List.08 -誰が為に鐘は鳴る- 作戦会議
「やあ、皆お邪魔するよ」
「お邪魔しますね。うふふ、皆さん楽しそう」
「あっ、ジョージさんにヨーコさん。ホントに来てくれたんですね」
「皆で楽しそうな事やってるって、千枝から聞いたからね。そりゃあ、是非私達も混ぜてもらわないわけにはいかないじゃないか」
「私達だけのけ者はあんまりじゃないですか。ケーキを持ってきましたから、皆で食べましょう」
――3月某日、スタジオ実家(JITTA)
チエちゃん先生を含むジャズギター同好会の5人は、丁度休憩スペースで候補曲のアレンジについて話し合っている所だった。
「ありがとう、ママ。そろそろ一休みしようと思ってた所だったから、丁度良かった。どうする皆? コーヒーと紅茶どっちがいい?」
「あ、俺コーヒーがいいかなぁ」
「俺もコーヒーで」
「じゃあ俺も」
「僕もコーヒーで、って言うか手伝いますよ」
「いいからいいから。パパとママも適当に座って」
「あらあら、ママも手伝うわ。人数も多いし、ケーキもあるから」
「それじゃあ、お願いしていい? こっちにキッチンあるから」
「うふふ、本当にスタジオなのにキッチンまであるのね。なんだかとっても素敵ね~」
そう言うとヨーコさんとチエちゃん先生はどこか楽しそうに、ケーキの箱を持ってキッチンの方へと向かった。
「イッチー君の叔父さんに挨拶はしなくて大丈夫かな?」
「いえ、今日明日は貸切にしてもらってるんで、叔父さんも多分夜までは顔出さないと思います。椅子出すんで、ジョージさんもとりあえず座って下さい」
「そういう事なら仕方ないね」
僕らが囲んでいたテーブルにジョージさんも加わる。
ジョージさんもヨーコさんも、あの夏休み前の一件から定期的に僕らの練習を見てくれているので、既に全員かなり打ち解けている。
「それで、調子はどうだい?」
『……』
全員黙り込んでしまう。
「良くないみたいだね」
「別に何が悪いって事もないんですけど、イマイチまだ方向性が決まらないと言うか」
「スコア見せてもらってもいいかな?」
「それはもちろん」
一応現段階で、いくつか候補に挙がっている選曲のスコアをジョージさんに渡す。
スコアにはアレンジに関して、そこら中にあれやこれやメモがしてあるので、ジョージさんなら見るだけで大体の状況は把握してくれるだろう。
――暫く5人で「う~ん」と唸っていた所に、ヨーコさんとチエちゃん先生がお盆を抱えて戻って来た。
「さぁさぁ、それは一旦片付けて下さいね。ケーキの場所が無くなっちゃいますから」
僕らは素直に、テーブルの上のスコアやらノートやらをひとまとめにしてどかすと、全員でケーキとコーヒーを配る。さすがに2人に配膳までさせるわけにはいかない。
最後にヨーコさんの椅子も追加して、7人全員がテーブルを囲んだ。
淹れたてのコーヒーの芳ばしい香りが漂う。
コーヒーはチエちゃん先生が家から豆を持って来てくれたので、時々チエちゃん先生の家でご馳走になってるのと同じ、専門店も真っ青なメチャクチャ美味しいやつが頂けるわけだ。
「う~ん、それで千枝。時間的には何曲ぐらい出来そうなんだい?」
ブラックのまま一口啜ると、ジョージさんがチエちゃん先生にそう尋ねる。
「曲にもよると思うけど、多分どれだけ詰めてもせいぜい3曲。でも正直2曲でも厳しいかな、って所だと思う」
「確かにそれは難しいね。真面目な話、贔屓目抜きでも君達ならワンマンでもいけると、私は思ってるからね」
「うふふ、皆さんこの半年で本当に上達しましたからね。1曲だけなんてもったいないです」
そう言いつつも、絶対2人には身内贔屓が入ってるとは思う。
それでも確かに、僕ら4人が驚く程成長しているのはホントだった。
特に、ジョージさんから直接指導を受けてるアキとシュンの上達ぶりは異常な程だ。
半年ちょっと前までベースもドラムも触った事がないなんて、とてもじゃないけど信じられないレベルにまで至っている。
「あくまで参考までに、なんだけど。インストをやるわけじゃあないんだよね?」
「駄目ですよ、インストなんてもったいないです。せっかくこの子達全員、とっても素敵な声をしてるのに」
「いや、落ち着いて、ママ。だからこそそうじゃない事の確認だよ。私だって皆の力は良く分かってるさ」
「あらあら」
インストと言うのは、歌を含めない楽器だけの演奏の事で、ジャズにはインストの曲が多い。
けれど、僕ら4人はこの夏からずっと、ヨーコさんからボイストレーニングも受けてきている。
一応メインヴォーカルが僕で、メインコーラスがヒロって事にはなってるけど、実際誰がメインを取ったとしても問題無いと思う。
「僕らとしてもインストは考えてないです。ただジャズのヴォーカル曲だと、結構女性ヴォーカルが多いんですよね」
「それならもういっその事、ジャズなんて忘れてしまえばいいじゃないか」
まさかジョージさんの口から、そんなセリフが出てくるとは思ってなかった。
なにせジョージさんは、ずっとジャズ一本でやってきてる人だ。
「君達がやりたい曲をやればいいんだよ。私だって、千枝がずっとロックに夢中だった事ももちろん知ってるさ。ジャズだろうとロックだろうと、良い物は良い。今から君達が、ジャンルなんて小さな枠に囚われる必要はないんだよ。もしそんな事で文句が出るようなら、私が直接学校に乗り込んでやるさ」
そう言って、ウインクと共に親指を立てて見せる。
ジョージさんのこういう所は本当にカッコイイと思う。
音楽に対する考え方や姿勢も、チエちゃん先生の柔軟さを見てると、つくづくこの2人の娘なんだなぁと思えてくる。
「それならそれで、やっぱり選曲の幅が広がりすぎちゃって、結局振り出しに戻っちゃうのよね~」
チエちゃん先生が、お手上げといった感じに肩をすくめる。
「それならもう、全部やっちゃうっていうのはどうでしょうか? うふふ」
「ちょっとママ、無茶言わないでよ。そんな事したらステージからつまみ出されちゃうわ」
「あらあら、冗談よ。全部演奏させてあげたいのは本当ですけどね。うふふ」
「そりゃあ出来るなら私だって……」
(ん? 何かが引っ掛かった)
「全部、全部……」
(いや、待てよ……。全部? 全部やってしまう?)
「全部やってしまうの……、アリかもしれません」
「ちょっと市原君まで何言い出すの。吹奏楽部の後の10分貰うだけでも大変だったのに……」
「いや、だからその10分で全部やってしまえばいいんですよ」
『……?』
全員が黙って僕の方を見る。
「なんか思いついたんだな、イッチー。言ってみ」
真っ先に食いついたヒロが、ニヤリと笑いながら先を促してくる。
「うん」
一拍置いて、考えをまとめてから話し始める。
「長めの曲が大体1曲5分超だとして、10分だと2曲できるかどうかも怪しいです。だから僕らは1曲にするか2曲にするかで悩んでる訳ですけど。でも1曲を2分程度にアレンジして、まとめて5曲ぐらいのメドレーにすれば……」
『……』
「なるほど! 最初から10分の長さでメドレー曲を作っちゃえばいい!?」
ガタッと椅子から立ち上がって、チエちゃん先生が叫ぶ。
「はい、そうです。それならある程度曲数に余裕も出来ますし、時間的な問題も簡単に解決出来ます」
「きゃ~、さっすが市原君!」
――久々にチエちゃん先生のポヨポヨに埋没していた。
しかもご両親の前だった……。
でも2人に目をやると、ジョージさんもヨーコさんも微笑ましそうにニコニコしていた。
(それでいいのか……。ジョージさん、ヨーコさん……)
「いいな~……」
「ずり~な、イッチーだけ……」
「おいおい、独り占めかよ」
3名程全く無関係な話をしてるのでスルーしておく。
「そうと決まれば、さっそく選曲からやっちゃいましょう! 一度候補から外した曲でも、やりたい曲があればそれも再検討しましょう。パパとママは、決まった曲のアレンジと、メドレーの繋ぎをチェックしてもらえる? 私ちょっと機材の方全部洗い出してみるから」
『ふんすっ』と鼻息も荒くチエちゃん先生が吠えるが、ポヨポヨには相変わらず僕が抱きしめられたままだった……。
「あ、あの……。僕はちょっと、叔父さんにスタジオの空き日、確認してきますので……」
そう訴え出た胸元の僕と目が合ったチエちゃん先生が、ゆうに30秒はフリーズした後、ようやく僕は開放されたのだった……。
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