第一章 -Wonderer- 最弱の転移者

(キタ――(゜∀゜)――!!)


 僕の脳内には、間違いなくこの顔文字が浮かんでいた事だろう。


 何となく耳慣れた、とても馴染み深い、

 それでいて、今のこの事態の解決には全く無関係そうな単語を聞いたような気もするが、今はそんな事を気にしている場合じゃない。


 どう使えばいいのかと考えるまでもなく、本能的にを理解する。

 恐らく口に出す必要すらない。


 頭の中で【アンプリファイア】と意識する。

 瞬間、自分の体内で何かのスイッチが入るのを明確に感じた。


 ……。

 

 何も起きなかった。


「……?」


 確かに効果も何も全く理解していない上での行動だったが、さすがにこの危機的状況で、狙ったようなタイミングで何も起きない、というのは完全に予想の斜め上すぎた。


 結局事態は何一つ好転していないどころか、僕の意識は徐々に遠のき始め悪化に向かっている。


 スライムの奴が一体何を目的として襲ってきたのかは分からないが、未だ交戦体勢のまま、第二射の姿勢に入っている所を見ると、このまま見逃してくれるという期待も薄そうだ。


 がもう一度僕に向かって走り始めた。


 絶望的な状況に、思わず覚悟を決める。


(自分が生きてるのか死んでるのかも謎のまま、まさかもう一回死ぬ事になるとは夢にも思わなかったな……)


 そう言えば、もしこれが2度目になるなら、1度目も2度目も特に走馬灯を見る事もなかったけど、そういうものなんだろうか?



「ストーンシールド!」


 遠くなる意識を一瞬呼び戻すには十分な、静謐せいひつな鈴の音のような声が響く。


 突然僕の前の地面が盛り上がり、一瞬にして盾のような形状に変化する。

 猛烈な勢いで真っ直ぐ僕に向かってきていたスライムは、綺麗にその盾に弾かれると、向かってきた勢いのまま反動で跳ね飛ばされた。


「ファイアースピア!」


 続けて聞こえてきた声の直後、今度は炎の矢のような物が刹那でスライムに直撃し、一瞬で消し飛んだ。


 どうにか首だけを声のした方向へと巡らせると、そこにはある意味スライムにエンカウントした時以上の衝撃が待っていた。



 ――透き通るような白い肌に、銀色に近い絹糸の様な、美しいプラチナブロンドを一つに纏め上げたポニーテール。

 民族衣装のような服に全身を包み、背中には弓を背負っているのが見える。


 これでも一応、かつては芸能界という場所に身を置き、それなりに可愛い子というのも見てきたつもりだった。

 けれど颯爽と馬から飛び降りたその子は、僕の記憶にあるどんな可愛い子と比べても、完全に住む世界が違った。(本当に住む世界が違うのは、この際置いておく)


「大丈夫ですか!?」


 心配そうに叫びながら近付いて来るにつれ、その整った顔立ちがより鮮明になる。


(神話に出てくる女神様辺りが具現化したら、こんな感じなんだろうか……?)


 ぼんやりとそんな事を考えるが、一時的に呼び戻された意識も再び徐々に遠ざかる。


 全て夢だったと、次に目が覚めたら病院のベッドの上ってオチの方が、よほど納得してしまいそうなぐらいに現実味のない綺麗な子が、心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。


 まだ随分と幼さの残る顔立ちだけど、そのアンバランスさが、より一層この子の魅力を引き立てているようにも思える。


 (こんな可愛い子に看取られるなら、悪くないのかもしれない……)


 ブラックアウトしていく視界の中、その子が何か言ってるのは分かったが、頭の中で言葉が意味を結んでくれる事はなかった。



 ――完全に意識を手放す寸前、最後に僕の頭に浮かんだのは


(ああ、良かった……。僕以外にもちゃんと人がいたんだ)


 だった。

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