新たなる支配者/NEONE_4-1
《……次のニュースです。学都でまたしても頭部の紛失した遺体が発見されました。管理局の発表によりますと、今月だけでもこの死傷者は100名に登り、依然、犯行の手口は不明との事です。警察はこれを、相次ぐ失踪事件との関連性もあると見て……》
不穏な雲がかかった昼下がり。学都を一望できる観光タワーに映し出されたニュース番組が、学都にこの町で起きた悲惨な事件を伝える。
町行く人の反応は様々だった。不吉なニュースに耳を傾ける者。より深刻に受け止め足を止める者。自分には関係ないと早足を進める者。
その一方で、それらを上から眺める者もいた。
「相変わらず、この町にはたくさんの人間がいるなあ。だけどそのほとんどは何も知らず、いつもと変わらぬ日常を過ごす。自分たちの足元に何があるのか、どんな変化が訪れているのかも知らずにな」
男が呟く真後ろで、扉が開く。観光タワーの階段を上がり、屋上へと続く門を開いたのは言わずもがな亜門だった。
今まで多数の深きものと戦い、その魔導書を破壊し続けた亜門が、この場所に訪れた目的は一つ。深きものを増やし、この町を揺るがす事件を引き起こした真の犯人が、この場所にいるからだ。
突然現れた来訪者に、男は驚きもせずに振り返る。
「なあ、お前もそう思うだろ? 亜門」
トレードマークであるピンクのジャケットを着こなした、背の高い青年。その姿を亜門が見間違えるはずもない。視線の先にいたのは、亜門の友人にして故人、死んだはずの深見大二だった。
遺体として発見されたはずの大二が、記憶にある通りの姿で亜門を歓迎する。
「やはり生きていたか……大二!!」
対照的に亜門の表情は険しいものだった。友人が生きていた事に対する喜びなどはなく、歓喜とは別の、怒りや悲しみといった感情を露わにしていた。
「生きているも何も、俺はこの通りピンピンしてるぜ。………………なんてな。冗談だよ。よお、久しぶりだな、亜門。よくここが分かったな」
今までの訃報や惨事などまるでなかったかのように、大二は飄々とした様子で告げる。
亜門は押し黙っていた。返すべき言葉を選ぶように、静かに感情を抑える。代わりにセラが亜門の背後から顔を出し答えた。
「キミがここにいる事が分かったのは、研究所でキミが訪れるのを待っていたからだよ。亜門の予想通り、ダゴンが消滅した後、キミは研究所に姿を現した。その後をボクが付いて行ったんだよ」
突然の声に大二は鼻を鳴らす。その姿は見えずとも、大二は匂いでセラの存在を感じ取っていた。
「なるほどな、そいつか。妙な匂いがすると思っていたが、優秀なアドバイザーが付いていたってわけか。道理で仕事が早いと思ったわけだぜ。魔術のまの字も知らなかった奴が、昨日今日で八幡教授を倒し、ついでに俺の元にまで辿り着くんだからよ。……なあ、物のついでだ。教えてくれよ。何で俺だと分かった?」
セラの傍ら、無言で自身を見つめ続ける亜門に大二は問う。大二からの直接な疑問に、亜門はようやく長い沈黙から口火を切った。
「……最初は小さな違和感だった。お前が死んだと聞き、その死体に残されたダイイングメッセージを読み取った時、俺は頭に引っかかる違和感を覚えた。その時は気付けなかったが、後になって思い出した。大二、お前は右利きだったはずだ。なのに、死体に残されていたメッセージは右手にある。これが違和感の一つ目だ」
入れ墨を身体に施すなら、多くは注射器のような鋭い針がついた機器を使用する。大二の死体が持っていた注射器は小型ではあったが、その原理は変わらない。
針を刺すような繊細な作業を、わざわざ利き手ではない手で行うのだろうか。ましてや、緊急時ならば尚更のこと。
亜門が抱いてる違和感はそこにあった。
「俺が普段、右手しか使っていないかもしれないぜ? 両利きの可能性がないとは考えなかったのか?」
「確かに、これだけで確証を得るには程遠い。あくまでも違和感でしかなかった。しかし研究所の隠し部屋を見つけてから、俺の考えは徐々に確信に変わった。あそこに囚われていた被害者の脳。そして深きものの頭部。それが俺に、肉体の死が決してその人間の死ではないことを気づかせた。さらに、あの部屋に残されていた魔導書『ルルイエ異本』。人皮で装飾されたその魔導書は、セラ曰く電脳化はできない。人の皮膚を使い、塗料で情報を処理できる構造でなければ魔導書として機能しないからだ。……だが、それこそがお前の研究成果だった」
大二が外部から持ち帰った『色情記憶塗料』。これこそが、亜門の推理を裏付ける動かぬ証拠だった。
人の皮膚で装飾した本ならば、実際に人の皮膚で動作させる。
魔導書が作られたのは遥か昔、西暦以前だとセラは言った。つまり、その時代で人の身体で魔導書を作り出す構想は存在したのだ。
しかし電子も夢野角も発見されていない時代に、人の脳ではなく皮膚に情報を刻み込む方法は非効率そのもの。故にその時代の技術者である魔術師は、本という形で人体を再現する考えに至った。
それが『螺湮城本伝』。現代においての『ルルイエ異本』である。
「お前がこの一連の騒動を引き起こした犯人なら、全ての疑問に辻褄が合う。一ヶ月前、学都に行方不明者が急増した。俺は最初、ダゴンが変生した影響だと思っていた。だが違う。異界化や深きものの隆盛はその時既に起きていた。なら何故、そのタイミングで数が増えたのか。それはお前が、色情記憶塗料を手に入れるため、学都を後にしたタイミングだからだ!」
一ヶ月前に路地裏で首のない死体が発見されるまで、学都における失踪者は少数だった。学都は若者が集う町故に、数人の行方不明者が出ても大きく取り沙汰される事はない。事件性がなければ、よくある家出や非行のように扱われるからだ。
それほど巧妙に、大二は人を攫っていた。
しかし、一ヶ月前を境に、その状況が変わる。
「ダゴンのNEONEを恐れる動きを見て分かった。お前はこの学都にいる間、ダゴンや深きものを表に出ないように秘匿していた。人を攫う目的が脳の搾取である以上、深きものや首のない死体が見つかれば当然騒ぎになる。事が大きくなれば、学都から人がいなくなる可能性もある。それだけは何としても避けたいだろうからな。……制御は完璧だった。誰にも気づかれることなく、異界という学都を包む生け簀は完成し、人間を効率よく収穫する構造が整った。だがここで誤算が起きた。お前が学都を後にした時、ダゴンは自意識を取り戻したんだ」
意識を取り戻した人間は当然、自分自身の変貌した姿や状況に混乱する。混乱のまま、状況を伝えようと、他の人間に接触しようと動く。その光景こそが、八幡教授がダゴンへと再び変生し、人を襲った最初の事件、警察のデータベースにあった『米道敏子』の殺害映像だった。
そこで始めて、首のない死体が公の場に出たことになる。
「お前が学都に戻った時には、深きものの存在は明らかとなっていた。流石のお前といえど、ここまで広まってしまった事態を収集させることは難しい。加えて学都には新たな魔導書が現れていた。それが」
「
亜門の台詞に被せるようにセラが割り込む。自己主張だけは欠かさない姿勢の魔導書を気にせず、亜門は続ける。
「お前は生け簀を元に戻す必要があった。しかしそれにはセラを持つ俺が邪魔だ。魔術師であること、NEONEであることを隠したいお前は、深きものを使い、魔導書を持つ俺を消すことを目論んだ。ショッピングモールでの突然の異界化がそれだ」
ほつれた糸を縫うように、一つ一つの謎が繋がっていく。不可解な行動、突然の事態に答えが出る。後はそれを繋いで、一つの答えを紡ぎ出すだけだった。
「お前にとって最も不測な事態。それは俺がNEONEとなるだった。NEONEが現れることで、深きものやダゴンに太刀打ちできる存在が増えてしまう。万が一ダゴンが消されるようなことがあれば、残すは生け簀を広げた犯人探しだ。当然、生き残った人間が疑われる。その時最も怪しくなるのが、八幡研究所の研究員であり、八幡教授に最も近しい存在の深見大二だ。それに予め気づいたお前は、その容疑者から外れるために、自らの死を偽装した。生体認証を誤魔化すための代わりの肉体を用意し、脳を含めた頭部を丸ごと入れ替える。無論一人では不可解な手術だが、ここは学都だ。それを無人で実行する機械も存在する」
風が吹き、大二のジャケットの襟から首元が覗く。亜門の言葉を裏付けるように、その首には昨日までは無かった手術痕が付けられていた。
「俺も信じたくはなかった。だが、探れば探るほど、真実は浮き彫りになる。分かるか? お前しかいないんだ! 魔導書を電脳化させ、異界を構築し、自らの死を演出するなんて所業を実行できるのは、学都で大二、お前しかいない……」
証拠、推測、心情。己の中にある全てを亜門は吐き切る。
全てが腑に落ちてしまった。自ら出した仮説を何度も否定する内に、更なる疑惑が増え、そこからさらなる仮説が積み上がっていく。
止まらぬ仮説はやがて確信へと変わる。一度でも疑ってしまえば、後は深みにはまるのみ。
頭では拒絶しても、脳の合理的な部分が自ずと答えを導き出してしまう。
学都に広がる異界、及び怪物化を引き起こした犯人は、大二だった。
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