第四章 -Singing in the...- 魔法
「例えば算術や錬金術、占星術なんてありますよね。あ、分かりますか?」
多分僕の頭の方じゃなくて、記憶の心配をしたんだろう。
「大丈夫です、分かります」
今じゃすっかりファンタジー扱いになってる錬金術も、確か元を正せば金を精製する為の学問。
今で言う所の化学の原型だったかな。
例えばダイヤモンドと黒鉛は同素体なのに、構造が違うとかそんな話だったはずだ。
金を生み出すなんて馬鹿げた話と思われがちだけど、実際に似たようなプロセスを経て、滅茶苦茶を突き詰めた結果生み出された物も数多くあるわけだ。
身近なとこだと、ライターなんて日常的に使ってるけど、大昔から見ればきっと魔法みたいな物だろう。
占星術も、星占いの影響で当たるも八卦当たらぬも八卦になってるけど、元々は星や天体の動きが人や社会に与える影響を調べる為の学問だったかな?
星読みで船の位置を確認する航法や、月が人体に与える影響の研究なんかも、確か源流は占星術だったはずだ。
天動説地動説の論争をきっかけにして、占星術と天文学が枝分かれしていったとか何とか。
ブッチャケこの辺は、全部博識だったマサから教えてもらった事だ。
僕が本を読むようになったのも、本の虫だったマサの影響だった。
「魔術も一緒なんです。正しい燃料があって、正しい術式があって、正しい結果が出る。あくまで1+1は2にしかなりません。結果に差が出るのは本人の資質ぐらいで、それも術式に当てはめてしまえば、結局イコールになる答えしか出てこないんです。それが術理です」
「物凄く分かりやすいです」
この原理説明は、魔法も魔術も全く縁の無い僕にでもすんなりと頭に入ってきた。
つまりは火の魔法をライターや火炎放射器に、雷の魔法をスタンガンに、風の魔法を扇風機にでも置き換えてみればいい。
向こうの世界には存在してなかった原理なだけで、現象としては別にルールを逸脱した類の物ではないと言う事だ。
だとすると、ここで新たな疑問が湧いてくる。
「それじゃあ魔法って言うのは?」
「はい。この説明をする為に、ちょっと遠回りになっちゃいましたね。魔法って言うのは、さっき説明した術理やルールを飛び越えてしまう存在です」
「飛び越える?」
「はい。文字通り1+1を100にしてしまったり、ゼロから有を生み出してしまったりする、奇跡の御業です」
「あ~、なんとなく」
要するに、こっちの方が僕らが『魔法』と聞いてイメージする、なんでもアリのチート能力って事だろう。僕らは『魔術』に対しての認識が浅かっただけで、期せずして『魔法』の方は正しい意味で使ってたわけだ。
マサ辺りが聞いたら泣いて喜びそうな、目から鱗の知識だった。
「じゃあ魔法使いって言うのは?」
「……いませんね」
「えっ!? いないの?」
これは心底意外だった。
なんなら魔法使いだらけ、ぐらいに思っていた。
「え~っと、厳密にはいないわけじゃないんですけど。私達魔術師は、あくまで精霊の力を借りてるだけなんです。それが魔法になると、精霊の力を直接行使する事になるので、使えるのはごくごく一部の精霊に近い存在。後はさっき言った通り『神の御業』の領域なので、神様ぐらいでしょうか」
「か、神様……」
ティアレの口振りからすると、どうやら神様も普通にいる世界らしい。
さすがに話の規模が僕には大きくなりすぎなので、神様についてはスルーしておく。
「と色々言いましたけど、普通に魔術の事を魔法って言ったり、魔術師の事を魔法使いって呼んだりもしますけどね。だって言いにくいじゃないですか」
「確かにね~」
思わずティアレと顔を合わせて二人して笑ってしまう。
まじゅちゅしとか言いにくいからね。
――ようやく一息つけたからなのか、なんだかんだ無意識の内にずっと張っていた気が緩んだせいなのか、僕のお腹が空腹を訴えてクゥ~っと鳴る。
「ふふっ、イッチーさんお腹空きましたか? いつから食べてないんですか?」
お腹が鳴った程度で照れたりするほどウブなおっさんではないけど、なんとなく面目なくてポリポリと頭をかいて誤魔化す。
「いつから?……だろう」
あれ、そう言えば僕の体はいつから食べてない事になるんだろう。
僕自身お腹が空いてる事すら忘れてたけど、記憶上で最後に食べたのは確かスタジオに入る前だ。
でも、あれが今からどれぐらい前の出来事になるのかがサッパリ分からない。
「もしかして、覚えてないんですか?」
「みたいですね」
ティアレは一瞬だけ不安そうな顔を浮かべると
「じゃあ、ササッと用意しちゃいますね。今日村を出て来たばっかりなので、実はまだ色々とお母さんが持たせてくれた物があるんですよ」
そう言って馬を繋いでいる木の根元辺りまで行くと、置いてあった大きな荷カバンから色々取り出し始めた。
結構あるみたいなので、僕も運ぶのを手伝う事にする。
「運ぶの手伝うよ」
「ありがとうございます。じゃあ頼んじゃってもいいですか? 私は火を起こしちゃいますね。すぐ戻りますから」
いくつかカバンの中から荷物を取り出すと、そのまま自分は木立の方へと駆けて行く。
「コントロールマジック、ホーリーライト」
聞こえてきた声につい反応してティアレの姿を目で追うと、彼女の右肩の上の方に、ランプのような照明がユラユラと揺れていた。
「ホント凄いな……」
この世界の文明レベルまではまだ良く分からないけど、ここまで魔法が当たり前にある世界だと、向こうとは進歩の方向性が全然違うのかもしれない。
もちろんティアレの方が例外で、実際には誰でも彼でも使えるような物じゃない可能性もあるけど。
なんとなく僕は、後者の可能性の方が高いんじゃないかと思ってる。
荷物を運び終わった僕が座って待ってると、それほど経たずに薪を抱えたティアレが戻って来た。
思ってたよりも随分と戻って来るのが早い所を見ると、やっぱり相当慣れてるんだろう。
「早いですね」
「そうですか? そんなに沢山必要なわけじゃないし、魔法もありますからね」
そのまま運んできた薪を傍らに置くと、僕らが腰を降ろしている中心の辺りにかがみ込んで地面に右手を当てる。
「コントロールマジック、アースシェイク、アースコントロール」
ティアレが右手を当てている地面が軽く揺れ、掘り起こされたかと思うと、あれよあれよという間にクレーター状になっていく。
「コントロールマジック、ストーンシャワー、マジックスタビライズ」
今度は、拳大の石がクレーターを囲むように出現したかと思うと、そのまま石同士が固定されていき、あっという間にかまどが完成してしまった。
「完成ですっ」
(いやいやいやいや。そんな満面の笑みで言われても)
「もう凄い以外の感想が出てこないよ……」
褒められたのが嬉しかったのか、続けてティアレはさっき運んできた薪をかまどの中に放り込んでいくと
「コントロールマジック、ファイアースピア」
火
ティアレが戻って来てからここまで、所要時間3分も掛かってないと思う。
僕がやっていたら30分や1時間じゃ終わらないだろうなって考えると、割と本気で凹む。
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