第5話 ゲームの世界に転生したと気付く田中司
朝。俺は目覚めた。俺が転生する前のカシムなら起きない。そのためミィが毎朝起こしに来るのだ。
社会人であり、社畜であった俺は朝早くに目覚めるように習慣が出来ている。
部屋を見渡す。この家も鉄製だ。所々に木が使われていたが、基本的には鉄である。
既視感なのか何となくこの部屋の作りに見覚えがある気がした。
自分の部屋を出てリビングへ。
父と母は起きていてパンとコーヒーを飲んでいた。
「おはよう。今朝は早いのね」
母は驚いていた。
「まぁ、これからこの時間には起きるわ」
俺は二人にそう告げた。
「どうしたんだ? 一体」
父はびっくりしていた。カシムはそんな奴じゃないからだ。俺はテーブルに付いてテレビのニュースを見た。
「そろそろ卒業だし」
俺は適当に最もらしい事を言った。テレビはブラウン管で室内アンテナが付いていた。画像が悪いし、白黒だ。
だが、俺はそこから流れる画像から目が離せなかった。
『一ヶ月後にラーナ姫が社交界デビュー致します。楽しみですねぇ。どうですか?解説のケリーさん……──』
音声が自分の耳から遠のいていく。
ラーナ姫……。
俺もバカではない。が、これはあまりにも受け入れがたい事実だ。荒唐無稽と言ってもいい。
【タイタンソードマジックオンライン】の文字が頭の中に浮かぶ。
俺はゲームの世界に転生しているのだ。
ゲーム世界に転生するようなラノベは読んだ事があるが、まさか現実にそんな事があるのかと、いやそもそも俺は本当に転生してるのだろうか。
実のところホームで倒れた俺は病院のベッドの上で植物状態で横たわっていて、これは夢みたいなものを見ているのではないか、とすら考えていた。
鉄の町や自分の部屋に見覚えがあるのも頷ける。タイタンソードマジックの世界は鉄鉱石が、豊富に採れるのだ。ここカシムの生家があるギザトの町もそれ故にほぼ鉄製になっている。
そして転生した時にカシムの頭の中の記憶よりこの惑星の名前が【タイタン】だと俺に告げていた。いや、それは俺も分かっていたのだが、何故か俺はそれを無意識に遠ざけていた。
【タイタン】=【ゲームの世界】なんてあまりにも、短絡的な思考だからだ。
だが、モノクロのブラウン管に映る記者の質問に受け答えするラーナ姫は紛れもなく、あのラーナ姫であった。
目の前に用意されたパンとミルクを飲む。
そこには実感がある。本当に食べていると思う。味、匂い、食感全てがリアルだ。
洗面所に赴き顔を洗い、歯を磨く。鏡の前には、田中司とは別の男。ライトブルーの瞳と、銀髪の華奢な体をした十五歳の男性が写っていた。全体的に幼い印象である。童顔といっても良い。
顔は悪くないと思うが、イケメンでもない。
モテそうでモテない。
合コンで、「彼女いないの? モテそうなのにね」と相席した女子に言われそうな奴だ。
ちなみに、大抵こんな事を言ってくる女子は、(私には来ないでよね。あなたの事はタイプじゃないの)と思っている。
どうみてもモブキャラである。
俺はモブキャラに転生したのだ。
カシムに転生して良かったのは視力が良いという事だろう。裸眼で物が見える事に感動していた。
◆◆◆
「おば様、おはようございます」
「あら、ミィちゃん。おはよう。カシム、ミィちゃんが迎えにきたよ」
「ああ、ミィ、おはよう」
「カシム、おはよう。今朝は早いのね」
「まあ、心境の変化ってやつ? これからは心を入れ替えていこうかなって」
「そうなの? 何かそんな事言うなんて、初めてじゃない?」
だろうな。カシムは目的もなくダラダラしてたからな。
「んじゃあ、行ってくるわ」
俺は準備も適当に家を出た。
「カシム……昨日はゴメンね。何か私焦ったかも」
「いや、いーんだ。俺も何かゴメン。せっかくミィが勇気を出して言ってくれたのに中途半端な返事をしてしまって……」
いつもはミィが手を繋いでくるのだが、今日は違う。
俺(カシム)の方から手を繋いだ。
異世界転生して、いきなり四十一歳彼女なしの俺が、高スペックな美少女の幼なじみをゲットしている。
思いきって手の繋ぎ方もいわゆる恋人繋ぎをしてみた。ゲームの世界なのに、彼女の手や寄り添う体温は紛れもない現実として感じられた。
俺の生きてた時代にはフルダイブ式のゲームは無かったが実際あればこんな感じなのかもしれない。
◆◆◆
登校する道すがら俺は立ち止まった。
「どうしたの? カシム」
ミィが怪訝な顔で俺に訪ねる。
「いや、ちょっと……」
俺は眼下に見える地表を見る。町は鉄製で上方に積み上げる積層の形状をしている。なぜなら地表にはモンスターがいるからだ。
モンスターには様々な種類がいるが基本は人を襲う。それをモンスターと定義している。
空には【タイタンソードマジックオンライン】でおなじみの
「本当に、惑星【タイタン】かよ……」
俺は一人呟いた。
「どうしたの? カシム。もちろんここは【タイタン】だけど……」
ミィは首を傾げていた。急に惑星規模の呟きをした俺は不自然極まりなかったのだろう。
◆◆◆
「おい、カシム! 今日もお手手つないで登校かよ?! は!」
例の三人組だ。ビフとステーとキース。こいつらも毎日飽きないのか。校門で毎日このやり取りをしている。
俺は手をほどく。いつものカシムの反応が見れると、にやける三人組。
だが、俺はミィの小さな肩を抱き寄せ。
「羨ましいだろ? ビフ。俺達、愛し合ってるんだぜ? なぁ」
俺はミィに笑いかける。ミィは俺の顔を呆然と見ていた。
空気が凍る。ビフ、ステー、キースの三人組は固まっていた。
俺はミィの手を引いて校舎に入った。
「いやぁ、あれで彼らも俺達に絡んでこなくなるかもって思ったんだけど……」
ミィの様子がおかしくなっていた。教室に入るとき、ミィは俺の二の腕の所をギュッとつかんだ。
「……私達、愛し合ってるの?」
「うーん。えっと……」
俺は言葉に詰まる。
「うそうそ。ビフにからかわれてやり返したかったんだよね?」
「ま、そーいう事なんだけど……」
「だよね」
ミィの瞳は潤んでいた。ミィのカシムに対する好意を知っていて、俺はちょっとやりすぎたかな? と思った
授業内容は相変わらずさっぱり分からない。ここがゲーム世界なら適当な内容なのだろう。真面目に受ける必要はないようだ。
リアルを感じるなら、ミィの肩を抱いた時の彼女の肉感的な存在と、リアルな女子の匂い。俺はかなり大胆な事をしたなと思っていた。
授業中、ミィの熱っぽい視線を感じた。ミィはまだ若いから俺の社会的なステータスより自分の感情で熱くなっているようだ。
これが分別のついた大人になってくると収入が少ないとか、細マッチョがいいとか言い出すのだ。
本来なら別に昨日の逆プロポーズを受けても良かった。
だが、この世界でどんな事になるのか全く読めなかった。
結婚したとしても、現状のカシムなら捨てられる事だってありえる。いや、高確率でそれは起こり得る事柄だ。
ミィには悪いが俺は失敗したくはないのだ。
◆◆◆
俺は昼休みにミィの気合いの入った弁当を食べて、屋上に誘った。
「将来の事なんだけど、どうしようか?」
「うん……カシムはどうしたいの?」
「そうだな……」
ミィと結婚しようと決めたって事はそう簡単には運ばないだろう。カシムには何のアイデアもなく、将来何をしようとかの目的もない。
俺はゲームでこの世界を知っていたが、その時はマイトという冒険者であり、世界を救う英雄であった。
普通にこの世界でどうやって暮らしていくのか良く分かっていなかった。
眼下の荒廃した地平線は何も語ってはくれない。
「ねぇ、カシム」
「ん?」
「パパに相談してみない?」
「ミィのお父さんに?」
「うん。何かカシム、悩んでるみたいだし。私が変な事言ったから……」
「違う違う。あれはホントに嬉しいって。ミィみたいな女の子に結婚してだなんて、これから先俺の人生であるわけないからさ。だからこそ悩むんだ」
恋愛、将来、ゲームの世界。何もかもが未知数。俺が若い十代の男なら「何とかなるぜ」という精神でガンガン進んでいくのだろう。
確かに『分別がつくと結婚できない』と良く言われているように、年を重ねて色々経験していくと、素直に「やった! 美少女からプロポーズされたぜ! 結婚するぜ!」なんて簡単に行動できないだろう。結婚して大丈夫かな? と足が震えるのは致し方ない。
「そうだな。ミィのお父さんに相談してみるか」
「うん」
俺はミィの手を取った。スッと引くとミィは俺の胸にピトッとくっついた。
「カシムの心臓の音が聞こえる」
「そうか」
「……何かカシム変わったね」
「そうか?」
そうだろうな。中身は田中司だからな。俺はミィの体温を感じた。ミィは香水を付けていない。健康的な人の匂いだ。実感があって、ゲームの世界とは思えなかった。
まだ十五才だから、性欲は抑えないとな。
俺は遠くの空をふと見上げた。
上空には
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます