第二章 -A girl meets- 旅立ち

 『西の大陸セフィラート』北端に位置する『レディウス村』

 通称:『エルフの隠れ里』


 エルフの隠れ里、とは言っても実際に隠れ里として機能していたのはもう千年以上前の話。

 今ではエルフの隠れ里なんて呼ばれる事もないし、そもそも現在では住民に純血のエルフ種は一人もいない。

 と言うより、純血のエルフ種が残っている『本当の意味での隠れ里』は、現在では北の大陸にしか存在しないと言われている。


 レディウス『村』というのも、呼称の明確な分類がされていないだけで、それなりの人口を抱えているし、収穫祭や生誕祭の時期ともなれば、商人や旅芸人なども大量に出入りする、大陸内で3番目には入る小都市である。



「それじゃティアレ……、体にだけは気を付けてね。保存食なんかはもう馬に積んでおいたから」

「お前なら心配ないとは思うけど、くれぐれも無茶だけはしないようにな。気が向いたらいつでも戻ってきなさい。……ここはお前の家なんだから」

「お父さんもお母さんもありがとう……。2人も体には気を付けてね。次に戻って来た時には、沢山お土産話を持って帰るから、楽しみにしててね」


 お父さんとお母さん、それぞれに別れの挨拶を告げ、固く抱き合う。


「ティアレ、魔法の修練だけはちゃんと続けるんだよ。私がお前に教えられる事はもう無いけど、世界にはまだまだきっとお前の知らない魔法が待ってる。もし北の大地に赴く事があったら、エルフの里を探してみるといい。お前ならもしかしたら入れてもらえるかもしれん」

「おばあちゃんも今までありがとう。私おばあちゃんの魔法のお陰で旅に出ようって思えたから、頑張っておばあちゃんも知らないような魔法を、沢山覚えてくるからね……」

「ほほっ、そりゃあ楽しみだね。それじゃあティアレが戻るまで、ばあちゃんも長生きしないとねぇ。……それと、これはばあちゃんからの餞別だよ」


 そう言って、自分の首元から取り外したネックレスを手渡してくれる。

 丁寧な細かい細工が施された見たことのない金属に、不思議な光を湛える青い石がはめ込まれた、装飾品というよりは魔法具のようなネックレス。


「おばあちゃん、……これは?」

「まぁ、今じゃ骨董品価値もないような代物だけどね。もしかしたらいつかお前の役に立つ事があるかもしれない。……お守りだと思って、肌身離さず身に付けておくんだよ」


 そう言うと、今度はそのネックレスをそっと私の首へと付けてくれる。


「ありがとう。でもいいの? 大切な物なんじゃないの?」

「いいや……。さっきも言ったように、別にこれ自体には大した価値があるわけでもないんだよ。もうばあちゃんが持っていてもしょうがないからね」

「うん、大切にするね。それと、その……」

「ああ、分かってる。……昨日見たって言う夢の事だね」

「うん……。その、おばあちゃんはどう思う?」

「そうさねぇ……」


 おばあちゃんは暫く考えてから、慎重に口を開く。


「確かな事は言えないけど……、ばあちゃんはきっと意味のある事だと思うよ。それこそお前のこれからの旅に大きな意味をもたらすような、ね」

「そう……なのかな……?」

「でもそれは今考えても仕方の無い事。……全てはミナストス様の導きのままに」

「うん……。そう……だね。考えてもしょうがないよね。ありがとう、おばあちゃん」


 最後にもう一度、一人ずつハグと別れの挨拶を済ませた。

 弓と矢筒を身に付け、手には身の回りの物が入った小さなカバンを持つと、振り返らずに扉へと向かう。


(自分で決めた道だ……。真っ直ぐに前を向いて歩こう)


『ミナストス様のご加護があらんことを……』


 ――背中越しに3人の優しい声を聞きながら、私はしっかりと顔を上げて、生まれ育った我が家の扉を開けた。



 自分の馬を繋いでいる厩舎へと向かうと、幼馴染のシグルとフローニャが待っていてくれた。


「もう、2人ともお別れなら昨日済ませたのに……」

「まぁまぁ固いこと言わない。私達の仲じゃないの」


 フローニャは笑いながらそう言うと、今度はササッと身を寄せてきて耳元で囁く。


「旅先でいい男見っけたら紹介してね。玉の輿だと尚良しかな」

「も~フローニャ。……見送りありがとうね」


 キュッと抱き合うと刺すような胸の痛みがあったけど、涙は流さない。


「ティアレ~、ホントに行っちゃうのかよ~。オイラずっとティアレが成人したらプロポーズしようと思ってたのに。オイラ待ってるからな」

「あはは……。さすがに今はまだ結婚とかは考えられないかな~……。え、えっと、いつか旅が終わったら、その時に、また改めて考えてみようかな~……なんて?」

「ホントに!? じゃあオイラ待ってるから! 気を付けてな!」

「う、うん……。シグルも見送りありがとうね」


 荷物を確認してから馬の背に飛び乗り2人に手を振ると、今度こそ私は真っ直ぐに前を向き、15年間過ごした村を後にしたのだった。



「なぁなぁ、フローニャ、聞いたかさっきの? ティアレ旅が終わったらオイラと結婚してくれるかもってよ。いや~まいったなぁ。これでついにオイラもティアレをお嫁さんに! くぅ~!」

「いやアンタ……さっきのアレ、誰がどう聞いても、完全に見込みゼロだから……」

「え”っ!? うそ!? マジで!?」

「むしろあれで脈があると思えるアンタの神経が凄いわ……」

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