第5話

「薫、用意できた?」  

 お母さんの言葉にわたしは首を縦に振る。無地のシャツに紺色のスカート。お母さんは黒のスーツ。首元に真珠のネックレスをつけていた。険しい表情をしたお母さんに連れられてやってきたのはお寺だった。

 お母さんと同じようにみんな黒い服をきていた。手を繋がれながら木目調の廊下を進んでいくと大きな部屋に辿り着いた。

「ここでいい子にしててね」  

 お母さんは座布団の敷かれた一角に私を座らせると、そっと部屋を出ていく。部屋には私以外にも多くの人が険しい顔でじっと座っていた。中には涙を流している人もいる。部屋の前方ではお坊さんが木魚を叩きながらお経を唱えている。

 ポク、ポク、ポク。

 一定のリズムで叩かれる音とお経を読む声だけが耳に届いてくる。

 私はそのお坊さんのさらに奥にある写真に顔を向けた。

「……翔太お兄ちゃん」  

 そこには翔太お兄ちゃんの写真が飾ってあった。


「もう寝なさい」  

 家につくなりお母さんは私をぎゅっと抱きしめると優しくそう言った。

「……おやすみなさい」

「おやすみ」  

 わたしはベッドに潜り込んで目を瞑るけど、眠気はなかなか来てくれない。

「お姉ちゃんすごい憔悴してた」

 隣の部屋から声が聞こえてきた。お母さんとお父さんの声だ。

「そりゃそうなるよな、翔太君まだ高校一年生だったんだから」  

 二人とも声のトーンはとても暗い。

「……あの時、薫があの場にいなくてほんと良かった」

「おい」

 お父さんがお母さんをたしなめる。

「だって、もし薫も翔太君と一緒に家に残ってたら……」    

 お母さん。大丈夫だよ。そんなことは絶対に起こらなかったから。

 わたしのこと最近人の顔色を伺うようになったって言ってたでしょ。

 本当に伺っているんだよ。だからわかったんだ。だからお母さんたちについていくって言ったんだよ。  


 だって。


 翔太お兄ちゃん死相が出ていたんだもん。

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顔色を伺う 森川 朔 @tuzuri246

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