生け巣/Dagon_3-7
「これがインナーユニバース……学都の中枢か」
インナーユニバースの中は宇宙が広がっていた。黒い宙にいくつものデータが飛び交い、一つの空間を形作る。光は散り散りに、それぞれ街の人や機械に向けて飛び、また戻ってくる。
まさしく
その中で亜門は、美しい星空には不釣り合いな、濁った藍色の靄を目撃する。遠目からでも判断できる深い青色を放つ流動体は、紛れも無い異界だった。
現実と虚構を繋ぐ
「……これほど学都に存在していたとは」
「一日二日で用意できる量じゃないね。よくこさえたものだよ」
「いずれ対処しなければ」
予想以上の異界に多さに気を引かれるが、最優先すべきはダゴンだった。亜門はダゴンの痕跡を辿り、データの星々の間を抜ける。
ビーの機体としての性能は、荒れがちな乗り心地を除けば実に素晴らしいものだった。生身では到底追いつけなかったダゴンを、ついに亜門は視界の先で捉える。
「見つけた。一気に近づくぞ」
ビーを加速させ、ダゴンのいる座標に飛ぶ。KEIMを抜けた時、亜門は躊躇うことなく、『黄衣』を構えた。
しかし、その行為は無意味となる。ダゴンの姿が消えていた。
「消えた!? どこに?」
「上だよ!」
セラの言葉を受け、反射的に亜門は身を翻した。上方から口を開けて強襲してきたダゴンを紙一重で躱す。
幸か不幸か、研究所での不意打ちが経験となっていた。あと一瞬遅れれば、亜門は巨大な口で丸呑みにされていただろう。
「接近に気づいたのか?」
「いや、おそらくインナーユニバースに侵入した時からボクらのことを感知していたんだね」
「それが事実なら、恐ろしい嗅覚だな」
ビーの体勢を立て直し、亜門は魔導書への攻撃を開始する。
《『ALA001.zif』を検出中……》
伸ばした『黄衣』が相手の腕に接触した。体内にある魔導書を削除するために、その触手を拡散させる。
「GAAAAAAAAAAAAAAOOO!!」
「!?」
突如、ダゴンは咆哮を上げた。『黄衣』を掴み、力任せに引きちぎろうともがく。
そうはさせまいと、亜門は全力でダゴンを拘束しにかかるが、ダゴンは『黄衣』が魔導書に接触する前に、腕を自切した。外れた腕ごと亜門はビーごと電脳の宇宙へと投げ飛ばされる。
ダゴンはそのまま近くの異界へと逃げ込んだ。
再びの逃走。だが今度は見失っていない。まだ『黄衣』が一本、ダゴンと繋がっていた。
「追うぞ!」
体勢を立て直し、亜門はアクセルを捻る。
「亜門、彼は再び町に出たみたいだ。どうやら徹底的にボクらを撒く気らしいよ」
「あらかじめ展開していた異界を使ったのか。学都に被害が出る前にケリをつけるぞ」
『黄衣』の糸は亜門の意思でしか切断されない。最後の望みに引き寄せられるように、亜門は再び異界を開く。
宇宙から町へ、仮想から現実へ、糸を通して繋がる。
実体化した場所は学都の公道の上だった。ビーが半獣の形態から二輪へと切り替わり、現実へ着地する。
視界にダゴンはいなかったが、繋がった『黄衣』から居場所は地下だと分かっていた。流石に実体化していては、光の速さで移動するのは不可能なようで、ダゴンは亜門の追跡を撒くように、地上から見えない場所を高速で移動していた。
「この距離……行けるか?」
亜門はダゴンに繋がれた『黄衣』から、魔導書の削除を試みる。
《『MEMORY_TERMINATE』実行。『ALA001.zif』を検出中…………0%》
「どうだい?」
「ダメだ。この距離では奴の核まで届かない。『黄衣』がかろうじて繋がっているだけでは、魔導書の破壊は不可能だ。届かせるには距離を詰めるしかない」
今までの深きものとは違い、ダゴンの持つ魔導書には強いプロテクトがかけられていた。亜門の経験からすると、この防御壁を突破するには、少なくとも10メートル。素早く、加えて確実にデータを破壊するなら3メートル以内に近づく必要があった。
亜門はビーのスピードを上げる。ダゴンは高速で移動しているが、それはあくまで生物として。亜門が跨るのは時速150kmを優に上回る馬力を持つ最新鋭のバイクである。物理的なスピードで負ける道理はなかった。
《『ALA001.zif』を検出中……2%……10%》
確実にダゴンとの距離が縮まる。ダゴンの頭上を位置取るまで残りわずかの距離で、突如、異変が起きた。
「なんだ!? 地面が……」
次の瞬間、地面が割れた。複数の深きものを引き連れ、ダゴンは地下より這い出る。
ダゴンは亜門の前方を走りながら、周囲の深きものを掴み取り、後方に投げ飛ばす。
「な、自らの眷属を!?」
「やれやれ、めちゃくちゃだね」
狙いは亜門だった。亜門は前方から迫る深きものを全て見切り、避ける。黄衣のNEONEは鮮やかに深きものの群れを躱した。
「飛ぶぞ!」
亜門の意図を的確に受け取ったビーは、翼を広げ飛翔する。
つい先ほど乗り始めたとは思えないほどの手際で、亜門は完全にバイアクヘーを乗りこなしていた。
「素晴らしいよ! まるで踊るようだ」
「あまり口を出すな。集中する」
飛行したまま、亜門がダゴンへの接近を試みる。その時だった
亜門とセラを映し出すビルのガラスを突き破り、そこから多数の深きものが飛び出した。
「!?」
深きものはほとんどが落下する。しかし、その内の一体がビーに取り付き、亜門目がけて手を伸ばす。
《『MEMORY_TERMINATE』実行、0%……100%。『ALA72.zif』削除》
亜門は咄嗟に魔術を起動する
黄衣の一撃を受け、ビーに取り付く深きものは消えた。何とか墜落は免れたたものの、このままでは接近もままならなかった。
まだビルの中には、大量の深きものが潜んでいる。
「まったく、これほどの数の深きものを、一体どこから調達したんだろうね?」
「……まさか魔導書を持つ者を呼び寄せているのか?」
亜門の予想は的中していた。ダゴンの進行に合わせて、深きものが行く先々から現れ、亜門の進路を妨害する。
「GYYYYAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
「どうやらキミの言うとおりみたいだ。あの咆哮が魔導書の覚醒を促しているらしいね」
「やはり、深きものの増加は奴が引き起こしていたのか……」
呼び声に集められた深きものが、続々と集結する。
今までどこに潜んでいたのか。深きものの総数は、ついには地面を覆うほどとなった。ダゴンが投げる深きものと、ビルに待ち構える深きもの。八方塞がりとはこのこと。亜門の周囲は徐々に深きもので埋め尽くされていた。
「また界路を使うかい?」
「……いや、この圧力だ。先程のような超高速移動も察知される可能性が高い」
後部座席に座るセラに視線を送ると、亜門は『黄衣』の一部を『紙飛行機』に変えた。
「だから、今回は馴染みの手で行く」
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