生け巣/Dagon_3-9
ダゴンが消滅した後、亜門は八幡研究所へと帰還した。
理由はもちろん、あのインナーユニバース上に現れた都市の正体を探すため。周囲に生き残っている深きものはいないことを確認し、亜門は変生を解く。そのままセラに詰め寄った。
「どういうことだ。八幡教授……ダゴンは消えた。もう異界を展開できる者はいない筈だ。何故異界が消えない? いや、そもそもあの都市はなんだ?」
「あれは……『ルルイエ』だよ」
「ルルイエ?」
セラの言葉を復唱する。亜門には聞いたこともない単語だった。
「暗黒の都。深きものの要塞。終末の大陸。いろいろな呼び名があるけれど、主な役割は一つ、彼らの神が居城だよ」
「神……つまり旧支配者か」
「そう。そして異界が現れた理由についてはだけど……ひとまずこれを見てみてよ」
セラが見せたのは、ダゴンから吐き出された魔導書『ALA001.zif』だった。インナーユニバースから抜け出る際に、回収していたものらしい。
外見は一見すると破損してはいない。しかしそれはデータとしての形式が残っているだけで、内部――機能の方は完全に停止していた。
「その魔導書がどうした? ……まさか、またコピーなのか?」
「いや、間違いなくオリジナルだよ。データ化している事を除けば、ボクの記録にあるものと寸分違わぬネクロノミコンだ」
「……だとしたら、何が問題なんだ?」
今ひとつセラの意図が読み取れず、亜門は首をかしげる。記憶にあるものと同じであれば、何も問題がないように思えた。
それが間違いだった。
「いいかい亜門、寸分違わないんだよ。ボクたちの推測では、ダゴンが持つ魔導書は、異界を展開するための特殊な加工を施された物だと思っていた。しかし実際は異界を展開するどころか、今まで破壊してきた物とほとんど変わらない。これが何を示しているか。亜門、キミには分かるだろう?」
「……なるほどな」
言われて気付く。
ダゴンを倒し、魔導書を破壊しても、異界は消えない。それが亜門の心中に浮かんでいた疑問だったが、答えは至極単純だった。
「別にあるのか。深きものを生み出した魔導書と、異界を展開していた魔導書は」
「ご名答! そして異界を展開するのは、NEONEだ」
「……どうりでダゴンが異界化を使わない訳だ。自分以外のNEONEがいるのなら、異界の展開などはそちらに任せ、自分は深きものを増やし続ければいいのだからな。つまり始めから、この問題は複数の人間によって引き起こされたものだったわけか」
深きものを生み出していた魔導書。異界を産み出す魔導書。今までその二つの魔導書が存在しているからこそ、問題が複雑化していた。
そして今、前者が消えた。ならば亜門が取るべき行動は一つ。異界化を維持している魔導書を破壊し、ルルイエの実体化を阻止することだけだった。
「その手がかりを探すため、キミにこの場所へ戻ってもらったという訳さ」
八幡研究所の最深部、八幡教授の研究室へ二人はたどり着いた。
部屋には鍵がかかっていなかった。細心の注意を払いながら、亜門は円形の自動ドアをくぐる。
研究者らしく、中は様々な研究材料や実験器具で埋め尽くされていた。しかしそのほとんどが破壊され、無残にも床に散らばっていた。
「……荒れているな」
明らかに人為的な破壊。一瞬、物盗りや不法侵入者がいる可能性を考えたが、すぐさま亜門は否定した。
床や棚に巨大な爪痕や巨体がぶつかった跡が残されていた。つまりは、
「ダゴンへ変生した時に生じたものと見て間違いないね」
「ここから探すとなると、骨が折れるな」
荒れた部屋を見渡す。地底湖を覗き込むための大きなガラスが、壁にはめ込まれている。散らかった場所以外のめぼしい物と言えばそれくらいなもので、やはり乱雑した床から何か手がかりを探すことになりそうだった。
「データならあるよ」
魔窟な研究室に手を出しあぐねていると、セラがいち早く、研究室内のネットワークから『本』を引っ張り出した。
幸いにも、研究データは無事だった。八幡教授は几帳面な性格なのか、そこには研究所における全ての実験の結果と論文、日報などの記録が保存されていた。
特に日報は、魔導書に関する何らかの情報を得られる可能性が高く、期待が持てた。
しかし、
「最近のものがないな……」
日付を最初から追うと、半年ほど前から突然更新が止まっていた。その直前日の日報を見ても、至って普通の実験報告と研究所の拡張を画策している事しか記されておらず、魔導書についての記載は一切なかった。
「この日を境に変生した、ってことかな?」
「……あるいは、抜かれたか」
「まさか、最後の魔導書を持つ者にかい?」
亜門は頷き、見ていた『本』をセラに渡す。
「見ろ。この研究所の入館記録だ。これによると八幡教授は、一ヶ月前までここに入館し、その後消息を断っている。動画の変生はこの後だ。日報が消失した日付と合わない」
「じゃあ誰かが彼の記録を盗んだってことかい?」
「ああ。そしてそれができるは限られた人間だけだ。間違いない。最後の魔導書を持つ人物はこの研究所の関係者だ」
ここまで分かれば、後は徹底的に痕跡を探し出すだけだった。
「セラ、解析を任せられるか?」
「本来の魔導書の役割とは異なる作業だけど、この際は仕方ないね」
亜門は一旦、インナーユニバース上にあるデータの解析をセラに任せる。彼女ならば、情報体である事を活かし、莫大な資料でも僅かな時間で読み解く事ができるため、適任だと言えた。
その間に亜門は、研究室内の捜索を開始する。セラとは異なる観点から、何か物証が残されていないか探す。
(行方不明者が出ている。……警察の調査も入ったことがあるだろう。つまり普通に探しても証拠が存在しない可能性がある)
普通の視点では見つからない、と亜門は踏んでいた。
また気になる点もあった。変生したダゴンがどこから出入りしているのか、という疑問である。
爪痕や破壊痕から分かるように、ダゴンはかなりの巨体を誇っている。それがこの部屋からどうやって外に、扉を壊さずに出たのか。それが不可解だった
(考えられるとすれば、異界のような魔術的な空間だが……)
一つの仮説を立て、亜門は義眼を使用する。
部屋には深きもの特有の魔力の色で満ちていたが、その中で、唯一外に漏れ出している場所を発見した。
それが地底湖を覗くためのガラス窓である。水中しか映していないように見える窓と湖の間に、なぜか藍色のもやのような魔力が溜まっていた。
予想は的中した。普通の人間には発見できない場所、それは魔術で細工された領域だった。
「隠し通路か」
窓はぴっちりと塞がれており、亜門の腕力では微動だにしない。
物理的な力では開きそうもなかった。ここを開けるには専門の業者を呼ぶしかないのだろうが、生憎、今の亜門は魔術師だった。
《『MEMORY_RESTORE』実行》
手を窓にかざす。窓は時間を遡り、本来の開いた状態へと復元した。
亜門の推測通り、窓の外は湖に繋がっていなかった。巧妙に水へと擬態したガラスの通路が亜門の目の前に現れる。
藍色の魔力跡は、通路の中を通り、研究所のさらに下に向かっていた。
「まるで、地獄の洞穴だな」
「何処へ繋がっているんだい?」
通路を覗き込む亜門の元に、解析を終えたセラが顔を出す。
「……流石に早いな。それで何か記録は残っていたか?」
セラは首を横に振る。
「残念ながら何もなかったよ。ただキミの言っていた通り、所々に人為的に抜かれた跡があった。相手は相当に用心深いね」
「……結局、めぼしい証拠はここだけか」
期待が外れ、亜門は先へと進むしかなかった。
「鬼が出るか蛇が出るか、はたまた虎穴か」
いずれにせよ、後に引く選択肢はもう無い。内側に取り付けられた梯子を手に、亜門は暗闇へとその身を沈める。
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