新たなる支配者/NEONE_4-7
消え行く都市を背に、亜門は異界へ帰還した。
砂漠の中で、セラが亜門へ歩み寄る。
「終わったかい?」
「ああ、おかげさまでな。……感謝する。お前がいなければ勝てなかった」
珍しく素直な感謝を述べる亜門に、セラは酔狂な笑顔を浮かべると、手の義眼を返した。
多くの景色を見た瞳を、亜門ははめ直す。
数多くのものを失った。街の技術、平穏、秩序、そして数え切れないほどの人の命。しかし、最悪の事態は避けられた。亜門の奮闘もあって事態は終息へと向かっていた。万事解決、とは行かないまでも、全てが元の平和へと戻るだろう。
そんな空気を感じさせる穏やかな風が吹く中で、亜門は何かを感じ取っていた。
「…………来る」
「来る? 何がだい?」
NEONEとしての超感覚、虫の知らせとも言うべき悪寒が、砂漠に侵入した何者かの存在を感じ取っていた。
気配に振り向く。
「まだだぜ……まだ俺は終ワラネエ……亜門、オマエの魔導書がアレバ俺俺俺オレ俺俺俺俺俺俺俺俺俺はあ!!」
全身から吐瀉物のように『膿』を撒き散らす。侵入者の正体は、異界へと踏み込んだ大二だった。魔導書の残留から作り出した紋様を身体に浮かばせ、大二は辛うじて変生を維持していた。
《『The_Nightmare_Tyrant』維持率低下、22%……15%……12%まで減少》
大二は死に体だった。NEONEとしての身体構造は崩壊寸前。姿を保つための魔導書もなく、今まで蓄えた魔力をだだ漏れにすることでなんとか生きながらえている状況だった。
そうまでしても、大二は亜門の前に立ちはだかった。
を肉体の崩壊もさない覚悟で、大二は亜門に迫る。
「俺俺俺オレハ死なない! 亜門! オマエノ魔導書でなあ!!」
「……来い、大二!! 俺の手で幕を引いてやる!」
向かってくる大二に臆することなく、亜門は一繋ぎの『黄衣』で迎撃する。
『膿』と『黄衣』。互いに残った僅かな触手をぶつけ合う戦い。
最初は大二の攻勢だった。獣のような気迫に亜門は身を固め、耐えることしかできないでいた。
しかし、次第に状況は変わる。一方的だった打ち合いが互角に、やがて魔力が少ないはずの亜門が、大二を圧倒していく。
「なぜだ! ナゼ俺ガおまえに打ち負けル!? ナゼエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」
「分からないか? 大二。互いに異界を消費し、魔導書の魔力すら枯渇した今、残ったものは俺たち自身だ。人として残っているもの。それが俺とお前の差だ」
条件は同じ。後は互いにリソースを消費していくだけの不毛な戦いになるはずだった。それでも勝負に差が出たのは、残された肉体の違いである。
大二の肉体は汚染され、半端、魔導書と化していた。対する亜門は魔導書を得てから日が浅く、加えて大きかったのはセラの存在だった。義眼を通して魔術を起動することで、結果的に人としての形を大きく残すこととなった。
勝敗を分けたのは、その人としての質量だった。
「お前は生きるために人を捨てすぎた。お前は、空洞だ」
『膿』を払いのけ、亜門は渾身の一撃を繰り出す。
《『MEMORY_TERMINATE』実行。0%……100%》
黄衣が魔導書の残り滓を捕らえる。皮膚の中にある魔導書を、亜門は皮膚ごと一気に引き抜いた。
《『R'lyeh.txt』削除》
《『The_Nightmare_Tyrant』維持率……0%》
NEONEの力の消滅を確認した。『膿』が完全に消え、後に残ったのは肌を失い、骨と筋繊維が剥き出しになった大二自身だった。手相、指紋、人相。人間らしさが全て剥奪された大二だったものは、砂漠の中央で横たわり、灰燼に帰すときを待っていた。
「……」
大二を見下す亜門の視線に、もう怒りの感情はない。ただ哀れみのみが込められている。
「ははは、は、は」
全てが終わりに見えた時、指一つ動かす力もなく、塵となるだけの大二が笑っていた。
皮膚の剥がれた顔から、その表情は読み取れない。しかし観念したようで、どこか自虐的とも取れる笑い声は、亜門を嘲る含みを持たせていた。
「……何故笑う? 何故……お前は笑える?」
「笑うさ。滑稽だからな。俺を殺したお前が、魔力を食えねえお前が、どこに向かうのか楽しみで仕方ねえ」
身体は崩れていく。だがそれに反して口角は上がっていた。
大二は亜門を見る。眼球は既に存在しない。それでも眼底は亜門を捉えていた。
「なあ、お前も気づいてんだろ? 魔術を使うには代償が必要だ。俺はモラルを捨てたぜ。お前はどうだ? 亜門」
亜門の答えを聞く前に、大二は消滅した。
同時に、亜門の異界も閉じる。異次元が入り乱れていた都市は、ようやく本来の平穏を取り戻した。
崩壊した学都の中央で、亜門は脱力するように変生を解除した。
「俺は……」
「亜門! まだだ。魔導書の反応が消えていない」
焦った様子でセラが亜門の側に駆け寄る。その口から飛び出したのは衝撃の事実だった。
全て消去したはずの魔導書がまだ残っていたという。
「どこに魔導書が……?」
「彼が使用していた『ルルイエ異本』の複製だよ。一つだけ存在していたらしい。完全に異界が消えた今だからこそ、その気配に気づけたんだ」
魔導書の位置も種類も全て分かっていた。セラの手引きにより、亜門もその在り処を確認する。
ルルイエ異本が潜む場所は、研究所や大学ではなかった。そこはとあるマンションの一室。
そう、他の誰でもない、武藤美衣子が住む部屋だった。
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