新たなる支配者/NEONE_4-10
《天候……晴れ、湿度……47%、気温……22℃》
インナーユニバースを介して、学都の空に今日一日の天気情報が詳細に映し出される。
この街に住む人間にとってはいつもの光景。しかし今日に限って言えば、青く澄み渡る
人知れず行われたNEONE同士の戦い。その最中に顕現したルルイエにより、学都の都市機能は致命的なダメージを受けていた。学都に組み込まれた組織の多くが、半壊した施設の復旧に追われている。
その中で皮肉にも、異界化の引き金になり、戦いの舞台にもなったインナーユニバースだけはいつも通り正常に作動、否、いつも以上の賑わいを見せていた。
町の大破。大量の魚顔の怪物。そして八幡研究所から発掘された行方不明者の脳。
表向きには地震として処理された事件の痕跡がネットワーク上に出回る。警察が隠そうとして隠しきれなかった証拠が大量に
陰謀論や学都実験施設説など与太話で盛り上がる議論の片隅で、今とある
曰く、この事件の裏側には、超人がいたと。
《黄衣を纏った謎の人物が学都を救う? 人を喰う魚人に、ただ一人立ち向かった鋼鉄の守護者。その正体とは!?》
空と街。電脳と現実が対照的となったこの都市を、新亜門が行く。
偶然にも魔導書を手にし、旧支配者の力を借りて脅威を退けた、かつてのNEONE。現在、要である魔導書は失われ、今は正真正銘、ただの人間へと戻っていた。
(この度の事件で発生した異界は、『ルルイエ異本』の破壊に伴って全て消滅した。深きものと、その魔力源となっていた『アルアジフ』も出来うる限り対処した。……もう、本当の脅威はなくなった)
「お前のおかげだ、セラ」
青空を仰ぎ、亜門は亡き相棒に向けて思いを馳せる。
あの一件以降、義眼が魔術の色彩を捉えることはなくなった。脅威を撒き散らしていた諸悪の根源たる深い藍色も、見慣れた鮮やかな黄色も、今の亜門の眼には映らない。
それなのに、ふとした瞬間に目を向けてしまう。自動販売機の上。広告の中。もう居ないはずなのに、魔導書の精霊がまだ側にいるような気がして、無意識にその気配を追ってしまう。
「……馬鹿だな」
自身の無意識な行動にかぶりを振る、その時だった。人々で溢れかえる視界の端に、鮮やかな黄色が映る。
「セラ?」
一人一人の夢野角の色は異なれど、あれほど鮮明な色は他にはない。亜門は見覚えのある幻影の後を追いかける。
人々の隙間を抜け、交差点を抜けると、とある広場へ辿り着く。そこは人で賑わう表通りとは裏腹に、人気はなかった。
ただ一人、亜門の他に人物がいるだけだった。
「ミーコ」
「あ、亜門だ。どうしたの? こんな場所で」
「それは俺の台詞だ。待ち合わせ場所はまだ先だろう?」
「えへへ、なんとなく亜門が来るような気がして、こっちに来ちゃった。偶然だね」
意外にも、出会ったのは美衣子だった。服装は白いブラウスと長い足を見せるショートパンツの組み合わせ。比較的いつも通りの格好だが、今日は何故かいつもは付けない、黄色のスカーフを身に着けていた。
「それは……」
「あ、これ? なんだかイメージ変えてみようと思って、普段使わないようなアクセサリーにもチャレンジしてみたの。雰囲気を明るくしてみたのです。どう、似合ってる?」
照れたように美衣子は笑う。黄色のスカーフと相まって、夏のひまわりを彷彿とさせた。
「ああ、よく似合っているとも」
集合の予定は早まったが、逆に都合は良かった。美衣子を引き連れ、亜門は今日の目的地である映画館へ向かう。
壊れた建物が多い学都の中で、映画館は被害が少なかったのか、早い段階で営業を再開していた。学都にある大学の多くが休校となり、暇を持て余した学生を呼び込むため、チケット代も格安で売られていた。
そんな予約もした本日の目玉は、今年最高のラブストーリーという謳い文句で話題の映画だった。亜門が普段見ることのない分野だが、映画を見ると決めた際、余りにも美衣子が強く勧めるため、見ることを決意するはめになった。
「それにしても、まさか亜門から映画に誘ってもらえるなんて、思ってもなかったよ!」
「埋め合わせはすると言ったからな。俺から誘うのが筋というものだろう。まあ、結局はお前に相談したが……」
「十分嬉しいよ。すっごい観たかった映画だしね。それより亜門こそ大丈夫だった? あんまり興味なさそうな映画だけど」
「気にするな。映画自体をあまり見ないからな。……何を見ても楽しめるさ」
「なるほど、前向きだね」
弾み口調と歩幅から、美衣子が浮かれ気味なのが伝わる。
しばらく二人で歩いていると、視界の開けた場所に出る。先に見えるのは半壊した建物。これまでの中で特に被害の大きな場所でもある、亜門と大二、二人のNEONEが変生し、激突した観光タワー。その跡地だった。
既に瓦礫は撤去され、周囲の道路や信号の整備化が進む。しかし未だにタワーは崩壊したまま。全面を覆う工事用のシートの隙間から、戦いの傷跡が生々しく覗いていた。
「……あれからしばらくか。身体の調子はどうだ? ミーコ。どこか異常はないか?」
「うん。もうすっかり大丈夫! なにも心配することはないよ」
「本当か? 何か異常を感じたらすぐに連絡するんだぞ」
「もう、分かってるってば! ……ふふ、あれから亜門、すっかり心配性になったみたい」
亜門の心配をよそに、美衣子は元気な様子を見せていた。あの時の魔導書による夢野角への影響はないようで、一先ず安心する。
「それにしてもすごい地震だったみたいだね! まさかビルが倒れちゃうなんて。私もいつの間にか気絶しちゃったから、あのとき亜門が駆けつけてくれて助かったよ」
「ああ、そうだな。俺もその場所にいたから、事の凄惨さがよく分かる。あの日は特別だった。無関係な人間から近くにいたはずの人間まで、様々な人物が消えた。忘れたくても忘れられないさ」
亜門の視線は、半壊したビルではなく、どこか遠くを見ていた。
「けど、いつまでも私たちがくよくよしていたらダメだね。居なくなった人のため、なんてのはおこがましいかもだけど、私たちはしっかり前を向いて生きないと!」
「……そうだな。まさしくその通りだ」
「そのためにも、今日の映画を目一杯楽しまなきゃ! あ、そういえば亜門、予約した映画は何時から始まるの? 時間があるならポップコーン買わなくちゃ」
「確か、まだ少し時間があったような……!?」
上映時間を調べていた亜門の前に、突如赤い『紙飛行機』が飛来する。
亜門は反射的に、それを手に取り開いた。どうやら近くで深きものらしき目撃情報が出たようだった。
(近いな。ここからなら、五分とかからず急行できる。まずはハッキングを……はっ!)
「じー」
現場へ向かう算段を思い浮かべたところで、亜門はじっと目を細めている美衣子の存在に気がつく。
「……すまん。今日は俺から誘ったのに、こんなことをするとはな。……安心しろ、向かったりしないさ」
「いいよ。別に」
拗ねたような表情から、ため息を一つ。赤い紙飛行機を手放そうとする亜門を美衣子は止めた。
「え?」
「私思ったの。このまま亜門がデートの度に抜け出したら、この先ずーっと亜門から誘ってもらえるってね。だからデートの途中で抜け出すのも許してあげるよ。その代わりすぐに戻ってきてね」
「キミなら、きっと大丈夫だから」
悪戯な笑みを浮かべた少女の表情に、亜門はかつての相棒の面影を見た。
「ああ、すぐに戻る。約束する」
言質をしっかりと残し、亜門は駆け出した。
待ち焦がれたように、何処からともなく笛の音が鳴り響く。現れたのは大型バイクに姿を変えたビーだった。亜門は愛車をひと撫ですると、意気揚々と乗り込み、事故現場へとハンドルを切っていく。
一刻も早く戻らなければならなかった。
後ろで見守るの彼女の元へ。
愛すべき日常へ。
ラブストーリーが始まるまでに、戻らねばならなかった。
NEONE 〜最初の支配者、最後の魔導書〜 ninjin @maninjin
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