List.08 -誰が為に鐘は鳴る- ジャズギター同好会

 ――同日深夜、スタジオJITTA 事務所兼従業員控え室


「ようやく見えてきたな……」


 感慨深そうにヒロがそう零す。


「そうだな。イッチーのアイデアで一発逆転だったな」


 アキが嬉しそうに笑う。


「なんつーかさ、お前らホントすげーよな。俺今まで、こんな風に一つの事に夢中になった事ってなかったからさ。なんかお前らに追いつきてーなって思うし、負けたくねーなって思うよ」

「何言ってんの。シュンだって凄いじゃん。ジョージさんもいつもそう言ってるよ」


 珍しく真面目な口調のシュンに僕が続く。


 現在僕らは、元々離れだったスタジオ内の一室で、全員川の字になってる所だった。

 布団は叔父さんの自宅から借りてきた物だ。ある意味スタジオ実家の強みではあるけど、当の僕らは興奮で中々寝付けずにいた。


 今日僕らはこのままここに泊まって、明日は早朝から練習を始める予定になっている。

 チエちゃん先生とヨーコさんが腕を振るってくれた料理を賑やかに7人で囲み、練習と軽い打ち合わせをして、柊一家が帰宅したのがつい数時間前。

 その後残った僕ら4人は、叔父さん宅でお風呂を借りてからも、なんだかんだと練習を続ける内にこの時間になってしまったと言う訳だ。


 叔父さん夫婦には子供がいなかった事もあってか、僕は小さい頃から随分と良くしてもらっている。

 お風呂を借りに自宅の方へと行った時


「イッチーがここを使うようになるなんてな。最近はバンドやる子なんて、もういないのかと思ってたから、本当に嬉しいよ。これから空いてる時は好きに使うといい。やっぱり血は争えないのかもな」

「どういう意味です?」

「ん? なんだ知らないのか? ハハハッ。もしかして兄貴の奴隠してるのか? まぁ今じゃお堅い仕事だからな。言い出しにくかったのかもしれないな」

「何の話ですか?」

「ああ見えて、兄貴は学生時代はフォークバンドやってたんだよ。割と有名な凄腕ギタリストだった」

「えぇええええええええ!?」


 と言う一幕もあった。

 今度機会があれば聞いてみたいと思う反面、本人が隠してるなら、このまま知らないふりをしてた方がいいのか難しいところだ……。


「しかしあれだな。俺らって小学校からずっと一緒だったけどさ。イッチーがギターやってたなんて知らなかったぜ。いつからやってたんだ?」


 アキが思い出したように聞いてくる。


「えーと。確か5年の時に兄さんからギター譲ってもらったから、多分その時からかな」

「そんなに前からやってたのかよ!? 言えよな~。そしたら俺もこんな苦労しなくて済んだのによ~」


 口ではそう言ってるが、ヒロの口調はどこか嬉しそうだった。


「そっか。お前ら3人とも小学校から一緒なんだっけ。俺は学区違ったからな。俺ももっと早く会えてりゃ違ったのかもなぁ」


 シュンがちょっと悔しそうに呟く。


「でもさ。ホント不思議だけど、この4人じゃなきゃこうはなってなかったと思うし、よくこの4人が集まったよね」

「確かにな~」

「言えてるわ」

「わっかんねーもんだよな」


 4人揃ってクックックと笑い始める。


「なぁ、うまくいくといいな。新歓」


 急に真剣な口調でそう言ったのはヒロだった。


「そりゃそうだろ、って言うか、いかせるだろ。俺らが」


 アキはいつも通りだった。


「ジョージさんにヨーコさん、チエちゃん先生だってついてるからな。失敗する気がしねーよ」


 言葉通り、微塵も不安を感じさせない口調でシュンが断言する。


「新入部員も入るといいな」

「まぁ、どうせなら可愛い女の子とかな」


 やや真剣な口調のヒロの呟きも、アキが一瞬で台無しにするのはいつもの事と言えばいつもの事だ。


「アキはま~たすぐそれかよ」

「そりゃそうだろ。今後のモチベーションに関わるぜ」


 すかさず入ったシュンのツッコミにも全くめげないアキ。


「ま、まぁ女の子かどうかはともかく。文化祭の為にも入ってもらえると助かるよね」

「そうだな、イッチーの言う通りだぜ。新歓はあくまで文化祭の為の前哨戦だって、チエちゃん先生言ってたからな」


 この合宿前のチエちゃん先生の言葉を、ヒロがそっくりそのまま繰り返す。


「まぁなんにしてもあれだよな。俺らは演奏するしかねーからな」

「シュンにしちゃ珍しく後ろ向きだな。このメンバーなら問題ねーよ」


 最後のアキの言葉に、皆黙ったままウンウンと頷いている。


「そうだね。ずっと一緒にやってきてるんだから。僕らはいつも通り楽しめばいいんじゃないかな」

「いつも通りか」

「良い事言うじゃん」

「いつもやってる事を、ステージの上でもやるだけか」

「そうそう、そういう事」


 そうして他愛もない事を語り合いながら、ゆっくりと夜は更けていくのだった……。




「吹奏楽部の演奏に続きまして。『ジャズギター同好会』の演奏になります。昨年設立されたばかりの同好会ですが、今年は部への昇格を目指して、本格的な活動を続けているそうです。それではどうぞ!」


 ――紹介のアナウンスが終わり、ゆっくりと緞帳が上がっていく。

 200人以上の新入生達の目が、一斉にこちらに向けられる。

 不思議と緊張は全く感じなかった。


 ヒロ、シュン、という順に目を合わせ軽く頷き合う。

 最後に後ろにいるアキと目を合わせると、一つ強く頷いてゴーサインを送る。


「ワン、ツー、スリー、フォー」


 一曲目は誰でも分かるキャッチーな曲、と言うことで、ギターのイントロだけで誰でも一度は耳にした事があるだろう、50年代の超メジャーナンバーのアレンジ曲から入る。

 ヒロのリフが終わると、即全員のコーラスが綺麗に一つに重なる。


 この時点で新入生達が少しザワつき始める。


 ――ジョージさんのアドバイスを思い出す。

『メドレーって言うのはね、聴いてる人間にそうだと気付かせずに、曲と曲を繋ぐのが重要なんだよ。けれど同時に、(あ、曲が変わったんだな)と言う事は、逆に明確に気付かせてあげないともったいない。せっかくのメドレーなんだからね』


(繋ぎはごく自然に……)


 1曲目のサビに入る前に、そのまま2曲目へと繋ぐ。1曲目のサビは多分誰でも知ってるので、曲が変わった事はすぐに気付くはずだ。

 2曲目は僕ら4人全員が好きな、割と最近のロックナンバー。僕のヴォーカルとヒロのハモリが最大のポイントだけど、正直アレンジには一番苦労した曲だった。


 この辺りから新入生達の手拍子が徐々に増え始める。


 実際この新入生歓迎会ってやつは中々の曲者だ。

 観客は全員、ついこないだ入学したばかりで、半分無理矢理この場に座らされている新入生ばかりだ。いくら自分の好きな曲だからと言って、お互いまだ良く知らないクラスメイト達と一緒に盛り上がろう、というのがそもそも無理な話なのだ。


 2曲目の大サビのままラストに入る。

 一瞬そのまま終わったと錯覚させてから、即僕の強烈なカッティングで3曲目に入る。

 オベーションの野太い中音が体育館の窓を震わせる。


 ステージの袖にいるチエちゃん先生と目が合った。

 チエちゃん先生は満足そうに一つ頷くと、グッ! っと親指を立ててきた。

 3曲目はあえて、チエちゃん先生が一番好きなハードロックナンバーを選んだ。

 まだあまり有名じゃないけど、メロディアスな曲作りが特徴的なバンドだ。ハードロックの割に耳に入りやすい曲が多く、最近日本でも徐々に売上を伸ばしている、僕ら4人も大好きなバンドだ。


 3曲目のサビが終わり、まだ全員のコーラスが残るまま1曲目へと戻る、

 そのままサビに突入する。

 アキに火が付いたらしくスネアの音が跳ね上がる。

 アキに乗せられたらしいシュンのベースもを増してくる。


(ああ……。これでもう後で、『ジャズですから』って言い訳は通用しないだろうなぁ……)


 そんな気分でヒロの方を見ると、ヒロも苦笑いを浮かべている。

 『しょうがねーな』って顔を作ってはいるけど、ヒロがソロに入った瞬間、それはただのポーズだったと気付かされる。


(おいおい……、ヒロだってノリノリじゃないか……)


 アコギでもエレキと全く遜色ないソロを仕上げてくる辺り、影で相当練習していたんだろう。

 新入生達の中には、何人か立ち上がってる姿も見え始めた。

 これだけ乗ってきているのに、リズムキープは微塵も乱すことがないアキとシュンも、さすがとしか言い様がない。


 そういう事なら、僕ももう余計な事を考えるのは止めだ。

 せっかく皆がお膳立てしてくれた舞台に上がらない手はない。


 大サビに入りキーが半音上がる。

 裏声は使わずに、あえて地声で高音を響かせる。


 変声期に入って高音が出しにくくなってたので、ここまで出すのは久しぶりだった。

 ヨーコさんからも、『くれぐれも無理はしないようにね』と釘を刺されていたが、今日はすこぶる喉の調子も良いらしい。


 ――再びジョージさんの言葉を思い出す。

『最終的には細かい事なんて考えなくていい。君達自身が楽しむこと、それが一番大切な事だからね。そうすれば自然と周りも楽しくなる。今まで君達が積み重ねてきた物を信じればいい』


(僕達自身が楽しむ事……)


 確かに……。

 今こうしている僕らは、最高に楽しんでると言えるだろう。

 普段4人だけで演奏するのも、それはそれで本当に楽しい。


(けれど、やっぱりこうやって人前で演奏するのは最高だな……)



 盛大な拍手に送られながら、ステージ袖へと引き上げてきた僕ら一人一人に、チエちゃん先生は何も言わず、ただ黙って力強く背中を叩いてくれた。


 ――後で考えると、あの時チエちゃん先生は、泣きそうなのを我慢していたのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る