第4話 カシム(田中司)は逆プロポーズされる

 放課後になると俺とミィは、いつもある喫茶店へ行くようになっている。

 カシムが行きたがったからである。

 理由は分かっている。


「いらっしゃいませ。ご注文は何にしますか?」


 カシムは注文を取りにきたウェイトレスが目当てなのだ。

 胸に名札があり『ユカ』と書かれている。


 まぁ、確かに可愛いとは思うが……。

 ちなみにミィを連れてくるのは代金を払って貰うためだ。カシムは貯金が無かった。俺はこいつマジで最低な奴だと思った。


「ミルクティー二つ」


 ミィがいつものメニューを頼む。


「いや、俺はホット。ブラックで」


 おじさんはそんな甘ったるいもの飲めない。

 ミィの目が見開く。


「ブラックなんて飲んでるの見た事ないけど。いつからなの?」


「今日から」


 俺はカシムと違ってブラック派なんだ。


「ちょっとトイレ行ってくる」


 そう断りを入れて俺はトイレに行った。

 カバンの中の紙袋を持っていく。

 俺はトイレでそれを開けた。中にはシルバーのペンダントが入っていた。女子の中で流行っているブランドで、男子が告白に使っているという。

 カシムは今日これをあのウェイトレスにプレゼントして告白する予定だったのだ。

 しかもこれの資金はミィから借りていた。

 俺にはカシムという男の思考が全く分からなかった。あのウェイトレスとは、友達にもなっていない。注文する程度の会話しかしていない。

 そんな状態で告白などしても上手くいくわけが無かった。

 しかも、どうやら席についてミィのいる前で告白して、ミィとのくされ縁も切ってあのウェイトレスと付き合うという思惑もあるらしい。


「カシムって心底バカだな」


 俺は呆れていた。

 ミィが何をしたというのか。


 俺はペンダントをよく見た。いたってシンプルでミィに似合いそうだ。

 まぁ、これはミィの金で買ったものだしミィにあげよう。

 俺は紙袋をゴミ箱に捨て、席に戻った。


 ウェイトレスのユカは注文したコーヒーとミルクティを席に持ってくるとさっさとカウンターに引っ込んだ。

 カシムに対して何の反応もない。

 どう考えても脈はない。顔すら覚えてもらっていない可能性もあった。

 カシムは告白すれば付き合えると思っているらしい。若い奴によくある勘違いだ。妄想が強すぎて自信だけはあるが、自分が見えてないパターンだろう。


 一口コーヒーを飲んだ。


「カシム、苦くないの?」


 とミィは眉をひそめている。


「飲んでみる?」


「うん」


 俺のカップを取って一口コクッと飲む。


「うぇ! 苦いよカシム」


 ミィは舌をチロッと出して苦そうな顔をした。いちいち可愛い。


「そうか?酸味があってコーヒーの香りもいいけどな」


 俺はもう一口飲んだ。


「間接キスだな」


 ボソッと俺が言うと、ミィはミルクティを吐きそうになった。


「げほ! 何? 急に!」


 真っ赤になって可愛かった。


「まぁ、そんなことより──」


 俺はポケットからペンダントを取り出して、


「これ、ミィに借りたお金で買ったんだけどあげるわ」


 ミィにそう言って渡した。


「え?」


 手の平に渡されたペンダントを見て唖然とするミィだ。そりゃあそうだろう。自分で貸した金でプレゼントされたら微妙だろうしな。


「う、嬉しい! ありがとう!」


 だか、それは俺の予想に反した満面の笑顔を見せてくる結果となった。

 俺は不覚にもその笑顔にやられてしまった。

 十五年というカシムの記憶の中のミィはとても健気けなげな美少女で、カシムの事を想っているように見えた。だが、肝心のカシムはそんなミィをうっとおしく思っていたのだ。


「カシム、これ付けて」


 俺は立ち上がってミィの後ろに回ってペンダントを付けてあげた。


「ありがとう。大切にするね」


 喫茶店を後にする。

 情けないが支払いはミィにしてもらった。先程、俺はお金をミィにたかるカシムを最低だと思ったが、良く考えれば今の俺も同類であった。

 カシムは全くお金がないのだ。俺の財布にはコーヒーを飲むお金も入ってなかった。

 だが、ミィはそんな事は意に介さず、ニコニコしている。


「カシムからプレゼント貰っちゃった」


 とご機嫌なのだ。


 ◆◆◆


 夕日が落ちようとしていた。


「きれい」


 ミィは夕日を眺めていた。確かに美しい夕日であるが、その眼下に見えるその地平線は赤茶けていて荒廃していた。


「もうすぐ卒業だね」


 ミィはそんな事を言ってきた。


「ミィは卒業したらどうするんだ? ミィの成績なら進学も可能だろ?」


「カシムは?」


「俺の成績じゃ、無理だろ……」


 カシムは何も考えていなかった。進学が無理なら、就職するしかない。しかしカシムは就職活動をしていない。見慣れぬ世界で転生したのがカシムというのは、ハズレである。


「一応、パパの仕事を手伝おうかと考えてはいるんだけど……」


「そうか。ペンダルトン商会を経営してるんだったな」


「うん。パパは進学してもいいって言ってくれてるんだけど、事務員のおばさんと二人でやってるから大変かなって」


「でも今までもそれでやってきてたんだろ? 今すぐにでもミィに手伝って欲しいわけじゃないだろ?」


「それはそうだけど……でも進学したって……カシムがいないし……」


 ミィのその言葉を聞いて俺の鼓動がはね上がる。


「もしパパの仕事を手伝う事になったら、今みたいにカシムの側にいられなくなる……ね」


 卒業したらお互い別々の道を歩む。

 それは他の学生達にも言える事だ。そのうち新しい環境で出会った異性と恋に落ちたりして、きっと俺達の関係は、良き思い出として心の中にしまわれる事だろう。

 特にカシムの様な男ではミィには釣り合わない。卒業したらお互い離れていくのがベストなんだろう。

 俺は荒廃した地平線を、眺めながら今後の事に不安を抱いていた。

 知らない土地。知らない文明文化の異世界。

 さて、どうするか……。


「カシム、私達結婚しない?」


「え?」


「ほら、カシムって私がいないと色々大変じゃない? それにこれ貰ったし……」


 とペンダントを見せてくる。


「いや、それは元々ミィのお金であって、それはカシムが……ゲフンゲフン!」


「カシム? 何言ってるの?」


「え? いやいや、こっちの話だ」


 突然のミィのプロポーズに俺は驚いて混乱してしまった。ミィの顔をまじまじと見る。冗談というわけではなさそうだ。


 ミィは美少女だ。おそらくこの町でもトップレベルだろう。カシムの出会ってきた女子の記憶の中にはミィ以上の可愛い女子はいない。

 性格も良いし、ペンダルトン商会の一人娘で裕福だし、貧乏でモテないカシムにとっては今後訪れない幸運であろう。

 だが──。


「ゴメン。すぐには返事できない。結婚するにしても俺の能力で果たしてやっていけるか不安だ。何せ俺は今日この世界に──ゲフンゲフン! ……いや、もちろんミィにそんな事言ってもらえて嬉しいよ。だからこそ生半可な気持ちでイエスとはいえないだろ?」


「……うん」


「これから努力してお互いの事をもっと良く知って……それからじゃダメかな?」


「プッ。アハハ、カシムおかしいよ。私達幼なじみでしょ?」


「あ、いや、俺、ミィの事そんな風に見てなかったからちょっと戸惑ってるんだ」


「そっか、そうだよね。何かそんな気がしてたんだ。で、これからは……どんな感じかな?」


「前向きに検討させていただきたく思います」


「政治家みたいに煙に撒かないでよ!」


 ビシッとミィに突っ込まれた。


 ミィを女として見てないのはカシムである。だが、田中司は完全に女として見ている。お前四十一歳のおじさんだろ? キメーよ、相手は十五歳の女の子だぞ? と言われるかもしれないが、正直こんな美少女は反則だ。

 そう、俺は四十一歳である。だからこそ色々と考えてしまう。


「きっとミィはこれから色んな出会いとかあって、そしたら、俺の事なんて忘れてしまうかもしれない」


「カシム。そんな事ないよ」


 ミィが俺の手を取る。


「私、カシムの事を好きになるために生まれてきたの。だから、他の男の子なんて見てないからね」


 四十一年間生きてきた。それを振り返ってみてもミィの様な女の子と出会った事はない。これは本当の話だ。

 転生前の俺はゲームと仕事。これしか俺にはなかった。


 カシムに転生して良かったと思ったのは、ミィが側にいたことだけだ。

 だが、田中司にとってはこれが今までの人生引っくるめて最高に幸運な事にはちがいない。

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