新たなる支配者/NEONE_4-2
長い沈黙が訪れる。張り詰めるような静寂を破ったのは、外ならぬ大二の惜しみない拍手だった。
「素晴らしいぜ亜門。素晴らしい推理だ。一分の誤ちもなく、お前は正しい。正直言って驚いたぜ。苦労して計画した行動がこうも言い当てられるとはな。流石は亜門、学都一の麒麟児ってところか。実を言うとだ……お前なら俺に辿り着くんじゃねえかと思ってたんだよ」
大二の口調は終始穏やか。というのに、屋上に流れている空気はさらに張り詰めていた。
言葉にせずとも理解する。二人は互いの敵意を感じ取っていた。
衝突は必然だった。
「しかし下手踏んだぜ。お前を八幡教授とぶつけるためとはいえ、ダイイングメッセージを残す手を間違えるなんてな。とんだお笑い草だぜ。やっぱり慣れねえことはするべきじゃねえな」
全ての悪事を暴かれても尚、大二は笑っていた。窮地に追いやられたとは思えぬその笑顔には、玩具を見つけた子供のような純粋さと、計り知れない狂気が宿っていた。
もはや隠す気などない。亜門の数メートル先にいる男は、普段の笑顔の奥に潜めた凶悪な本性をさらけ出していた。
「何故こんな事をした? 大二、一体いつからお前は……」
感情を抑えながらも亜門は聞く。
大二の行いは決して許されない所業である。それは明らかだった。しかし、たとえ非道な行いだとしても、亜門は大二がなぜ裏切ったのか、その理由を知りたかった。
それは友人としての切実な願い。
そんな最後の望みともいえる質問に、大二は笑って答える。
「こんな事? 異界を広げたことか? 人を攫ったことか? それとも、死んだことを偽ったことか? どれもってんなら答えてやるぜ。これは俺が生きるためなのさ」
「生きる、だと?」
「そうだ。俺は八幡教授の下で魔導書の研究を行い、電脳化をして始めて気づいたのさ。魔導書とは術者に知恵を与える代わりに、そいつから魔力を吸い取る寄生虫のような存在だとな。その事実に気づいた時には、俺や八幡教授はもう魔導書の餌さ。失う魔力を得るためにも俺たちは他人を、他人の脳を食らわねばならなかった! その事実に八幡教授は耐えられなかったが、俺は受け入れた。要はお前の言った通りさ。より魔術を行使できるように魔導書を電脳化させ、異界という狩場を各所に作り、そして決して表沙汰にならないように人を攫った! だから、いつから、という質問にはこう答えるぜ。……最初からだ! お前と出会った最初から、俺は人を食っていた!」
まるで亜門の反応を楽しむように、大二はからからと笑う。
亜門が友だと思っていた男は、紛れもなく幻影だった。人を食うため、人の中に混じり、人のように過ごす。姿形は同じでも、中身が人から逸脱していた。
深きものよりも、ダゴンよりも、よっぽどおぞましい怪物だった。
「……そうやって、俺やミーコも食うつもりだったのか?」
「ああ、美衣子ちゃんもいたな。そう、お前ら二人は特別だった。賢く、何より……美味そうだった。ああそうだ、愛していた。間違いなくな。牧場の牛を愛でるように、愛していたぜ!!」
かつての友は狂ったように笑う。これまでの全てを嘲笑うかのように、大二の声が学都の空に響き渡る。
これ以上のやり取りは不要だった。
「分かった。もういい。……もう、何も喋るな」
戸惑いは消えた。虚しさや悲しさを抱いていた心などはもうない。亜門の思考はシンプルに、目の前の敵を討つことに集中していた。
義眼に光が宿る。大いなるものの気配に、何処からともなく歓声が湧き上がった。
「IA! IA! IA! IA! IA! IA! IA! IA! IA!」
宇宙の遥か彼方から、賛美の歌が響き渡る。変生の時を待ちわびるかのように、その声は次第に強くなっていく。
目に映る以上の変化が亜門の身体に訪れていることは、大二も察していた。内なる異界を開き、旧支配者へと干渉する亜門の様相を、大二は歓迎する。
「やっとやる気になったかよ。いいぜ。遅かれ早かれ、お前とはこうなる運命だったんだ。ちょうどいい機会だ。お前には調整が終わったばっかりの『ルルイエ異本』を見せてやる」
大二はピンクのジャケットを脱ぎ捨て、半裸になる。一見なんの変哲もない肉体だが、その背中には、とある紋様が浮かんでいた。
『蛸』。それは蛸だった。大二が持ち帰った色情記憶塗料により文字が紡がれ、それらが背に集まり、蛸の頭を形作っていた。
「IA! IA! IA! IA! IA! IA! IA! IA! IA!」
塗料が、意思を持つように蠢く。蛸の模様が広がると共に、何処からともなく声が響く。唸るようなそれは、亜門にも聞き覚えのあるものだった。
深きもの。町に潜んでいた怪物共の声が、変貌していく大二の姿を讃え、崇める歓声が亜門側にも負けじと沸き上がる。
亜門と大二。その背後では二人を崇める無数の声がせめぎ合い、互いの主が君臨するその時を今か今かと待ち詫びる。
「お前は罪を重ねすぎた。人々を恐怖に陥れ、俺たちの友情を裏切り、あまつさえ、ミーコにまで手をかけようとした! ……許されるものか、絶対に!!」
亜門の一挙手一投足が世界を歪め、言葉が大気を震わせる。
瞳に光が集まる。超常の力を宿らせ、世界へ刮目する。。
「重ねた罪を! 罰を! 今、ここで清算しろ!!」
怒りを露わにした叫びが、現実を砕く。
空に亀裂が走っていた。後光にも似た、支配者に相応しい威圧感を放ちながら、亜門はその装いを新たに変えようとしていた。
「ははははは!! 許すも何も、法で裁けない俺を誰が裁くってんだ!? 人か? 神か? ……それともお前か? 亜門」
大二の背中から広がった蛸が全身に巻き付く。刻まれた記憶に従い、塗料はルルイエ異本に記された魔術を、大二の皮膚下で再現する。
皮膚の内側には、実体化した触手が波打ち始めていた。
「頃合いだ。さあ派手に始めようぜ!! この戦いに勝った方がこの町の真の意味での支配者だ! バースデイだぜ。蝋燭に火を点すように、派手に火を灯さなくっちゃなあ!! 」
そうして二人は口にする。
人から怪物へ。旧い支配者から新たなる支配者へ。力を受け継ぐための呪文を同時に唱える。
「「NEONE!!」」
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