第二章 -A girl meets- 『ティアレーシャ=ルスク=コドレー』

 ――私の名前は『ティアレーシャ=ルスク=コドレー』。


 長いので親しい人達からは『ティアレ』と呼ばれる事が多い。


 かつてはエルフの隠れ里、と呼ばれていたらしいレディウス村で生まれ育った15歳。

 村とは呼ばれてるけど、父に連れられて何度か行ったことがある、東端にある大陸最大の港街『ノーベンレーン』と比べても遜色の無い、それなりに大きな街だ。


 私の村では昔からのしきたりで、15歳の成人を迎えると、よほどの事情が無い限り、将来を本人の意志に委ねられる。

 数ヶ月前に成人を迎えた私の希望は、『世界を見て回りたい』だった。



 この世界のほとんど全ての種族に共通して言える事みたいだけど、種族間交流が始まって千年余。

 誰でも何かしらの血が混ざっているらしい。

 私も例に漏れず、少しだけエルフの血が混ざっている。


 おばあちゃんの話では、純血のエルフ種は、今ではもう北の大陸ぐらいにしか残ってないらしい。

 レディウス村の住民達は昔の名残なのか、そのほとんどの人が、程度の差こそあれエルフの血を引いている。

 もちろんエルフに限らずドワーフや獣人、セイレーンや魔族の血を残している人も珍しくはないし、世界には竜人や翼人なんて種族もいるって話だ。



 その中でも私は俗に言う『先祖返り』らしく、同じ先祖返りで随一の魔術の使い手と言われたおばあちゃんよりも、更にエルフの血を色濃く継いだ。

 両親はほとんど100%人間種に近いみたいで、生活魔術程度しか使えないけど、私の適正にいち早く気付いたおばあちゃんの勧めもあって、物心付く前から魔術の手ほどきを受けてきた。


 色んな魔術を教えてもらえるのは、それ自体も私にとってはとても楽しい事だったし、何よりもおばあちゃんの口から語られる、未だ目にしたことも無い、世界中に存在するという魔術、魔法。

 その深淵に至る道や、それにまつわるエピソードは幼い私の心を躍らせて止まなかった。


 そんな中でいつしか私は、この広大な世界を旅することを夢見るようになる。



 私が10歳の頃まではあまり賛成してなかった両親も、私の気持ちが本物だと分かると、おばあちゃんの援護射撃もあり、色々な手助けをしてくれるようになった。


 父からは弓や馬の技術や狩猟、野営、魔術に頼らない治療や天候星読みに至るまで。

 母からは料理、保存食、裁縫、食材の見分けや道具の作製から維持管理まで。

 それこそ、この厳しい世界を一人で旅する為に必要な知識や技術を、惜しみなく私に託してくれた。


 狩猟に向かう父に連れられて、実習も兼ねた野営を繰り返しながら、大陸内を旅した事も少なくない。


 今目指している、大陸南端の『ラントルム』や東端の『ノーベンレーン』も、そんな旅の中で幾度となく訪れた事のある場所の一つだ。



 実を言うと私はまだこの15年と少し、一度もこの西の大陸から出た事がない。


 広大なこの世界で、それ自体はさほど珍しい事ではないだろうし、一生を生まれ育った村や街で過ごすのも、どちらかと言えば一般的なんだろう。

 でも多分それはしきたりや慣わし、しがらみや掟といった物じゃなくて、この世界を旅するというのが、それだけ簡単な事じゃないっていうのも理由なんだと思う。


 少なくとも西の大陸では、私の知る限り、そこまで物騒な話は聞いたことはないけれど、中央大陸北部や東の大陸では、今でも種族間での小競り合いや内乱で戦火は絶えないと聞く。

 それらを含めないとしても、およそ知性という物を持ち合わせてない、低位の魔物や魔獣の驚異に常にさらされてるのは、この西の大陸ももちろん例外じゃない。



 元々は『唯一神メア』様と純血の神族によって治められていたこの世界も、数千年前の大戦を機に、そういった種族間の垣根や確執を少しでも取り払う為に、現在のように神格を得た各種族の代表が取り纏める形になったって話だ。

 プライドが高く、馴れ合いや共生を由としない竜族や魔族は今でもそこには加わってないし、似たような理由で、エルフの女神『ミナストス』様が神族に加わったのも、現在ある七柱の中では一番遅く、今から数百年程前の事だ。



 おばあちゃんは元々北の大陸の生まれだったらしいけど、色々事情があって物心付く前には中央大陸へと移り、そこでおじいちゃんと出会い父を産んだ。

 父と母は中央大陸南東にある『アンクーロ』という商業都市で出会い、母が私を身篭ったのをきっかけに、祖父母共々落ち着いた西の大陸へと移り住んで来たらしい。


 私がこれから目指すのも、かつて祖父母両親が共に暮らしたという『アンクーロ』。

 北と南、東と西を繋ぐ重要な交易路が交差する場所にある為、中央大陸でも有数の商業都市なんだそうだ。



 幼い頃は、父や母からこの『アンクーロ』の話を聞くのが大好きだった。

 類稀たぐいまれな魔術の才能を持っていたおばあちゃんは、街を離れるまでそこでずっと魔術学校の特別講師を勤めていたらしく、今回の私の旅に際しても、魔術学校への紹介状を持たせてくれた。


 先の細かい事はまだ何も考えてないけど、まずはアンクーロを目指して、魔術学校で少しでも魔術の勉強をさせてもらえれば、と思っている。


 アンクーロまでは、ここ西の大陸の南端に位置するラントルムへと向かい、そこから一旦航路で大陸東端の港街ノーベンレーンへと渡る。

 そこで船を乗り継ぎ中央大陸へと渡り、そこから更に陸路っていう、とても長い道のりになる。


 ここからラントルムへは、天候が崩れたりしない限りは、馬を走らせて大体5日ぐらい。

 収穫祭や生誕祭、交易が盛んになる時期からは外れているので、恐らく行き来する人はほとんどいないだろうけど、お父さんと一緒に何度も通った道のりだ。

 水場や野営の候補地、危険な場所や立ち入ってはいけない領域などもきちんと頭に入っている。


 もちろんだからと言って気を抜くつもりはないけど、なにせ初めての一人旅だ。



 程良い緊張と軽い興奮に包まれながら、子供の頃から一緒に育った愛馬ココルを走らせる。


 今日の予定地は、レディウス村が隠れ里だった頃の名残を残す、ミールレーの森を抜けた先、そこから更に半日程行った所にある、川近くの野営集落だ。

 街道からは少し逸れるけど、行商人や各街からの旅人なども良く利用する場所なので、誰もいないこの時期でも、開けた土地と最低限の設備などは整っている。


(今日は天候の心配も必要なさそうだし、恐らく日が落ちる前には到着するだろう)

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