第七章 -When the wind comes- 食べ盛り?
「そろそろ一旦休憩にしましょうか」
そうティアレに言われて空を仰ぎ見ると、日は真上を少し超えた辺りだった。
「丁度良さそうな木陰もあるんで、あの辺りにしましょうか」
ティアレが指差した方には、かなり背の高い木々が生い茂っていた。
その向こうには小さな川も見えるし、確かに一休みするには丁度良さそうだった。
ここに来るまでにも、随分と川が多かった気がするけど、それはあの山脈のお陰なのかもしれない。
木陰では止まらずに、そのまま川まで抜けて2人共ココルから降りる。多分ココルに水をやる為だろう。
「いってててて……」
「ふふふふっ。大丈夫ですか、イッチーさん?」
一応悪いと思って気を使ってか、ティアレが笑いを堪えながら心配してくれる。
でも肩が震えてるのは隠せていない。
慣れてないんだから当然と言えば当然だけど、恐ろしくケツが痛い……。
(そりゃあ確かに、バスや電車では散々日本中を移動したけど、さすがに馬に乗って旅をした経験はないからな~)
ガニ股になりながらも、とりあえず先に木陰に行って適当な所に腰掛ける。
とにかく何でもいいから、『跨る』以外の形でどこかに落ち着きたかった。
それほど時間を空けずに、荷カバンだけを持ったティアレが戻って来た。
「あれ、ココルはいいの?」
「あ~、あの子別に逃げたりするわけじゃないんです。普段繋いでるのも『ここにいなさい』って意味で繋いでるだけで、手綱もしっかり縛ったりしてる訳じゃないので。動こうと思えば動けるんですけどね」
「へ~、賢そうだなとは思ってたけど、本当に賢いんだね」
平均的な馬がどういう物なのかは分からないけど、そんな放し飼いの犬みたいに出来るものなんだろうか?
少し気になってココルを探すと、川のすぐ傍で草を食んでいる姿がすぐに見つかった。
一瞬顔を上げ僕と目が合うと、「ん、なに?」って感じで首を傾げた後、興味無さそうにすぐにまた草を食む作業に戻っていった。
確かに逃げるような気配は微塵も感じられない。
ココルが特別なだけって気もする。
「さて、今日は……」
ティアレが荷カバンから、昨日と同じような木の皮の包みをいくつか取り出している。
「はい、どうぞ。今日は黒パンと……、猪肉と野菜の煮込みです」
「……えっ、煮込み!? 煮込みがあるの?」
「はい。もしかして猪肉嫌いですか?」
「いや、いやいやそういう事じゃないけど。保存とかってどうなってるの?」
そう言えば昨日のサンドイッチも、まるで作りたてみたいな感じだったけど、空腹でその辺りに全く意識がいってなかった。
夏ってほどの気候ではないけど、体を動かせば汗ばむ程度には暖かい。
「イッチーさん知らな……かった、んじゃなくて、忘れちゃってる可能性もありますよね」
「あ、うん……。そうだね」
話が進まなくなるので、とりあえずそういう事にしておく。
「食べ物の方じゃなくて、包みの方に保存魔術が掛けてあるんです」
「あ~……」
(さすがにそれは完全に想定外だった……)
「そ、そんな事も出来るんだね……。で、でも煮込みって事は、汁物じゃないの?」
「はい。きっと見てもらった方が早いですね」
そう言ってティアレは、ちょっと大きめの箱型の包みの方を開けた。
するとそこには――
どういう仕組みになってるのかは全く分からないけど、確かにそこにはシチューの様な状態の煮込みがたっぷりと入っている。
それがその包みから溢れたりしてる様子もない。
鼻を寄せてみると、腐ってるどころか、思わず喉を鳴らしてしまうぐらい、食欲をそそる良い香りがする。
「それでこれを……、マジックキャンセレーション、コントロールマジック、ヒートコンダクション」
包みに両手を当てたティアレが、そのまま待つこと数分……。
シチューは湯気を立て始め、辺りには香ばしい匂いが漂い始めた。
「ご、ごめん……、もう僕には何が何やら……。ティアレさん! いつも美味しい食事をありがとうございます!」
僕はそれ以上考える事を放棄した。
「ふふっ、さぁどうぞ。召し上がれ」
そう言って大きな黒パンと一緒に、なみなみとシチューが注がれた器を渡してくれる。
「いただきます!」
考える事を放棄した後は、ただ欲望に忠実に、煮込みへと集中する。
まずはスープから一口。
「……うまい」
スープはイメージ通りと言うか、向こうのデミグラソースにかなり近い。
少しトロみもあるし、多分ブラウンソースベースだと思う。
トマトにとても良く似た甘味と酸味、ソースの程よい苦味。
そこに野菜や肉の旨味がしっかりと詰まり、どっしりとした濃厚な味になっている。
次に大ぶりなサイコロ状の肉を頬張る。
猪の肉を食べるのは随分久しぶりだったけど、向こうで食べたそれよりももう少し野性味が強い。
ベイリーフとオレガノに似た香草が、うまく臭みを消してくれているお陰か、その野性味溢れる肉の旨味がダイレクトに伝わってくる。
固いイメージがある猪肉だけど、しっかり煮込まれているのか、何か特別な手法があるのか、噛み締めると驚く程柔らかく、中から染み出した肉汁とソースが合わさってたまらなく旨い。
一緒に煮込まれている小芋が、全体的に濃厚なシチューの丁度良いクッションになっていて、小芋を食べるとまた肉に戻りたくなる、という無限ループでいくらでも食べられる。
固めの黒パンを浸して食べると、これまたシチューが染みて程よく柔らかくなったパンが、本来の甘さと香ばしさだけを残して口の中でほぐれていく。
必死にシチューと格闘していた僕がようやく我に返ったのは、器の底に残ったスープを綺麗に最後の一欠片となったパンに浸し、それを口に放り込んだ後だった。
若干呆れた表情のティアレと目が合う。
「あ、ごめん……」
「な、なんで謝るんですかっ!? やっぱり男の子って凄い食べるなぁって思ってただけですよ?」
「そりゃあ、お腹空いてたのもあるけど、美味しければ当然そうなるよ」
やや言い訳がましくもあるが、事実だった。
「それなら気にせず、ドンドン食べてくれればいいんですっ! それにこのシチューは私とお母さんの合作なので、私も作った甲斐があります」
「えっ、そうなの? お世辞抜きにメチャクチャうまいよ」
「もっと食べますか? お代わりありますよ?」
チラッと元の包みの方に目をやると、確実に僕は既に半分以上食べてしまっている。
さすがにティアレの分まで食べる訳にはいかない。
「いや、いいよ。ティアレだってまだほとんど食べてないじゃない」
「私は食べるの遅いですから。それでもこんなに食べきれませんよ。もう少し食べませんか?」
正直食べようと思えばまだ全然いける。
「そ、それじゃあ後少しだけ」
「はいっ」
僕から器を受け取ると、ニコニコとシチューをよそっている。
食べきれないのか、自分の残りのパンもちぎって一緒に渡してくれる。
その間もなぜかティアレはずっとご機嫌で、鼻歌まで混じっていた。
とても澄んだ綺麗な音色だった。
よく聴けばその鼻歌は、昨夜僕が聴かせてあげた『オーバー・ザ・ムーン』だった。
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