生け巣/Dagon_3-1

 今まで犯罪紛いのハッキングに手を染めてきた(もちろん悪意はない)が、証拠を残した事はない。そんな亜門にとって、今回の警察の取調べは人生初の出来事と言えた。

 感想としては、フィクションで語られるようなイメージとそう大差がなかった。

 すなわち怒号と恐喝。さすがに暴力こそなかったが、下手をしたらそう取られかねない行為の数々を亜門は受けていた。

「いつまでだんまりを決め込むつもりだ?」

 トレンチコートの男が、椅子に縛り付けられた亜門に向かって問いかける。あの事件の後、ショッピングモールで真っ先に亜門の元へ駆けつけた警官だった。周囲の警官の態度から、この人物の役職は刑事――つまりは巡査長以上の階級だということが分かる。

 亜門の手は電子手錠によって固定されていた。肝心の義眼も電波を遮断する眼帯が被せられ、身動きどころか機械一つ動かすことができない。

 この状態の亜門になす術はなかった。

 大人しく項垂れることだけが、今の亜門にできる最善の選択だった。

「お前の行動は全て制限されているぞ。ハッキングによる遠隔操作、情報開示、偽装工作。全て不可能だ」

「……………………」

「今、学都ではとある怪事件が起きている。人が頭部を失った状態で発見されるという、学都史上類を見ない殺人事件だ。原因は調査中だが、その犯行に関して、お前に容疑がかかっている」

 四方は一冊の『本』を開くと、その中の映像を亜門に突きつけるように見せた。

 そこにはアフター211での亜門の活躍、子供を助けてから映画館に至るまでの奮闘が映し出されていた。物に触れず、手をかざすだけでロボットを盾とし、シャッターを壁として使役させる様子は、まるで魔法使いのよう。

 ただ肝心の亜門がNEONEと化したところは監視データには映っていなかった。異界によるインナーユニバースの変調が、幸いにも監視カメラの機能を停止させていたようだった。

「これはほんの一部だ。お前の類い希なるハッキング技術を持ってすれば、セキュリティを無効化できるのではないか? 例えば、監視カメラの映像を細工し、姿を眩ませる、などな」

「……………………」

「学都で多発している失踪事件との関連性もとりさだされている。それもお前が関与しているんじゃないのか?」

「……………………」

「いい加減にしろッ!! いいか、お前に喋る気がなくても、その義眼から記録を辿れば、お前の所業なんてものは全て明るみになるんだぞ! 黙っていればそれだけ余罪が増えていくだけだ!」

 それは嘘だった。いくら学都が監視機器に溢れた最新鋭の社会でも、生きている人間の記録を見ることはプライバシーの侵害として禁止されている。少なくとも科学の発達した学都では、義眼を含めた義体は身体の一部、と条例では定められていた。

 明らかに四方は、一向に口を割らない亜門に痺れを切らしていた。勢いよく亜門の襟首を掴んだ四方を、側にいた別の警察官が必死に制する。

 事件に関与しているという明確な証拠はなく、当の本人は口を開かない。無意味な時間が過ぎていくだけだった。

 そうして数時間が経過した後、亜門は一度留置所へ入れられることになった。

「取り調べは数日続く。それまでここから出られると思うな」

 格子越しに念を押し、四方は去った。

 閉ざされた留置所で、亜門は眠るように横たわっていた。時間が経過し、静けさが訪れると、不意に電子音が鳴り響く。

 それは亜門の手錠の外れる音だった。続けて眼帯のロックも解除される。

「……ようやく来たか」

 音を頼りに起き上がり、自由になった手で義眼に被せられた眼帯を外す。

 黒一色だった視界に色が灯り、いくつもの情報がインナーユニバースを介して視界に流れ込んできた。

 亜門の目の前には、黄色いローブの人物が立っていた。顔を見なくても分かる。セラだった。

「やあ、その様子だと酷い目にあったみたいだね。どうだい、身体は動くかい?」

「御託はいい。それよりも言われた物は取ってきたのか?」

「もちろん。ご覧の通りだよ」

 どこから拝借してきたのか。セラはフードの内側からいくつもの『本』を取り出す。それを亜門の『紙面』へと映し出した。

「それにしても一時的に眼を離れろだなんて、随分思い切りのいいことを言うね。キミも」

「牢屋もセキュリティの一種だ。内向きに作られたものなら、外側からの方が解除しやすい。脱走するには、お前に任せた方がいいと判断したまでだ」

「確かにね。キミの言った通り、その情報を手に入れるのも簡単だったよ。キミの行動を調べていた人間の横から、こっそりとね」

 『本』の中身は全て、警察が調べていた今回の失踪事件の調査内容だった。

 亜門はデパートで四方と鉢合わせた時、既にこうなることを予測していた。

 言い逃れのできない状況で取り調べを受けること。その間義眼は制限され、取り調べが終わると留置所に入れられること。全て予測して対策を立てていた。

 警察から逃げることもできたが、亜門はあえてそれをしなかった。逆に情報を得るため、セラを警察のデータベースに侵入させるよう状況を利用した。

 NEONEになった亜門には、深きものに対する力がある。一方で彼らに関する情報はまるで足りていない。だからこそ、警察が持つであろう深きものと、それに関わりある行方不明者たちの情報が必要だった。

「ここ数年で学都に発生した失踪者数は1000人超。その中で頭のない死体になって発見されたのは約15人……これだけの人間が学都から消えているとなると、やはり警察にも認知されているか」

「この情報から何か分かる事があるのかい?」

「消えた人間に何か共通点がないか探っている。しかし……」

 亜門は行方不明者のリストから、共通した組織、消息不明になった場所など検索をかける。しかし、めぼしい共通点は現れなかった。

 当たり前だった。行方不明者は判明しているだけでも三桁を超える数となっている。その全員に共通した項目など存在するはずもなく、規則性も何もない。無差別に攫われていると言われればその通りでしかなかった。

 数の少ない頭のない死体の共通点を探すが、これも同様だった。

 取り調べに時間を取られた上に、これ以上調査に時間を取られる訳にはいかなかった。次の被害者が出る前に情報を掴み、ここを抜け出す。そのためにもより正確な絞り込みが必要だった。

「セラ、今日のような大規模な異界化は以前にはなかったか?」

「うん。小さく発生することはあっても、これほど大規模な異界化を観測したのはつい先ほどのが初めてだよ」

「だとすると、以前の深きものは一人、あるいは少数を襲っていた、ということになるな。……しかし、それならなぜ今日に限って、あれほど大規模な異界化が発生したのか」

「うーん、そればかりは彼らにしか分からないね」

「そうか……」

「でもただ一つ。彼らはキミを魔術師だと認識していたよ。もしかしたら、キミを魔術師だと思って異界を展開したのかもしれないね」

「本当か!?」

「キミが魔力や魔術を色で見ることができるように、深きものにも魔力を判別できる手段があるんだよ。そう、例えば……匂いとか」

「匂い、か」

 亜門は自分の匂いを嗅ぐ。当然だが魔力の匂いなどはしない。

 感覚器官がそもそも違うのか。こればかりは、深きものにならなければ分からないことだった。

(俺を狙ったとすれば、尚のこと不可解だな。行方不明者や頭のない死体が発見されたのは、俺がセラと出会う遥か前だ。特定の組織や場所でないとすると……)

 思い悩んだ末、亜門は『時間』という要素にたどり着いた。検索の絞り込み方を、消息が不明なった時刻順に変える。

 『紙面』一面にずらりと表示される時刻の並びから、亜門は一つ気付く。

「一ヶ月前だ……」

「なにがだい?」

「行方不明者の消息時刻の推移を見ろ。ちょうど一ヶ月前から増加している。さらに、頭のない死体が出現した時期と重なる」

 行方不明者の発生推移をグラフ化し、確認してみると一目瞭然だった。以前は一日に一人いるかどうかという割合だったのに対し、一ヶ月前を境にその数は急激に増えていた。その数、実に10倍以上。明らかに異常な数値だった。

「この時期に何かあったってことかい?」

「推測だがな。それをこれから調べる」

 事件の急激な傾きは、その時期に何かがあったことを示唆していた。更なる検索をかけると、亜門はその中からとある映像ファイルを見つける。

 ファイル名は『米道頼子/0501/19:23』だった。

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