ラヴ＆ピース ～音楽馬鹿の僕が異世界に行ったところでやっぱり音楽馬鹿は治らなかった～

第四章 -Singing in the...- 篝火

「ふと気になったんだけど」

「？」

「コントロールマジックっていうのは、もしかして出力を調整してるのかな？」

「っ！？　凄い、良く分かりましたね！？」

「いやいや、何度も見てれば普通は気付くんじゃないかな……」

「う～ん……。そんなにすぐ気付かないと思いますけど……。まぁそれはひとまず置いておいて、さぁどうぞ」

　そう言って、何か木の皮の様な包み（日本風に言えば竹の皮だろうか）を一つ渡してくれる。

「ありがとう」

　礼を言って包みを開いてみると、随分なボリュームのサンドイッチが顔を出した。

　パンは黒パンだろうか。

　ちょっと固めの丸いパンを２つに切り開いて、間に色々と挟んであるシンプルなサンドイッチだった。

　中にはたっぷりの野菜と、ローストされているっぽい何かの肉が見える。

　向こうでは馴染みのない香辛料と、マスタードに似たソースの香りに思わずゴクリと喉が鳴る。

　ティアレの方に目をやると、彼女はまだ包みも開けずに両手で持ったまま僕の方を見ていた。

（どうやら先に食べろと言うことらしい）

　有り難い事に僕は好き嫌いは一切ないし、割とどんな食べ物でもチャレンジは出来る方だ。

「いただきます」

　両手で持っているので指先ぐらいしか合わせられなかったけど、そう言ってティアレに頭を下げる。

　ティアレは一瞬だけちょっと驚いた顔を見せたけど、すぐに元の表情に戻ると

「どうぞ召し上がれ。お母さん特製のサンドイッチ、凄く美味しいんですよ」

　そう言って本当に嬉しそうに笑った。さぞかし自慢のお母さんなんだろう。

　もう見ただけで、間違い無く美味しいのは分かる。

　余計な事を考えるのはやめて、僕は有難く巨大サンドイッチにかぶりついた。

「うまい……」

　多少気を使う予定もあったんだけど、どうやらそんなのは完全に杞憂だったみたいだ。

　お世辞抜きにマジでうまい。

　感じとしては、海外で食べる鴨のローストに近いだろうか。バーベキューソースや醤油ベースのソースと言うよりは、甘酸っぱいフルーツソースみたいな感じだ。

　それが胡椒よりもうちょっと癖を強くした香辛料と恐ろしく相性が良く、ちょっと固めで素朴な黒パンが丁度良くバランスを取ってくれてる。

　冗談抜きで、近所に売ってたら通いたいレベルだ。

　半分辺りまで一気に食べて、自分がどれだけお腹が空いてたのか再認識してしまう。

　これは肉体年齢が戻ったせいで、食欲まで10代に戻ってる可能性が高い。

　ノンストップで３分の２程平らげた辺りで、ようやく少し落ち着いてティアレに目をやると、どうやらお茶を淹れてくれてるみたいだった。

（自分もまだ食べてる途中なのに、本当になんて気の効く子なんだろうか）

　無駄に年だけ食ってる自分が情けなくなってくる。

「なんか気使わせてごめんね」

「えっ、何言ってるんですか！？　そんなの気にしないで下さい。私だって好きでやってるんですから」

　彼女の様子を見てる限り、本当に自然な行動だと分かるだけに、尚更頭が上がらない。

　自慢のお父さんとお母さんの教育の賜物なんだろうか。

　きっとそれ以上に、ティアレ自身の努力や性格があってこそなんだろうけど。

「そう言えば、焚き火はお茶の為に？」

「いえ、それも少しはあるんですけど。なんか癖みたいなものですかね～」

「癖？」

「ほら、私のお父さんとお母さんは、ほとんど魔法使えないって話したじゃないですか？」

「うん、言ってたね」

「お父さんに色々教えてもらいながら、一緒に旅をしてた頃なんですけどね。私もまだその頃は、それほど上手に魔法が使えたわけじゃなかったんで、結界術なんてそれこそまだまだぜ～んぜんで」

（そりゃそうか。ティアレだって元から何でも出来たわけじゃない。努力を積み重ねて今のティアレがあるんだ）

　今更ながら、そんな当たり前の事を思った。

「おばあちゃん直伝のってやつだね」

「はい。火を焚くのは、やっぱり魔物や獣避けって意味もあるんですけど、結界があれば正直無くても構わない物なんですよね。灯りも作れますし」

「うん、さっき林の方に向かう時に照らしてたやつだよね？」

「あ、見てたんですね。そうです、あれです。で、今日明日はまだそのまま食べられる物があるんで別なんですけど。いざ調理をしようってなったとしても、火も魔法でおこせちゃいますし、別に焚き火なんて無くても困らないんですよ、本当は」

　ティアレが食べるのを止めて、焚き火を見つめる。

　どこか何かを懐かしむ様な、とても優しい表情をしていた。

「だから……癖？」

「そうですね。別にあってもなくてもいいはずなんですけど、なんだかこうやって焚き火を囲んで、炎を眺めてると落ち着きませんか？　私だけなのかな」

　なんとなくティアレの言いたい事は分かった。

　確かにこうして火を眺めていると、どういうわけか不思議と落ち着く。

　遺伝子に刻み込まれた太古の記憶がそうさせるのか、理屈は分からないけど心まで暖かくなり、気持ちが安らいでいく。

「そんな事ないよ。僕もあった方がいいと思う」

　自然とそんな言葉が溢れていた。

「そう……ですよね」

「うん」

　本当にゆっくりと、静かに優しく、時間は二人の間を過ぎていった。

　――時折聞こえてくるのは「パチッ、パチッ」という焚き火が爆ぜる音だけだった。