List.08 -誰が為に鐘は鳴る- 実家?

「合宿をしましょう!」


 いつかどこかで見たような気がする、むっ! という迫力の欠片もない両手ガッツポーズと共に、チエちゃん先生が旧音楽室に参上した。

 いつもにも増してテンション高めな様子で、『ふんすっ』と鼻息も荒い。


「おぉぉおおおおおお?」

「きたか? 遂にきたか!?」

「いえ~い!」

「……はい?」


 ――僕ら4人が旧音楽室に通う様になってから、半年以上が過ぎようとしていた。


 四者四様のテンプレを一応返したものの、実はこれは以前から決まっていた事でもある。

 と言うのも、実は1年の文化祭で初めてステージに上がる、という話があったにはあったのだ。

 ただ、なにせ我ら『ジャズギター同好会』は所詮同好会である。しかも部員(会員)は4人である。更に言うと4人全員1年であり、顧問は何の力も持たない若手だったりもする。


 一言で言うなら『無理』だったわけだ。


 我が校の文化祭はかなり特殊で、『地域交流』の名の下に、周辺中学校3校による合同文化祭という謎の一大イベントである。

 3校が入れ替わり制で、1週間近くも催されるという、文字通りのお祭り騒ぎだ。

 なにせベビーブームには乗り遅れてるとは言え、40人超x5クラスが当たり前だった時代だ。参加人数もハンパじゃない。

 そんな中で、メイン会場となる体育館第一ステージは、3校の希望者達の苛烈な奪い合いになる。


 そこに我らジャズギター同好会が割り込むのは、現状どう考えても不可能、という至極まっとうな結論だった。


 ただこの件に関して、なぜかチエちゃん先生から

『皆には本当に申し訳ないけど、今年だけは我慢して。その代わり来年の文化祭は、皆の為にちゃんとした相応しい舞台を用意するから』

 という謎の謝罪と確約があった。

 実際その時点で、誰一人として文化祭のステージに出ようなんて思ってなかった僕らは、「お、おう……」と返すしかなかったわけである。



 ――そして時は戻って現在の僕らはと言えば

 もうすぐ1年も終わり、次の春休みが明ければ晴れて2年生、というそんな微妙な時期だった。

 チエちゃん先生の合宿の提案と言うのは、2年の文化祭に向けての前哨戦、『新入生歓迎会』で小手調べをしておこう、という物だった。

 その2年の文化祭の為の部員確保、そして欲を言えば正式な部への昇格。

 その為にも、新歓でみっともない姿を晒すわけにはいかない。


 というわけで、1年最後の休みを利用して合宿をしようというわけだった。


「でもさ~、俺らって表向きは一応『ジャズギター同好会』なわけじゃん? 新歓でバンドとかやっても大丈夫なわけ?」


 アキにしては意外ともっともな質問を口にする。


「確かにな。文化祭じゃあるまいし、新歓で大騒ぎってわけにもいかねーだろうし」


 ヒロが続く。


「でも4人だからって、別にバンド形式に拘る必要もないんじゃないかな? ブッチャケ、アキだってシュンだってギター弾けるわけだし」

「え~っ、俺せっかくならドラムで出てーよ」

「俺もどうせ出るならベースで出たいな」


 僕の提案はアキとシュンによって即却下となった。

 まぁ、正直想定内だ。

 アキとシュンが乗ってこないだろうとは思ってたし、更に言えばこういう流れになると――


「まぁまぁ、2人とも。先生に任せなさい。ちゃ~んと考えがあるから」


 こうなるわけだ。

 一番日の浅いシュンでももう半年以上、チエちゃん先生とは1年近く、ヒロとアキに至っては小学校からの付き合いだ。

 それでなくともこの5人は、ここ半年以上ほぼ毎日顔を突き合わせているわけだ。

 いい加減行動パターンも読めてくる。


「さっすがチエちゃん先生。頼りにしてるよ~」

「やっぱ俺らのチエちゃん先生だよな~」


 さすがアキとシュンもチエちゃん先生の扱いを心得てる。

 こういう時は、ほぼ間違い無く『チエちゃん先生』呼びもスルーされる。

 当のチエちゃん先生はフフンとドヤっている。

 こういう所も、チエちゃん先生がチエちゃん先生たる所以だろう。(もちろん良い意味で)


「別にジャズギター同好会だからって、もちろんギターしかやっちゃダメなんて事はないと思うの。でもさすがに、ジャズギター同好会を名乗ってステージ上でハードロック、はアウトよね? だから間を取るっていうのはどうかな?」

『間?』


 皆の疑問が綺麗に重なる。


「つまり……、皆がやりたい曲をジャズアレンジして、アコースティックバンドやっちゃえばいいのよ」

『……』

「あれれ? 反応悪い?」

「いや、それってアリなんですか?」


 皆固まったままなので、一応僕が代表して聞いてみる。


「アリアリ、全然アリよ」

「でもそれって、ゴリゴリのハードロックでもメタルでも、アレンジとアコースティックで誤魔化すって事ですよね? そういう曲やる事自体が問題になったりはしないんですか?」

「あ~、そういう心配をしてたのね。大丈夫よ。だってどうせ誰も分からないもの」

『……。』

「問題が出るとすれば、年配の先生方からって可能性が高いでしょ。でもはっきり言って、それっぽい曲さえやってれば、どれが元々ジャズの曲かなんて分かる人、多分誰もいないと思うのよ」


(かなりムチャクチャな理屈だけど、確かにその通りなのかもしれない)


「でもそれとは別の問題もあってね」

「なんですか?」

「まず一つ目は合宿場所の確保。それと二つ目は新歓ステージの時間的問題」

「合宿場所の方は分かりますけど、時間的問題っていうのは?」

「もう自分達の時の事は覚えてないかな。新歓ってほとんどの部が部員確保の為に何かしらやるでしょ。文化部系はまだしも、運動部系はほぼ確実にね」


 僕らの時の事を思い返してみると、確かにひっきりなしに入れ替わり立ち代りで、かなり忙しなかった記憶がある。


「僕達が何曲もやってるほど余裕が無いってことですか?」

「そう。なんとか吹奏楽部の後にでも割り込めればいいんだけど。もしうまくいったとしても、多分1曲しか出来ないと思うのよね……」

「1曲だけかぁ~」


 真っ先にヒロが不満そうな声を上げる。

 ヒロが一番最初に口に出した、と言うだけで、他の皆も不満そうなのは大して変わらない。


「でもそれは、他の部も全部条件は一緒って事ですよね?」


 念の為僕が確認する。


「そうね。多少の差はあっても、一つの部の持ち時間は、せいぜい10分~15分ぐらいだと思うわ」

「じゃあそこは、時間内で何をどう見せるか考えなきゃいけないわけですね」

「曲も含めてね。そこはまだこれからゆっくり考えるとしても、問題は」

「合宿場所ですか」

『……』


 皆それぞれ考え込む。


「アキんとこはどうなんだ? スタジオあるだろ」


 最初に口を開いたのはシュンだった。

 シュンは時々アキの所で一緒に練習しているらしく、多分店のスタジオを使う事もあるんだろう。

 アキの実家が楽器屋なのは、付き合いの長い僕とヒロももちろん知っている。


「仁科君スタジオがあるの?」

「あ~、そう言えばチエちゃん先生には言ってなかったか。うち仁科楽器店なんすよ」

「そうだったの!? でもあそこって確か……」

「うん。楽器屋っつってもトランペットとかそういうのだから。スタジオも個人か個人レッスンで使う用だから、4人も5人も楽器持って入るのはまず無理だよ」

「そうか。俺ら借りても入るのいつも2人だけだもんな。広さ考えてなかったわ、わりぃ」


 シュンがちょっと済まなそうに手を合わせる。


「ちなみにここじゃ駄目なんですか?」


 僕がチエちゃん先生にそう聞いてみる。

 とはもちろん、今では僕らの部室となった旧音楽室の事だ。


「もちろんここも候補の内の一つではあるんだけど……。でも正直言って、ここじゃ思いっきり音出せないじゃない? アンプもないし……」

「確かに」

『……』


 また全員黙り込んでしまう。


 弱小同好会にまともな部費が出るわけもなく。

 それ以前に、ここに勝手にアンプなんて持ち込んで、爆音を垂れ流したりしたら、一体どこから何を言われるか分かったものじゃない。

 僕はここでいいのかと思ってずっと黙ってたけど、そういう事なら候補が無いわけじゃなかった。


「先に聞いてみないと、まだ何とも言えないんですけど」


 挙手して一応先にそう前置く。


「どこか心当たりがあるの?」


 割と手詰まりだったのか、チエちゃん先生が目をキラキラさせながら僕に食いついてくる。


「ここから2駅ぐらい離れたとこなんですけど。僕の叔父さんがスタジオやってるんですよ。スタジオJITTA(ジッタ)っていう」

「えっ、それってもしかしてスタジオの事?」

「よく知ってますね……」

「そりゃあ知ってるわよ。だって私もバンドやってた頃は、よく使わせてもらってたもの。あそこ市原君の叔父さんがやってたのねぇ……。なんだか懐かしいわ……」

「なんだその『スタジオ実家』ってのは??」


 シュンが不思議そうに聞いてきたが、その質問はもっともだと思う。

 さすがにヒロとアキも、この事に関しては知らない。

 2人揃って首を傾げている。


「ま、まぁ……、行けば分かるよ……」



 元々離れだった所を改造してスタジオにした当時は、叔父さんの人柄もあって、休憩スペースや冷蔵庫やキッチンまで自由に開放していた。

 叔父さんの奥さんが好きだった、某バンドから取って名付けたらしい『スタジオJITTA』だったが、実際に利用する人達からは、『実家の様な安心感』という意味で『スタジオ実家』とよく呼ばれていた。

 僕はもちろん知っていたが、叔父さん夫婦にその事を告げた事は遂に一度もなかった……。


「じゃあスタジオの事、本当に市原君にお願いしても大丈夫?」

「はい。今日にでも電話してみますよ。お正月に会った時は『最近はバンドやる若い人も全然いなくなってしまって寂しい』みたいな事言ってましたから、多分大丈夫だと思いますけど」

「それはホントにね。音楽って『流行り廃り』で、やったりやらなかったりする様な物じゃないのにね……。叔父さんの気持ちも分かるわ」


 そう言ってチエちゃん先生は、顔を伏せた。

 約9ヶ月前のあの日、この旧音楽室で一人ギターを鳴らしていた先生。

 扉の小窓から初めて見たチエちゃん先生の姿が、どこか悲しげだったのを僕は唐突に思い出した。

 今ならなんとなくその理由も分かるような気がする……。


 けれどそんな表情も束の間。

 入って来た時と同じように、むっ! っと可愛らしく両手ガッツポーズを決めると


「そういう事なら、私はちょっと吹奏楽部の方と掛け合ってくるから。皆は演奏する曲の話でも進めておいてね。とりあえず今はまだ候補の3曲ぐらいでいいけど、アレンジの事とかも詰めていかなきゃいけないから」


 言うが早いか、チエちゃん先生はそのまま飛び出して行ってしまった。

 こういう所も本当にチエちゃん先生らしい。

 僕らがこうして集まっている事で、あの頃のチエちゃん先生の気持ちが紛れているなら、それはきっと僕らにとっても素敵な事だと思った。


 残った僕ら4人は、さっそく作戦会議を始めたのだった。

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