第六章 -Ride like the wind- 始まりの日
まず今僕達がいるここは、西の大陸『セフィラート』と言うらしい。
大雑把に言うと、Tの字を左に90度傾けた様な形をしている。
上の頂点の辺りに位置するのが、ティアレの生まれ故郷である『レディウス村』。
下の頂点の辺りに位置するのが、穀倉地帯に囲まれた『ラントルム』。
右の頂点の辺りに位置するのが、大陸最大の港街『ノーベンレーン』。
そして僕らの現在地が、大体縦軸と横軸がぶつかった辺りだろうか。
僕らが大分西の端の方へ逸れてるのに対して、中央街道はもっと内陸の方にある。
ティアレがさっき言いかけたのは、ここから真東に中央街道へ戻るよりも、直接ラントルムへと南東に進路を取ろうという事らしかった。
ここから南東には特に危険な道のりがあるわけでもないし、わざわざ中央街道まで戻らなくても、それほど変わらないらしい。
ここで一つ疑問が湧いたので、ティアレに聞いてみる。
「それならなんでティアレは、レディウス村から直接ノーベンレーンを目指さなかったの? 南端まで行って海路を取るのは、随分遠回りに思えるけど」
「凄い……。イッチーさん、そんなにすぐ地図が読めるんですね。私なんてお父さんにみっちり仕込まれましたけど……」
「あ、いや……。そう、かな?」
どう返事を返すべきか一瞬悩んだけど、多分これは技術的な発展の差じゃなくて、教育水準的な問題だと思う。
僕ら日本人が直接意識する事は滅多にないけど、『水準』だけで見れば日本の
地図を読んだり、暗算をしたり、読み書きが出来たり、そういった事が当たり前じゃない場所だっていくらでもあるわけだ。
ティアレがお父さんから教わった、と言う事はこの世界にもその知識はあるって事だ。
ただその知識を伝える環境が無いんだと思う。
この辺りはもしかしたら、今後少し考えなきゃいけないかもしれない……。
「あっ、すいません。続けますね。なんで私が直接ノーベンレーンを目指さなかったか、でしたよね」
「うん」
「一言で言うと、危険なんですよ」
「危険?」
「はい。例えばレディウス村周辺の森は、基本的に安全な場所がほとんどです。それはレディウス村のご先祖様達が、時間を掛けてそういう環境を作ってきた、とも言えるんですけど。けれどレディウス村からノーベンレーンへ直接向かおうとすると、どうしても山越えをしなきゃいけなくなります」
そう言うとティアレは、地図上のレディウス村を指差した後、そこから南東の方角へと指を滑らせていき、そして丁度ノーベンレーンとの中間地点の辺りで指を止めた。
確かにそこには山を示す∧のマークがいくつも並んでいる。
今僕らの視界にある、雲を貫くような山脈と比べると低めに描かれているように見えるけど、これが正確に高さを表しているのかは分からない。
「今向こうに見えてる、地図だとこの辺かな? に比べると低いように見えるけど、そういう意味じゃなくて?」
「はい。地図の通り、山自体はそれ程険しいわけじゃないんです。私一人でも越えられない様な山ではないと思います」
「だとすると……?」
「この山は魔獣や魔物が多いんです。それも結構強力な」
「あ~、そういう事か」
確かに昨夜ティアレが、魔獣や魔物の話をしていた事を思い出す。
ティアレが結構強力と言うぐらいだ。
あまり危険じゃないと言ってたスライムに殺されかけた身としては、絶対に近寄りたくないエリアだ。
「なので、レディウス村とノーベンレーンを、直接行き来する人はほとんどいません」
「それじゃあ、例えば海路とかはどうなの?」
ティアレの話では、南のラントルムからノーベンレーンへは船が出ていると言ってたから、航路は普通に確保されてるって事だろう。
それなら尚更、レディウス村からノーベンレーンなら、陸路よりも海路を進んだ方がショートカット出来るように思える。
「えっと、この地図には載ってないんですけど。こっち側には『中央大陸ユストモルン』があります」
そう言って今度は、レディウス村から北東の海の方を指差す。
「この中央大陸ユストモルンと西の大陸セフィラートは、それほど距離があるわけじゃないんです。でも、海峡の潮の流れがかなり早い上に、時々渦潮も発生するらしくて、船で抜けるのはかなり厳しいらしいです」
「あ~……、そういう事情があるのか……」
「はい。それにかなり大昔の話らしいんですけど、この海峡にはセイレーンが出た時期もあったらしくて」
「セイレーン……。なんだっけ? 確か船乗りを歌で惑わせて、船を沈めるとかそんな話だったっけ?」
向こうの朧げな記憶を引っ張り出してくる。
「セイレーンの伝説ですね。本当にそんな事があったのかどうかは、分からないみたいですけど。色々と尾ひれが付いて伝わったんじゃないか、って言われてますね。危険な海域に船を近付けさせない為の予防策だった、って説が一番有力みたいです」
昔の人達が子供の教育の為に、お化けや妖怪を持ち出して教訓を作ったのと、どこか似てるのかもしれない。
「そりゃそうか。だって種族的にセイレーンは、普通にいるわけでしょ?」
「数は少ないですけど、いますね。レディウス村にも、セイレーンの血を引いてる人はいました。それに伝説って言うなら……」
ティアレはなぜかそこで一度言葉を切ると、僕の方に意味ありげな視線を向けてくる。
「?」
不思議そうな顔の僕に向けて、人差し指を立てると
「イッチーさんの歌の方がよっぽど危険だと思いますよ。きっと船乗りさんも、皆魅了されちゃいますから。ふふふっ」
そう言って、いたずらっぽく笑った。
「ハハッ、ありがとう。一応褒め言葉と受け取っておくよ」
「ふふふっ、半分は冗談じゃないんですけどね」
まさか吟遊詩人の次は、セイレーンになるとは思わなかった。
でも確かセイレーンって、女性型だったような気もするけど……。
「それでまぁ、セイレーンの経緯はどうあれ、海路も無理って話だよね」
「あっ、そうでした。なのでレディウス村からラントルムへは陸路、ラントルムからノーベンレーンへは海路、っていうのが一番一般的ですね」
「良く分かったよ、ありがとう。そうすると今日は」
「はい、このまま街道を南東に向かって、ラントルムを目指そうと思ってます。天候が崩れなければ、明後日か明々後日には着けると思いますけど」
「了解」
「それじゃ片付けて、出る準備をしましょうか」
とは言っても、僕の荷物はギターケース一つだけなので、ティアレを手伝う事にした。
準備を終えて、最後にティアレがココルを引いて戻って来る。
ティアレの話では、ココルは2人ぐらい乗せても全然平気だと言ってたけど、もしかしたら根本的に向こうの馬とは違うのかもしれない。
「今日はよろしく、ココル」
首を優しく撫でてあげると、嬉しそうに体を震わせた。
「それで、あの、イッチーさん。これ……、昨夜作ってみたんですけど……」
そう言って、ティアレが腰に付けたカバンから何かを取り出す。
それは丈夫そうな革紐と言うか、革ベルトみたいな物だった。
「これは?」
「イッチーさん、ちょっと後ろを向いてもらってもいいですか?」
素直に後ろを向くと、そのベルトを僕の肩から掛けるようにして、ギターケースを背負えるようにしてくれた。
「おぉ~、これは便利だね。ありがとう」
「いえいえ。ココルに乗って、このケースを手で持つのは大変かな、と思って」
確かに片手でケースを持ったまま、長時間馬に乗るなんて僕には結構きつそうだ。
これは本当に有り難かった。
「それじゃあ、出発しましょう!」
ティアレは颯爽とココルに飛び乗ると、僕を引き上げてくれる。
『目指すはラントルム!』
2人は声を揃える。
――こうして
この世界で、僕ら2人の旅が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます