第四章 -Singing in the...- 結界
「でも……本当にいいんですか?」
何と返すべきなのか返答に困ったと言うよりは、実の所、僕は彼女の笑顔に見惚れていてそう返すのが精一杯だった。
「はい、いいんです」
当の彼女は、数瞬の
「でも、多分、と言うよりほぼ確実に、僕足手まといにしかならないと思いますよ?」
「そう、かもしれません。けれどイッチーさんはそれでいいとは思ってないんじゃないですか?」
「そりゃあ……、まぁもちろんそれはそうですけど」
「つまりそういう事ですよ」
そう言ってなぜかまた一人満足そうに微笑む。
(いや、ごめん。どういう事なのかサッパリ分からないんだけど……)
「そういう事って言われても……」
「つまり、イッチーさんがそういう人だからです」
「?」
(多分ティアレが言おうとしてるのは、何の役にも立てない事、それ自体が悪いんじゃない。ただ、その弱さの上にあぐらをかくような人間なら、見捨ててるって事なんだと思う。)
だとしてもだ。
それを承知の上で、尚受け入れるっていうのは、決して簡単な事じゃないはずだ。
こうまで言ってくれてる彼女に対して、僕も腹を決めなきゃいけないと思った。
「あの、多分僕は何の役にも立てないと思います」
「はい」
「迷惑もいっぱいかけるかと思います」
「はい」
「でも……正直言って、今の僕には他に誰も頼れる人はいないし、これからどうすればいいのか、どうするべきなのかも分からない様な有様です」
「はい」
「それでも……。何か僕に出来る事があるなら何でもします。少しでも手伝える事があるなら頑張りたい、そう思ってます」
「はい。頑張って下さいね」
「……最善を尽くします」
「はい。期待してます」
「よろしくお願いします」
僕は深々と頭を下げた。
「こちらこそよろしくお願いしますね」
彼女の方も、ペコッっと擬音が出そうな感じで小動物の様に頭を下げた。
揃って顔を上げた時には、お互いどこか胸のつかえが取れたような笑顔を浮かべていた。
実際僕が今
言ってみれば、僕は見知らぬ土地にこの身一つで放り出されたに等しい。
更に言えば、僕は腕っ節に自信があるわけでもなく、料理が得意なわけでもなく、サバイバル知識が豊富なわけでもなく、狩りが得意なわけでもなく、魔法が使えるわけでもなく、鍛冶や工作に精通してるわけでもなく、ましてや女性の扱いに長けてるわけでもなかった。
(もっとも向こうの世界のそれらが、この世界でどの程度通用するのかも怪しいけれど……)
予想や予感というよりは確信に近いけど、恐らく僕は、この世界ではおおよそ役に立たない存在だと思う。
それでもそんな僕に、一緒に旅をしないかと声を掛けてくれた、手を差し伸べてくれたこの少女に、出来る限り報いたいと心から願った。
「それじゃあ、そろそろ戻りましょうか。もうすぐ日も落ちますし」
言われてみれば、さっきまで遠くの山合いをウロウロしてた夕日も、じきに完全に姿を消しそうな所まで降りて来ていた。
「さっきまでいた場所には、おばあちゃん直伝の結界を張ってあるんですよ」
そう言ってちょっと誇らしげに笑うと、またさっきと同じように右手を差し出してくれる。
結界ってこれまたサラッと凄い単語が出たきたけど、ここであれこれと聞いてるとまた戻るのが遅くなってしまうので、大人しく黙っている事にする。
(上りよりも下りの方が危ないって聞くもんな)
上りでもあれだけ四苦八苦していた自分を思い返す。
さっきよりも暗くなったこの丘を、僕が一人で問題無く下りていけるとも思えない。
「ありがとう」
素直に礼を告げてから手を貸してもらう。
ティアレは上りの時とほとんど変わらないペースで、僕の手を引いてグングン進んでいく。
途中何度か危ない場面はあったけど、どうにか転ばずにさっきいた場所まで戻って来れた。
とりあえず、座り心地が良さそうな場所を探して2人一緒に腰を下ろす。
「今日はもう動かない方がいいですね。この辺りはあまり危険な魔物は出てこないですけど、日が沈んでからの移動はあまりお勧めしないです」
「それはもちろん任せます。そのあまり危険じゃない魔物に、一発で転がされた僕じゃ何も言えませんから」
若干自虐気味ではあったけど、僕の言い方が面白かったらしく、ティアレがクスクスと笑っている。
その姿を見て僕も釣られて笑い出す。
「あっ、そう言えば、あれってイッチーさんの荷物ですよね? イッチーさんが気を失ってた時に、近くにあったんですけど。あれ以外で何か無くなってる物とかありませんか? でも……もしかしたら覚えてないですか?」
最後の方がちょっと心配そうなのは、多分記憶の事だろう。
彼女の指差す方向を見ると、僕のギターケースが置いてあった。
「あ~、いやあれだけです……だと思います。ありがとうございます」
僕が最初に目を覚ました時に、手にしていたのは間違い無くあのギターケースだけだったけど、一応言葉尻を濁しておく。
あれがあるからと言って何が出来るわけでもないけど、なにせもう30年近い付き合いだ。
手元に手繰り寄せると、やっぱりどこか少しホッとする。
「暗くなってきたのでちょっと見にくいですけど、あの辺に丸く囲むように小石が並んでるじゃないですか」
言われてみると、確かに今僕らが座ってる辺りを中心にして、ぐるっと周囲を囲むような形で小石が並んでいる。
間隔は割と広めだけど、馬を繋いでいる木まで範囲に入ってる事を考えると、結構な広さだった。
「確かにありますね。あれは?」
「さっき言ってた結界です。あれ自体が結界ってわけじゃなくて、あれは結界の範囲を指定する為のマーカーみたいなものですけど。あれよりも内側は安全って事です。私が中にいないと発動しないですけどね。一応覚えておいて下さい」
「なるほど。分かりました。注意しますね。にしても凄いですね。僕には詳しい事は全然分からないけど」
「おばあちゃん直伝なので。おばあちゃんが独自に編み出した術式らしいので、使える人はほとんどいないみたいですよ。気配や匂い、存在そのものを隠してくれるらしいです。音は多少漏れるみたいですけど、音が聞こえても何も感じられないので魔物じゃまず見つけられないみたいです。野盗の類だとどうか分からないですけど、私がおばあちゃんにやってもらった時は、音がどこから出てるのかが分からなくて全然見つけられなかったんですよ」
存在を隠すって、もうそれはステルスどころの騒ぎじゃない。
「……ま、魔法って凄いんですね」
「さすがに妖精種や精霊種、それに近い竜種や魔人種相手だとどうか怪しいですけど。でも妖精種や精霊種は人を襲いませんし、竜種や魔人種はまずこの辺りにはいません。と言うかこの大陸にもほとんどいないって話です」
「なるほど」
完全にファンタジー世界の話だけど、きっと大事な話だろう。
ちゃんと覚えておく事にする。
「あっ、でも正しくは『魔法』ではないんですけどね」
「??」
どうやら予想通りの反応だったらしく、ティアレは満足そうに一つ頷く。
「イッチーさん、魔法と魔術の違いって分かりますか?」
「いや、ごめんなさい。全く分からないです。と言うか、そもそも違う物なんですか?」
どっちも無縁って意味では、僕にとっては全く一緒だけど、どういう事だろう? 定義的な違いでもあるんだろうか?
「え~と、これはおばあちゃんの受け売りになりますけど」
そう前置きしてからティアレは語り出した。
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