第二章 -A girl meets- スライム
――そしてそれは森を抜けてから数時間後、ココルの休憩も兼ねて一休みしよう、と徐々に速度を落とし始めた頃に突然訪れた。
(お願い。手を貸して)
(助けてあげて~)
(大変、大変。早くしないと危ないよ~)
(なんで~。あの人メチャクチャ弱いんだもん~)
音の無い声が、一斉に直接頭の中で鳴り響く。
「えっ、精霊!? なんで!?」
生まれて初めての経験に、驚いて思わず口に出てしまった。
別に精霊自体が珍しかったわけじゃない。
むしろ魔術魔法に携わるなら、一部例外を除いて、精霊の補助無しに力を行使するのはほとんど不可能と言っていい。
当然その為には対話も必要不可欠だし、その後『守護精霊』と呼ばれる自分の適正に見合った精霊との契約も必要になる。
私自身もおばあちゃんの勧めで、エルフと一番相性が良いという理由で風の精霊と契約を結んではいるものの、そもそも精霊というのはとても気紛れだ。
こちらから対話を試みても答えてくれるとは限らないし、まして精霊が向こうから積極的に話し掛けてくるなんて経験は今までに一度も無い。
(正直に言えば、私は守護精霊との契約だけは、随分と手間取ったのが少しトラウマだったりする……)
それだけでも驚きなのに、その精霊がいくつもいる。
ココルを走らせながら、素早く大気中のオドの流れを読むと、今私に話しかけてきただけでも少なくとも『風の精霊』、『土の精霊』、『木の精霊』、『水の精霊』の4種が確認出来た。
上位の精霊使いでも、複数の異なる種類の精霊と契約を結ぶのは非常に難しい、とおばあちゃんは言っていた。
だとすると、仮に上位の精霊使いだとしても、4種の精霊と同時に契約を結ぶなんて事はさすがに無理だろう。
(ほらほら、早く早く~)
(もっと急いで急いで)
(早くしないとあの人死んじゃうよ~)
またいくつもの声が頭の中で鳴り響き、私の思考は強制的に中断させられる。
ココルの足を止めてはいないけど、丁度そろそろ休ませようかと思っていた矢先だった。
「ごめんなさい。でもココルを休ませようかと思ってた所だったから、あまり無理はさせられないの」
(もう、しょうがないな~)
(ちょっとだけだからね~)
(少しだけマナを使わせてもらうよ)
(ほらほら、マナをちょうだい~)
そう言ったかと思うと、風の精霊と土の精霊の小さな発光体が、ココルの足元と私達の前方に一瞬にして雲のように集まる。
精霊可視化の魔術を通して視ると、正直もうこの光景だけで卒倒レベルの凄い精霊の数だ。
これだけの数の精霊が、自ら進んで姿を現すなんて、普通有り得る事じゃない。
どう考えても正真正銘の異常事態だ。
あまりの事態に頭が追いつかずに思考が停止しかけるけど、とりあえず言われた通り、術式は編まずにマナをそのまま精霊へと送り込む。
――次の瞬間
「きゃっ!」
私とココルは爆発的な加速で地を翔け抜けていた。
土の精霊と風の精霊が足元でココルの疾走を後押しし、私達の前方では風の精霊が空気の流れを操ってるみたいだ。
それはもう走ってるなんて生易しい物じゃなくて、大地の上を飛んでると言った方が正しい。
すぐに
手綱を軽く絞ってみるけど、そもそもこの速さを生み出してるのがココルじゃない事にすぐに思い至った。
せめて振り落とされないようにと、暴力的な速度に合わせて、膝と肘だけを締め体からは余計な力を抜いて身を任せる。
でも異常な速度の割に風の抵抗が一切無いので、慣れてくるとむしろ普段よりも走りやすい。
多分土の精霊の加護のお陰なのか、振動や衝撃もほとんど感じない。
(これが本当の精霊の加護の力……)
精霊使いは、本来必要な魔術の行程を全部丸ごと飛ばして直接行使する、言ってみれば『無詠唱魔術』のその更に上。
しかもその効果は、魔術を遥かに飛び越えた魔法の領域だ。
おばあちゃんから聞いてた話だけとは言え、正直ここまでだとは思ってなかった。
(やっぱり旅に出て良かった。世界にはまだまだ私の知らない事だらけだ……)
そこまでは良かったけど、今度は急に別の不安が頭をよぎる。
今この子達は自分達の意思で動いてる。と言うことは、これは守護精霊としての契約に従ってるわけじゃなくて、多分精霊を直接使役してる精霊使いがいるって事だ。
(これだけの精霊を使役してる精霊使いのピンチに、私なんかが行って何か出来る事があるのかな?)
いや、むしろ何も出来ないぐらいならまだ良いかもしれない。
(まさか西の大陸に竜が出るなんて事は、さすがにないと思うけど……)
旅に出たその日の内に死んでとんぼ帰り、なんて事態はいくらなんでも悲しすぎる……。
(見えてきたよ~)
(あっ! あの人もうやられちゃってる)
(大変、大変! 早く助けてあげて~)
(早く早く~)
精霊達が大慌てで一斉に騒ぎ始める。
(えーい! もうあれこれ考えててもしょうがない! 何の為にずっと修練を続けてきたの)
覚悟を決めると、街道の辺りに倒れている人の姿が見えた。
精霊達が加護を離れ、ココルの速度が徐々に元に戻ってきたところで、素早く視線を巡らせてその対象を探す。
「え?」
思わず声が出た。
――スライムだった……。
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