて、いい匂いがした。
近年、片付けられない女子っていうのが、テレビで特集されていたので、俺は女性の部屋に幻想を持たなくなったが、ミィの部屋は理想の女子部屋だ。
もちろん【タイタンソードマジックオンライン】の世界観に従って、鉄製の部屋で無骨な作りではあるが、置いてある小物や小さな植物、かわいらしい家具などがそれを補っていた。
「どうしたの、カシム? キョロキョロして」
「いやぁ、可愛い部屋だなぁって」
それにもクスッと笑う。
「ホント変なカシム。いつも来てるでしょ?」
ミィは自分の額を俺の額にピトッと当てる。
「熱でもあるのかな?」
本当に心配そうにするミィ。俺は間近に美少女の顔を見た。ほんの少し近づけば、唇に届きそうだ。
「……試してみる?」
「え? 何を?」
そのまま俺はミィの小さな肩を抱く。スッと後ろに倒す。ミィは抵抗する事なく背を床に付ける。俺はミィを押し倒していた。
ミィは今まで見せた事のない顔をしていた。
不安と期待と女の顔を混ぜたような顔だ。
「お前が悪いんだぞ。可愛くするから……」
「カシム……」
性欲を抑えようと思っていたのに、これだ。
田中司(四十一歳)は枯れた男ではないのだ。
スッと顔を近づける俺に反応して、ミィは目を閉じた。
「ただいまぁ」
俺とミィは高速で離れた。玄関から父親の声がしたからだ。
ミィはバタバタ慌てて部屋のドアを開ける。
「パパ、おかえりなさい。カシム来てるよ」
「お、そうか? カシム、家で飯食ってくか?」
ひょこっと顔を覗かせてきた。
「はい。是非。それから、ラウルおじさんに相談したい事があるんです」
「俺に相談? ミィ、お茶出して。何だろうな。リビング行くか?」
「はい」
◆◆◆
カシムはミィの家に遊びに行った時は、晩飯まで食べて帰るのが殆どである。
ペンダルトン家の夕食はカシムの好きなメニューが出るからだ。といってもそれはカシムの好みを熟知しているミィが作るからである。何度も言うが、そんなミィとの縁を切ろうとしていたカシムである。頭を
まぁ、それは今の俺の頭なのだが。
おじさんはリビングでお茶を飲んでいる。
ラウル・ムレ・ペンダルトン。
それがおじさんの名前だ。カシムの父と同じで元冒険者である。
カシムは「ラウルおじさん」と呼んで慕っていた。ラウルおじさんはカシムには優しい。
俺はその顔をまじまじと見つめた。それはゲームで面識のある商人の顔と全く同じだったからである。
やはりここは【タイタンソードマジックオンライン】の世界なのだと実感する。
「パパ、私、カシムと結婚するの」
俺とラウルおじさんにお茶を出すと、ミィは爆弾発言をした。
「「ぶほっ!」」
とお茶を吐いた俺とラウルおじさんだ。
「げ、げほ! 何を突然言い出すんだミィ?! 冗談か?」
「そ、そうだぞ?! ミィ、それは昨日──」
俺もラウルおじさんも動揺した。
「パパ、冗談じゃないの。私、昨日カシムに結婚しよってお願いしたの。カシムは将来の不安があるから今すぐ返事はできないって言われたけど」
「そうか。びっくりさせるなよ」
ラウルおじさんは少し安心したようだった。
十五歳の一人娘がいきなり結婚とか言い出して焦ったのだろう。
「それでカシムの相談したい事ってのは、何なんだ? ミィに関係ある事か?」
「あるといえばあるんですが、今後俺が何をすれば良いかという事です。恥ずかしい話ですが、俺は学校を卒業するというのに進学も就職も真剣に考えていませんでした。でもこれからは心を入れ替えて将来の事を真剣に考えたいと思っているんです」
まあ、中身は田中司になってるから入れ替わっているのだが。
「そうか。それはミィとの将来を真剣に考えての事かい?」
「……そうとっていただいても構いません」
「……ほう」
おじさんは驚いた表情をしていた。ちなみにおじさんと言っても、田中司である俺より年下である。まだ三十代であるから年下。俺は見た目は十五歳、中身は四十一歳のおじさんだ。
腕組みして考えているらしい。おじさんは、しばらくそうしていた。
「パパ。私からもお願い。カシムの力になって。カシムの事好きなの。昔から」
「ミィ。お前の気持ちは知ってるよ。でもカシムはそんな素振りを見せてなかったから、俺も驚いているんだ。まさか将来の話をその年でするとは思わなかったからな」
それはそうだろう、カシムはそんな気は微塵も無かった。良く分かってらっしゃる。
「俺はまだ未熟者です。まだこの世界の事なんて分かっちゃいません。こんな状態で所帯を持っても上手くいかないでしょう。ミィと二人で力を合わせれば上手くいく可能性だってあるかもしれませんが、やはりその前にやるべき事はやっておきたいというのが、正直な話です。だから努力して、そのあかつきに結婚について考えたいと思います」
「カシム……そこまで真剣に……」
ミィが俺の顔をまじまじと見ていた。
「うむ……」
顎に手を当てておじさんも俺を見ていた。俺もおじさんを見た。
嘘ではなく本心を話した。とはいえ異世界転生したばかりの自分である。将来的にミィと結婚するかどうかは未知数だ。だからあえて『ミィと結婚する』等のワードを外している。
「カシム、ちょっと付き合ってくれ」
そう言うとおじさんは立ち上がった。
◆◆◆
ペンダルトン家の豪邸には地下がある。カシムも何度か入った事があるが、あいつは全く興味を示していない。
そこは道場になっている。ミィの父親は冒険者だったから、時折ここで運動がてら剣を振っているのだ。
おじさんは、壁に立て掛けてある木剣を手に取る。
「手合わせしないか? ミィに相応しい男か見極めさせてくれ」
「パパ! カシムは……」
俺はミィのそんな言葉を遮る様に言った。
「分かりました。俺もやってみたいです」
【タイタンソードマジックオンライン】なら、やりこんでいる。
これがゲームの世界かどうか試してみる価値があった。
だけど、おじさんは、俺がミィと結婚するもんだと勘違いしているようだ。
困るというわけではない。
ミィは美少女だからな。好みであるのは間違いなかった。
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