第四章 -Singing in the...- 吟遊詩人
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
思ったよりあっさりと巨大サンドイッチを平らげると、ティアレがさっき用意していたお茶を金属製のカップに注いで渡してくれる。
(ティアレの方は半分だけ食べて、残りは明日の朝に食べるそうだ)
とてもいい香りがする。強いて言えばアールグレイが一番近いだろうか。
一口啜ると、思わずほぅっとため息が漏れてしまう。
「美味しい」
「良かった」
そう言って微笑むと、彼女も両手で包むように持ったカップを傾ける。
ふと思い出した事を口にする。
「そう言えば」
「??」
「さっきティアレが色々と魔法、じゃなくて魔術か、使ってたじゃない?」
「はい」
「あれって全部口に出してたけど、詠唱って言うのかな? あれは必ず必要な物なの?」
「詠唱って分かるんですね。多分聞きたいのは無詠唱の事ですか?」
「あ~、多分そうだと思う。僕はただ言葉として知ってるだけだけど」
確かに『無詠唱魔法』なんて単語に覚えがある。
漫画だったのか、小説だったのか、はたまたアニメだったのかは思い出せない。
「そうですね。必ずって言ってもいいかもしれません」
「と言うと?」
「魔術って言うのは、大きく分けると3つの工程があるんですけど。精製、構築、発動の3つですね。まず精製ですけど、これは自然界に満ちてる『オド』を使います」
「オド??」
これまた知らない単語が出てきた。
「精製前の燃料みたいな物だと思ってください。理由は省きますけど、このオドはそのままじゃ使えないんです。そこで術者が一度このオドを取り入れて、マナという魔法燃料に精製してあげないといけないんです」
「なるほど」
オドが石油で、マナがガソリンと思えば良さそうだ。
「次に構築ですけど、これは単純に術者が術式を編み込む事ですね。簡単な術なら予め術式を編み込んだ術具なんかを使えば、この工程を飛ばすことも出来ます」
「へ~、そういう物もあるんですね」
『術具』なんて聞くともっとサポート的なイメージだけど、それ自体が代わりをしてくれるわけか。
「はい。それで最後の発動なんですけど、術を現象として起こすのは、私達術者じゃなくてあくまでも精霊なんです」
「精霊……」
何度も出てきてはいるけど、イマイチ良く分からない。
「精霊はオドと同じように、自然界のどこにでもいますけど、姿を見せる事は滅多にないんです。理由は良く分かってないみたいですけど。どこにでもいるのに、どこにもいない。そんな感じの認識です」
「どこにでもいるのに、どこにもいない……」
なんだか謎掛けでもされてるようだ。
「この精霊への呼びかけ、お願いって言ってもいいかもしれないですね。『力を貸して下さい』っていう。この為には言霊が必要なんです。つまりはそれが詠唱ですね」
(言霊か。言葉には魂が宿る、だったか。この辺の感覚は、日本人なら割とすんなり受け入れられるのかもしれない)
「要するに言霊、言葉に出さないと精霊に伝わらない?」
「はい、大正解です」
まるで”大変良く出来ました”をくれるチエちゃん先生のように、満点の笑顔を向けてくれる。
「なので、これは夕方のお話とも繋がりますけど、精霊に近しい存在、上位存在なら無詠唱魔術も可能かもしれないんですけど」
なぜかティアレはそこで一旦言葉を切った。
「けど?」
「けど、それ自体がもう既に魔法の領域に入ってしまっているので、無詠唱魔術って言葉がもう矛盾してるんですよね」
「あ~、なるほどね。じゃあ基本的には使えない物、っていう認識でいいのかな」
「ですね。うちのおばあちゃんでも無理みたいなので、かなり難しいんじゃないかと思います」
ティアレの師匠で無理なら、それは相当に無理そうだ。
これで無詠唱に関しては一通り聞けたけど、僕がこの話を持ち掛けた本命はここからだった。
ティアレにお茶のお代わりを入れてもらうと、一口喉を潤してから僕は切り出した。
「ティアレ、もう一つ教えて欲しい事があるんだけど」
「?? どうしたんですか、改まって。もちろん私に分かる事なら」
「スキルって言うのは?」
実は、これが僕がずっと気になっていた事だった。
訳の分からないスキルを、習得したとか何とか脳内に直接語りかけてきた割には、いざ使おうと思っても何も起きなかった。
いや、起きなかったのか、何かが起こる類の物なのかどうかも分からなかった。
「スキルは魔術や魔法よりもっと簡単かもしれないですね」
「そうなの!?」
「簡単、は言い方が悪いですけど。もっとシンプルと言うか、さっきの説明で言えば工程は必要ないですし、もちろん詠唱も必要ないです」
確かに言葉に出さなくても『使える』、って感覚だけはあったのを思い出す。
「具体的にはどうやって使う物なの?」
「え~っと、そう聞かれるとかえって難しいですね……。スキルっていうのは人それぞれ、修練や鍛錬、反復行動の果てに得られる物なので、同じスキルでも使う人によって効果に差があったり、使うイメージも違ったりするらしいです」
「う~~~ん……」
なんだかシンプルと言われた割には、余計難しくなってしまった。
「ちなみにだけど、ティアレは何かスキルって使えるの?」
「はい。例えば『精密射撃』ってスキルがあるんですけど、それは弓を構えて矢を番えて、こうやって弦を引いて標的に集中した時には、ほとんど自動的に発動しますね」
説明しながら、実際に弓を引くポーズを見せてくれる。
「自動的って言うと、なんかこう『使いますか?』、『はい、いいえ』みたいなのは無かったりするの?」
「そういうスキルもあるみたいですけど、大体はどのスキルでもそう意識さえすれば、ほとんど自動的だと思います。私の使うスキルは全部自動的ですね」
だとすると、やっぱりあの時の使い方自体は、多分間違ってはいなかったんだと思う。
なぜかは分からないけど、確かにあの時そういう確信めいた何かはあった。
ただ発動はしたけど効果が出てなかった? 使い方が間違ってた? もしくは自分で分かるような効果じゃなかった?
やっぱり良く分からない。
「何かスキルを使いたかったんですか?」
「う~ん……。ほら、あのティアレに助けてもらった時。スライムに襲われた」
「あ~、はい」
「あの時に【アンプリファイア】ってスキルを習得したとかって、頭の中に聞こえたと言うか、響いたと言うか」
ティアレは暫くの間、何か考え込むような顔を見せてから
「全然聞いた事のないスキルですね。もしかしたらユニークスキルかもしれません」
「ユニークスキル??」
また新しい単語が出てきた。
「一言で言うと、特定の個人にしか使えないスキルですね。例えばさっき言った精密射撃は、ある程度修練を積んだ弓手なら大体誰でも使えます。逆にユニークスキルは、その人以外誰も使えないので、使い方や効果もその人自身にしか分からない事が多いみたいです」
(専用のスキルって事か)
「私はユニークスキルって持ってないので、これは聞いた話ですけど。普通のスキルみたいに、習得してから使うんじゃなくて、初めて使う時が習得と同時って事が多いみたいです」
(これまた随分とややこしい物を手にしたらしい)
今いくら考えても、答えは出てこなそうだ。
そう思い早々に切り上げて、深く考えるのは止めておく事にする。
「ありがとう。大体分かった……と思う」
「いえいえ、あまり助けになれなかったかも。私がユニークスキル使えないので」
「そんな事ないよ。凄く参考になった。僕は何も分かってないからね」
「それじゃあ……」
言いかけてから一瞬言い淀む。
「?」
「私も、一つ、聞きたい事があるんですけど……。いいです、か……?」
「っ!?」
体育座りの体勢で、両手でカップを持ったままのティアレ。
まるで自分の膝に隠れるようにしながら、おずおずと上目遣いにそう聞いてくる。
端っから僕は何を聞かれたとしても、正直に答えるつもりではいた。
けれど僕は逆に聞きたい!
こんな風にお願い事をされて断れる奴がいるのかと!!!
残念ながら、僕はこんなお願いを断れる程、頑強な鋼のメンタルは持ち合わせてない。
「そ、そんな改まらなくていいよ。僕に答えられる事なら」
内心ドキドキしながらも、なるべく平静を装って僕はそう返す。
「その……ケースって、何が入ってるんですか? もし良かったら、でいいんですけど……」
「あ~……」
結構予想外の質問が飛んで来た。
でもこの世界に、もしギターが無いとしたら、確かにそれは気になるのも当然なのかもしれない。
「これはね、ギター……じゃ分からないか。楽器だよ」
「楽器なんですか!? じゃあ、じゃあイッチーさんってもしかして、吟遊詩人さんなんですか!?」
「ブッ!! い、いや……ぎ、吟遊詩人では、ないと思うけど……。いやぁ、ある意味吟遊詩人みたいなもんなのかなぁ……」
この世界の吟遊詩人がどんな物なのかは良く分からないけど、さすがに自分の吟遊詩人姿を想像したら、シュールすぎて笑わずにはいられない。
肩を震わせる僕を見て、ティアレは不思議そうに首を傾げている。
自分で自分のイメージに笑ってるだけとは言え、さすがにティアレが気を悪くするかと思い始めた。
「ごめん、ごめん。ティアレの言った事が可笑しかったわけじゃな――」
「じゃあ、何か演奏して下さいっ」
一応事情を説明しようと思った僕を遮って、唐突に何かを思いついたように、ティアレがパッっと顔を上げて提案してくる。
一瞬呆気に取られて固まってしまう。
急な提案が意外だった事も多少はあるけど、それ以上に僕自身がこの世界に来てから、全くその発想に到らなかった事に少し驚いていた。
「あっ……、ごめんなさい。ちょっと図々しかったですよね……」
僕が無反応だったのを、多分悪い方向に取ったんだろう。
ティアレは自分で口にした事に対して、申し訳なさそうに少し顔を伏せる。
この子は多分ワガママを口にする事に、あまりにも慣れてないんだろう。
そんな不器用な彼女の為に、ようやく僕がしてあげられる事が見つかって嬉しくなる。
「全然そんな事ないよ。僕は聴いてくれる人がいるなら喜んで演奏する」
極力穏やかに、優しく宥めるように答える。
それに後半部分は、120%嘘偽りない本音だった。
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