生け巣/Dagon_3-6

 夜の街に一筋の光が流れる。黄色の軌跡を描き飛ぶ光は誰の目にも止まらず、僅かに青を残す魔力の残り香を追っていた。

 変生したままの亜門は町を駆けていた。超人的な身体能力で飛び回る亜門の後ろを、セラが続けて追う。

「セラ、まだダゴンは見えないか?」

「うーん、確認できないね。残っている魔力からして、確実にここを通っているんだけど……とにかく速すぎるね。おそらく彼はインナーユニバースの中を泳いでいるよ」

「インナーユニバースの中とは?」

「文字通りの意味だよ。いいかい、異界っていうのはこの現実と人が見る夢を一つにした領域なんだ。キミの場合、異界化した後に現実に戻っているけど、彼は逆だ。逃げる為に自分を電脳化したんだよ」

「そんなものまで可能か。NEONEは」

 電脳化しているということは、光に近い速度で移動しているということだった。

 どうりで追いつけないはずだった。ビルの間を駆け、風よりも早く移動したとしても、相手が現実にいないのであれば意味がない。そもそも立っている土俵が異なっていた。

「ならば、こちらも同じになれば……」

「それでも追いつけないよ。電脳化に加えて、ダゴンという存在は異界を泳ぐことに関して、ボクたちよりも特化した存在だ。知っての通り、キミの力は記憶を操作することに長けている反面、移動に関してはからきしだ。同じ土俵に立ったとしても、彼の方が確実に速いと断言できるね」

「ならば、どうする?」

 訝しげに問う亜門に、セラはフードの奥に嬉々とした笑顔を携え、答えた。

「ボクにいい考えがあるよ」



「ここでいいのか?

 ダゴンの追跡を一時中断し、亜門はとある場所に降り立っていた。

 ここは、最新鋭の車両が並ぶ、学都でも有数のショールームである。ビルの一階に当たる部分は全て抜かれ、ガラスを壁にして数多くの車両が並ぶ。

 セラの指示は乗り物を探すことだった。

 光の速度で泳いでいるダゴンに対し、今更現実の乗り物を得た程度では焼け石に水だった。しかしセラに何か意図があると信じ、亜門は何も言わず従う。

 流線型のフォルムを持つ近未来的な高級車や、機能が多岐に渡る水陸両用なオープンカーが目を惹く中、亜門が選んだのは一台の大型バイクだった。

 シンプルな黄色のフレームに黒のラインが映える。大型であることを感じさせない、スマートなデザインの車種だった。運転はできるものの、車には詳しくない亜門がこの二輪車を選んだ理由は単純明快。中に搭載されているAIが最高クラスの物だからである。

「いいね。特に人工知能が積んでいるのがいい」

「それで、これをどうするんだ?」

「もちろん、インナーユニバースを移動する。そのための眷属を呼ぶんだよ」

「眷属?」

「とにかく、これを使ってごらん」

 またしても新しく現れた単語に疑問を抱く間もなく、セラから新たな『本』が渡される。

 またしても未知の魔術だった。しかし光速で逃げ回るダゴンに対抗するのに必要なものだと分かれば、躊躇う理由はない。

 亜門は『本』を開き、鎮座しているバイクに向けて魔術を起動する。

《『SUMMON/BIND_BYAKHEEバイアクヘーの召還』実行》

《『The_Winged_Lady翼ある貴婦人」変生』》

 アナウンスがバイクの変化を知らせる。インターフェースの立ち上がりを知らせるウィンドウが、次第に未知のコードに書き換わっていく。

 流れているのは『古い印』だった。魔術を受けたバイクは金属音を鳴らし、その姿を変化させる。ハンドルは鋭い触覚に、マフラーは複羽に、タイヤは分解し歩脚に、より生物らしい形へとする。

 そこにはもうバイクの面影はなかった。眼に当たるヘッドライトを瞬きさせ、現れたのは、3メートルほどの全長を持つ、甲虫に似た生物だった。

「これが眷属か!?」

「その通り。ボクたちを乗せて走ってくれる。その名もバイアクヘーさ。本来なら彼女の身体があるんだけど、今回はインナーユニバースに潜るから乗り物に変生してもらったよ」

 光沢煌めく風貌は、まさしく金属の生命体だった。バイアクヘーは鉄の身体を持ち上げると、亜門に近づく。興味深そうに何度か亜門の匂いを嗅ぐと、気を許したように彼は頭を擦り付けた。

「人懐っこいのか?」

「人間にも従うけど、滅多に懐くことはないよ。バイアクヘーは旧支配者の奉仕種族だからね。どちらかと言えば、キミのその雰囲気が主に似ていたんじゃないのかな?」

 変生した亜門の体は金属質であり、人の肉などは残っていない。とはいえまだ人に近いシルエットであり、亜門が変生時に見た光景のものとは、かけ離れていたようにも思えた。

 頭部や首を撫でると、バイアクヘーは笛のような鳴き声を上げ、より一層喜びを表現した。

「名前を付けてあげなよ」

「名前……必要か?」

「名前があると、自分が特別なように感じるんだよ。ボクがそうだったようにね」

「そういうものか……」

 生まれてから名前がある亜門には分からない感情だが、他の誰でもないセラが言うのであれば間違いないのだろう。

 少しだけ時間を使い、亜門は頭を捻る。

(バイアクヘー……ビヤーキ……)

「いや、ビーか」

『BYAKHEE』を縮めただけの言葉だったが、バイアクヘーは気に入ったようだ。電子音を鳴らし、亜門へ身体を擦り寄せる。

「キミを背中へ乗せたがっているみたいだね」

「そうか。なら早速だが、背中を拝借する」

 バイアクヘー改めビーは、亜門の言葉を理解したようにその体を震わせる。するとその姿を再びバイクの形へと戻した。乗りやすいように、亜門の前まで移動する気遣いも見せる。

「いい子だ」

 背に当たる部分を撫で、亜門はビーキーへ乗り込んだ。最新のモデルなだけあり、バイクとしての座り心地はかなり上質なものだった。

 後ろにセラも腰掛け、発信体制は万全だった。

「そういえば、バイアクヘーという種族を選んだ理由を聞いていなかったな。速いのか?」

「それはもう。電脳化されていない状態でも、宇宙を光速の10分の1で駆け抜け、最高速は実に光速の400倍に達するよ」

「それは……凄まじいな」

 光速よりも速いとなると、亜門には想像もつかない世界だった。

 普段通りにハンドルを捻ると、ビーは走り出した。目の前に広がる外の光景に向け、ビーはすぐさま最高時速に達すると、ガラスを突き破り外に出た。。

「しまった……」

 亜門が操作する間もなく、ビーはショールームの壁を走力だけで破壊した。

 馬のように大人しい生物かと思いきや、とんだじゃじゃ馬だった。扉から静かに出て行くつもりが、ビーの性分により、正面から堂々と警報を鳴らして出馬する羽目になる。

「あらら、やってしまったね」

「……不可抗力だ。緊急時故に仕方ない」

 破壊されたショールームを見ないように、亜門は前を向き続ける。新たな仲間とモーター音を響かせながら、道路に繰り出した。

 外の学都は夜遅く、人影はない。ただ一人、黄衣をはためかす亜門以外は。

 こんな状況でもなければ、学都を走るには絶好のシチュエーションだった。

「セラ、このまま進行上に異界を展開すればいいんだな?」

「うん、後はこちらでやるよ。ダゴンの痕跡を追って電脳化するよ」

「なら一気に加速する。頼むぞ、ビー」

 亜門に期待を寄せられ、ビーは再び笛のような嘶きを上げた。呼応するようにバイクが変形し、機械と生物、双方の特徴を織り交ぜた半獣の形態を取る。ビーキーは脚のタイヤを高速で回転させ、羽根で姿勢を維持すると、尾を広げ、そこから未知の粒子を噴出した。

《『Hune_Driveフーン機関』起動まで3秒》

 地上のあらゆる航空機を超えた推進力は、景色を秒を跨がず塗り替えていた。街の灯りが線となり、亜門を包む風となる。今、亜門たちは風を追い越し光と化した。

 ビーキーの速度が最高潮に達した時、亜門は異界を展開させる。

《進路上に異界構築『Celaeno_Lost_""_Library』展開》

《『Hune_Drive』起動。KEIM超光速界路を『Celaeno_Lost_""_Library』上に展開》

 空間が裂け、異界が開ける。かろうじて人一人通れるほど広がった砂漠を通り抜け、亜門たちは学都から消えた。

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