新たなる支配者/NEONE_4-3

 第三学区の観光タワーが崩壊する。原因は二人のNEONE。その変生の余波だった。

 輝く裂け目を破り変生した『The_King_In_Yellow黄衣の王』。

 対するは巨大な触手蠢く『膿』の塊。その中央にいるのは大二だった。口から、目から、全身のありとあらゆる穴から大二は『膿』を吐き出し、足場であるタワーの一部を飲み込んでいた。

 やがて全ての触手が天に伸び、一本の膿へと変わると、その根元には一匹の怪物が立っていた。

《『TENTACT_DEITY/CTHULHUクトゥルフとの接触』、形状"パス"》

 流れ出る触手を後頭部で一結びに。膿で埋め尽くされた顔には口や鼻、耳のような感覚器官はなく、代わりに大きく膨れ上がった目が六つほど開閉する。

 肥大化した頭部とは裏腹に、手足は干からびた亡者の如く細身だった。脆弱さはなく、膿を覆った手足には、猫あるいは蛇のような、細身の中に獲物を狩る強靭さを兼ね備えていた。

「……まるで獣だな」

 観光タワーの残った足場に立つ亜門が、最大限の侮蔑を飛ばす。

「ははは! 言ってくれるぜ。自分じゃスマートだと思ってんだがな」

 変生を終えた大二が頭部を膨らませ、声を発する。口がないにも関わらず、いつもと変わらぬ口調が、尚のこと不気味さを増していた。

「だがまあ……その通りだ!」

 次の瞬間、大二の頭部から膿が放たれた。避けることは間に合わず、亜門は舌のように伸びる触手を、亜門は辛うじて腕で防ぐ。

「ぐうッ……!」

「人を食って初めて分かったんだよ。この世界のルールってやつが! 弱肉強食。強い力を持つ者が他の者を支配する。今までいくら研究しても分からなかった食物連鎖のシステム、その本質が、今の俺にはよく分かる! 俺が従うべきは法や秩序じゃない、獣の道理だとな」

「そんな道理があるか! お前は自分を正当化しているだけだ」

「かもな」

《『膿』左腕部より侵入、侵食率8%》

 アナウンスに気づき、亜門が腕を見ると、その一部が『膿』と結合していた。骨身を残したまま、身体が膿と同じ構造になる。

「これは……同化しているのか!?」

「亜門! その膿に長く触れちゃダメだ。侵食されている! それが相手のNEONEの特性だよ!」

「技術者的には上書きって表現してもらいたいところだな」

 侵食が進む腕を、亜門は『黄衣』を這わせ、内部から同化を阻止する。そのまま触手の内部構造を書き換え、『膿』を押し返す。

 『膿』と『黄衣』が繋がる。魔導書の機能とNEONEの魔力を総動員した、触手の押し合いが始まった。

「相撲か? いいねえ。そういう真っ向勝負も大好物だ」

 『黄衣』が『膿』を押し返し、『膿』もまた『黄衣』を押さえつけようと勢いを増す。

 両者の力は拮抗していた。

「強い……!」

「はは、やるなあ! 流石亜門だ。俺が数年かけてモノにしたルルイエ異本と同じ出力とはな! 少し凹むぜ。……ほんの少しだがな」

 二人のNEONEの力は同等だった。強靱な肉体を持つ互いの力は膠着し、いつまでも続くと思われたが、建物はそうではない。NEONEの力の衝突に耐え切れず、ついに足場は限界を迎えた。

 ビルの最上階が吹き飛ぶ。爆風に巻き込まれ、亜門の身体は宙に投げ出された。

「くそっ! 建物が!?」

 周囲に崩壊したビルの瓦礫が散らばっていた。下は道路。通行する車も人もいる。地上に落ちれば被害が出るのは確実だった

 瓦礫を退かすため、亜門は『黄衣』を伸ばす。

 その時だった。

「よそ見してる暇があんのかよ」

 背後から聞こえる大二の声。腕から『膿』を伸ばし、瓦礫を伝いながら空中を移動してきた大二は、触手の束をしならせると、その先端を亜門に叩きつけた。

 鈍い衝撃。防御する暇も無いほど研ぎ澄まされた一撃が亜門の腹部を直撃する。

「ぐッ……!」

「こいつを食らって下まで降りな」

 そのまま真下へ打ち出される。亜門は200メートル以上の距離を一気に落下する。

「うおおおおおおおお……!!」

 轟音と衝撃が大地を捲る。

 舞い上がる土煙を払い、亜門は立ち上がった。咄嗟に『黄衣』で身を守り、着地することに問題はなかったが、周囲では懸念した通りの事態が起きていた。

 降り注ぐ瓦礫に、道路は蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。

「止めれなかったか……」

「亜門、助けをしている暇はないよ! 変生した彼を何とかしないと」

「分かっている!」

 セラに諭されずとも、この場所で戦うのは避けるべきなのは亜門にも分かっていた。人が巻き込まれる前に大二を町から引き剥がさなければ、大勢の人間が巻き込まれるのは明白だった。

 亜門は眼を凝らし、混乱する町中から大二を探す。

「……どこにいる?」

「俺をお探しかい? ならここにいるぜ」

 声に振り向くと、道路の中央に大二は立っていた。

「何を?」

 大二は『膿』を伸ばすと、通りかかる車を次々と持ち上げ始めた。中にまだ操縦者がいる車を、有無を言わさず亜門に投げつける。

 勢いよく迫る空を滑る車両が地面に衝突すれば、ただの人間では一たまりもない。間違いなく命はない。

 亜門は『黄衣』を広げ、車を掴む。勢いを止めて着地させる。1台目と2代目は成功した。しかし2台に気を取られるあまり、亜門は3台目と直に激突する。

 ぶつかった車体を、亜門は純粋なNEONEの腕力で受け止める。中にいた三人の親子が、不安と恐怖を露わにした目で亜門を見ていた。針の穴を通すような繊細さで勢いを相殺し、車を地面へと降ろした。

「はは、正義の味方は大変だな。じゃあ次にこいつはどうだ?」

 大二が次に持ち上げたのは、普通の車ではなくスクールバスだった。中には学都を見学していた外部の子供が数多く搭乗している。

 身構える亜門に対し、大二は一つ指を立て、左へと折る。

 指差した方を見ると、その先には病院があった。

「まさか……!?」

 悪寒が、亜門の背を走る。

「止めてみな」

 最悪の予想は的中した。大二はスクールバスを、病院に向かって投げた。

 素早く亜門は『黄衣』をバスに伸ばす。しかし横から飛び出した『膿』がそれを阻止した。

「くそッ! 邪魔をするな!

「ははは、そう釣れねえこと言うなよ。何人生き残るか賭けてみようぜ」

 亜門は続けざまにいくつか『黄衣』を伸ばすが、それと同じ数だけの『膿』を大二は腕から生やし、亜門の動きに対応していた。

 攻防が繰り広げられている最中にも、一直線にバスは飛ぶ。大二を相手取るこの状況では、バスの勢いを止めるどころではなかった。病院に激突し、多数の死者が出ることは火を見るより明らかだった。

「セラ、やるぞ! 異界を解放する」

 掛け声と共に、亜門は魔術を起動した。


《異界構築『Celaeno_Lost_""_Library』展開》


 インナーユニバースで構築された領域が、現実を歪ませ、一つの世界を顕現させる。

 眩いほど輝く砂の黄土が、周囲を塗り替える。光の速度で学都中を広がる異界は、混乱の極みである交差点を、ビルを、病院を、全てを撒き込んだ。

「ここは俺の領域だ。お前の好きにはさせん!」

 病院にスクールバスが突っ込むまさに数秒前。広がる砂漠からいくつもの『黄衣』が伸び、バスを捕獲した。

 『黄衣』から亜門はバス内部の状況を読み取る。微かに怪我人はいる。だがそれ以外は無傷であり、存命だった。ゆっくりと、砂漠に浮く道路に車両を置く。

「砂漠! これがお前の異界か。なるほど、らしいな。実にお前らしいシンプルで合理的な世界だ」

 流石の大二も異界に触れられないようだった。砂漠に接していない建物の壁に張り付き、大二は冷静に分析する。

 その姿に焦る様子はなく、むしろ状況を楽しんでいるように見えた。

「人に被害が及ぶのを躊躇わないその姿勢。食った人間も含めて、一体何人もの人間を犠牲にするつもりだ?」

「おいおい、今更それを問うのかよ。そんなもん俺が死ぬか、街に人がいなくなるまでに決まってんだろ。まあ、後ろを起こさないためにも街を生け巣化したんだが。……まったく、お前に手を焼かされる羽目になるとはな。騒ぎが鎮火したら、また人を攫ってもバレねえよう、一から設計し直しだな」

「……外道が!」

 異界から飛び出る多数の『黄衣』が、大二に殺到する。それを大二は獣じみた動きで回避し続けていた。

「そう言ってくれるなよ。人を食うのを責めるってんなら、お前も同じ穴の貉だぜ」

「……何?」

「気づいてねえのか? お前も俺と同じNEONEってんなら魔力を元に動いているはずだ。それほどの力が、俺たち人間一人の魔力で補えると思ってるのか。動くためのエネルギーはどこから来てると思う?」

 大二は触手を駆使してビルとビルの間を駆け巡る。その間も『黄衣』の追撃は続き、やがて周囲を取り囲むが、大二の演説は止まることを知らない。

「お前も薄々気づいてんだろ? その身体と魔導書を動かす魔力は、お前が殺した深きものから奪っているんだ。俺は人から魔力を奪い、お前は人から変化した深きものから魔力を奪う。そこに何の違いがあるってんだ?」

 大二を捕らえる寸前、僅かに追撃が止まった。その隙を見逃さなず、大二は『黄衣』の包囲網から抜け出した。

 亜門は呆然とセラを見ていた。

「……知っていたのか? この力が変生した人間から得ていたものだと」

「言う必要がなかったのさ。そうしなければ正気を失ってしまう。戦うキミに余計な情報は重荷になると思っての判断だったよ」

「それを知りながら、なぜ!!」

「……今思えば、キミが変生したときすぐに、包み隠さず打ち明けるべきだったね」

 困惑する亜門に、セラは躊躇いながらも告げる。

 怪物を倒し、魔導書を破壊すること。それが学都の人間を守るため、善の行いであると亜門は信じていた。

 しかし、力を使い続けるために人から同じ力を奪うのであれば、話は別だった。たとえ動機が異なろうと、結果として見れば、それは大二と何ら変わらない。まさしく怪物の所業だった。

「深きものがいるから、倒すべき敵がいるからお前は正義の味方でいられるんだぜ。だが、それも偶然だ。俺が居なけりゃ、お前は必ず人を襲っていた。俺には分かる。魔導に身をやつすってのはそういうことなのさ」

 大二の顔にあるいくつもの目が大きく開く。人間を逸脱した姿に表情はないが、触手の奥に浮かべた笑顔が透けて見えるようだった。

 その顔を掻き消すように、亜門は『黄衣』を振るう。

「……俺とお前は違う!!」

「違わねえ! 俺とお前は同じだ。ただ一つ、俺が先で、お前が後だっただけの話だ!!」

 亜門の心を映す異界が揺らいでいた。勢いのなくなった黄衣の追跡を振り切り、大二はついに亜門の異界の境界を出た。

「これ以上、押し問答しても無駄だな。幸い俺たちはNEONEだ。話し合いじゃなく、手っ取り早く力で結論づけるとしようぜ」

 大二の体に再び紋様が浮かび上がる。現れた古い印は次なる魔術を起動していた。

 それは異界の気配。ただし亜門のものと比べて規模は桁違いだった。

「お前の異界は少々殺風景だ。だから彩りを加えてやる。招待するぜ。俺の世界へ」




《異界構築『R'lyeh_"C"_forMAD狂える都』展開》

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