第五章 -Listening in the...- 夢
もしかして治癒魔術がうまくいかなかったんじゃないか、と私が不安になり始めた頃。
ようやく彼は目を覚ましてくれた。
けれどマナ耐性が無かったみたいで、起き上がれるようになるまでは、少し苦労してるみたいだった。
(マナ耐性も無い純血の人間種って、もしかしてお忍び中のどこかの王族か貴族の御子息なのかな?)
彼が気を失ってる間に、勝手にマナ検知を使ってしまった事に罪悪感を感じながらも、不思議さの方が上回ってしまう。
不思議とは言っても、私もまだこの大陸から出た事のない世間知らずだ。
世界にはまだそういう土地もあるのかもしれない。
結局、私の外の知識は人から聞いた物でしかない。
それを自分自身の目で確かめる為、世界を見て回る為の旅なんだから、と気持ちを切り替える。
それでも、そんな人がなんで供も連れずに、こんな場所に一人でいるのかは謎のままだった。
「それで……君は……?」
なぜかちょっと驚いた様子の彼が、おずおずとそう聞いてくる。
「あっ、ティアレです。ティアレーシャ=ルスク=コドレー。それが私の名前です」
「てぃ、てぃあれーしゃ、る、るすく……ってなんかミドルネーム? まであるし。もしかしてどこかのお姫様か何かですか?」
思わず吹き出してしまった。
随分とおかしな事を言う人だ。
そんな事を言われたのは生まれて初めてだったけど、そんな風に言われてやっぱり悪い気はしない。
幼馴染のシグルが時々ちょっかいを出してくるけど、シグルやフローニャとは、裸で川遊びをしてた頃からの付き合いだ。
私は一人っ子だけど、もし弟でもいたら近い感覚なのかもしれない。
『イッチー』さんと名乗った彼は、一言で表現するなら『不思議な人』だった。
年齢の話ではなぜか酷く驚いてたみたいだったけど、私とそう変わらない年の割には妙に落ち着いて見える。
こんな言い方をしたら失礼かもしれないけど、どこかお父さんと話してる時の様な安心感みたいなものがあった。
エルフも二十歳辺りまでは人間と見た目はそう変わらない。
そこからほとんど外見は変わらないまま、数百年の時を生きる。
そしてある一定の年齢を超えると、また人間と同じように年を取っていく。
これはエルフの血が濃い程顕著になっていき、北の大地の純血のエルフ種などは、千年を超える時を生きると言われている。
そこまでいくと妖精種に近い存在へと昇華していき、不老不死に近いそうだ。
おばあちゃんは魔術講師の他にレディウス村の顔役のような事もやっていて、時々外からいかにも身分の高そうな(貴族や豪族って意味ではなくて、身に纏う雰囲気の話だけど)人達が訪ねて来たりする。
そういう人達が決まっておばあちゃんの前では、随分と畏まった様子で頭を下げている所を何度か見かけた事があるけど、正直おばあちゃんに関しては年齢不詳だ。と言うかちょっと正体不明な所もある。
中央大陸でおじいちゃんと出会った頃からの話は色々と聞かせてくれたけど、それ以前の話はあまりしたがらなかった。
あからさまに態度に出したりする様な事は無かったけど、私も子供ながらに、話にくそうな様子を察してそれ以上深く聞いた事もない。
それでも大好きなおばあちゃんなのは何も変わらないので、あまり気にした事もなかったけど。
確かに私にはエルフの血が濃く現れてるとは言え、今の年齢なら人間と全く変わらないはずだ。
ちょっとだけ先の尖った耳は別として。
童顔なのは自覚してるけど、イッチーさんにそこまで驚かれたのは正直結構凹んだ。
と思っていたら、どうやら驚いていたのは私の方にではなくて、イッチーさん自身の方にだったみたいだ。
それがどういう理由なのかは分からないけど、私のミラーシールドに映る自分の姿を、何度も不思議そうに確かめる様子はちょっとだけ可笑しかった。
『イッチー』さんという名前もちょっと不思議な響きだった。
でもこれに関しては、世界中でありとあらゆる種族が混じり合い、交流を重ねている事を考えると、それ程珍しい名前でもないのかもしれない。
実際レディウス村にも、東の大陸出身の『ゴンゾーさん』や、南の大陸出身の『ゲレゲレさん』なんて人達もいたわけだし。
それに『イッチー』は古いエルフの言語で『音楽』を表す。
そう考えたらむしろとても素敵な名前かもしれない。
それ以上に衝撃的だったのは、イッチーさんが記憶を失くしている事だった。
何もかも忘れてしまっているという感じではなかったし、何か話せない事情もあるのかもしれなかったけど、色々と混乱してるのは、彼の様子から見ても間違いなさそうだった。
あまり人の事情に無遠慮に踏み込まない。それがこの世界の暗黙の了解。
それでも現在地だけじゃなくて、目的地や目的、そういう物があったのかどうかすら忘れてしまっているのは、さすがに楽観視出来るとは思えななかった。
ここで彼を見捨ててしまうの簡単だった。
「お気を付けて」と残してココルに跨ってしまえば、ちょっと珍しい旅先での一つの出会い、で終わってしまう話だ。
けれどそれでいいのかっていう良心の呵責や、彼に対する同情ではなくて、それ以上に『私の旅はそんな事の為に始めたのか』っていう、もっともっと根本的な疑問が頭から離れなかった。
『アンクーロを目指す』。
確かにそれは一つの旅の目的ではあったけど、それは決してゴールでもなければ旅の終着点でもない。
言ってみれば『この旅そのもの』が私の旅の目的であって、道中の出会いや経験、それら全てが私がこの旅に求めた物で、アンクーロに一日も早く到着するなんて事に特に意味は無かった。
――それともう一つ。
私は昨日見た夢の事を思い出していた。
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