第3話 ミィはカシムに世話を焼く

 カシムは十五歳だ。

 学校をもうすぐ卒業し、そのあと成人の儀を受けると大人として生きていく。

 この世界では十五歳で大人の扱いになる。


 俺の手を引く女子はミィという。


 ミィ・リナ・ペンダルトン。


 ペンダルトン商会の一人娘。この町でも有数のお金持ち。カシムと同じ十五歳。

 お互いの父親が知己ちきの仲なので、カシムとミィは幼なじみとして育った。


 栗色の髪を肩口で切り揃えていて、それがふわりと風に揺れている。白い肌はしみひとつなく、活発で健康美に溢れているといった印象。瞳は赤みがかったブラウンで、くりくりと良く動いていた。光の加減で金色に見える美しい瞳だ。カシムは何とも感じてはいないが、この町でもそうお見かけしない美少女だ。

 幼なじみで何かとカシムの世話をやく。世話好きの可愛い幼なじみが側にいるというのは世界中の男子の憧れであろう。


 カシムの姿をしているが、俺は田中司の人格だ。

 しかし、ほんの数分前のカシムの十五年分の経験も知識も俺の頭の中に入っていた。

 それで分かった事がある。

 ここは日本ではないというか、地球でも無さそうだという事。

 後、カシムは俺から見ると頭が良くないという事だ。

 能力が低いのに自尊心が強く、周りが見えていない。本来ミィのような美少女がカシムの世話など焼くわけないのだ。

 そんな幸運を特別だとも思わないおろかな少年だ。


 ◆◆◆


 鉄製の道を歩いて、学校に着いた。

 これまた鉄製の学校だ。どこもかしこも鉄で出来ている。たまにレンガやコンクリート、材木なども見かけたが、基本は鉄。

 あちこち錆びているので赤茶けた色合い。さび止めに黒染めがしてある。なぜ町は鉄製なのか。

 カシムの知識では分からなかった。


◆◆◆


「おーい、カシムー、朝から女とお手手つないで登校かよ? ハッ!!」


校門を入った途端、バカにしたように三人組がはやし立てる。

 カシムの記憶だとビフと、ステーと、キースという名前のようだ。幼い頃からカシムは、この三人組にいじめられている様である。

 ビフが、三人組のリーダーで凶悪な顔つきをしている。

 俺は「どうもぉ」なんて言いながらそのままミィと手を繋いだまま通りすぎた。


 三人組はポカンとしていた。


 普段のカシムなら、「もお、いいよ! 子供扱いすんな!」と言ってミィの手を振りほどくのだ。大人の俺だから分かる事だが、むきになれば相手の思うつぼだ。あの三人組が喜ぶだけである。

 俺はそんな事しない。

 四十一歳のおじさんだからだ。思春期など、当の昔に過ぎ去った。恥ずかしくもない。

 何より女子と手を繋ぐなんて久しぶりなのだ。校内は鉄製なので、そのまま土足で良く、上履きがない。

 ミィとそのまま手を繋いで教室まで行った。

 俺たちの様子に教室がざわついたが、そのまま席に座る。

 ようやく手を離した。

 ミィが俺をまじまじと見ている。


「どうした?」


「な、何でもないわ」


 彼女は慌てた様に目を反らした。


 ◆◆◆


 学校の授業はよく分からなかった。

 日本で習った知識が全く使えない。そんな授業内容だ。

 さらに元々のカシムの知識が断片的過ぎて理解出来ないのだ。

 こいつはアニメや漫画ばかり読んできたクチで、ろくに教科書も開いていなかった。テストの時はミィに教えてもらって何とかしのいでいた。


 昼休みになると、ミィが俺の机に自分の机をくっ付けてきた。

 いつものカシムなら「いちいちくっ付けるなよ!」と嫌がるし、「別にいいじゃない」とミィが言う。

 だが、今回は何も言わないカシムである俺だ。美少女に席をくっ付けられて嫌な訳ない。やはりまじまじとミィが俺の顔を覗きこむ。


「何?」


 俺はミィが不思議に思っていると分かっていて知らぬ振りを決め込んだ。


「べ、別に何でもないわ」


 動揺しているミィだ。かわいい。


 俺は母親が作った弁当を机の上に出した。

 カシムの家は貧乏である。故に日の丸弁当に沢庵が入っているだけ。

 沢庵が入っている弁当なのだから日本と変わらない食文化だ。そういえばこの教室の様子も日本のそれに近い。

 どういう事だろうか? と俺は思った。

 ミィは、それは豪華な三段重ねのお弁当を出した。一人で食べるわけではない。

 いつもカシムに用意していたのだ。

 カシム自身はそれが、当たり前のように感謝もなく食べていた。腹立たしい奴だ。

 だが、俺は感動していた。


「これはミィが作ったのか?」


「え? うん。いつもそうだけど……」


 卵焼きを口に放り込む。ふわりとして、甘口に仕上げていた。


「旨い!」


 女子の手料理など自分の残りの人生で味わう事などないと思っていた俺は思わず声を上げた。

 ミィは目を丸くしていた。

 俺は彼女の手を取って、


「本当にありがとな。感謝してる!」


 こういう事は伝えた方がいいのだ。

 ミィは凄く笑顔になって


「カシムが、そんな事言うなんて。でも嬉しい!」


 と二人でキャッキャと騒いだ。

 クラスの生徒が何事かと二人を見ていた。

 特に男子は嫉妬の目をしていた。


 五時限目の授業も終わり下校となる。

 当然授業内容は分からなかった。


 ◆◆◆


 放課後、俺はミィと町に出る。


 毎日嫌々手を引かれているカシムであったが、今日の俺は喜んで手を繋いで歩いていた。

 ふと俺は思った。リアルにまじで異世界転生なのかと。俺は立ち止まる。ミィは俺の行動に合わせて立ち止まる。

 俺はまじまじとミィを見る。


「ミィは現実にいるのか?」


 不安になった俺は聞いた。


「え? いるけど。どうしたの? 今日は何か変だよ。熱でもあるのかな?」


 と、ミィは俺の前髪を上げて自分のおでこをくっ付けてきた。

 彼女の体温が伝わってきた。そして、彼女は心底カシムを心配しているし、慕っているのが分かる。


 ──それなのに! である。


 俺はカシムのカバンの中に入っている紙袋を見てため息がでた。

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