目覚め/The_King_In_Yellow_2-7

「お母さん、どこ?」

 深きものが跋扈するアフター211の中で、少女が一人、彷徨っていた。

 混乱に飲み込まれた際にはぐれたのだろう。近くに親の姿はなく、周りを慌ただしく走っていた大人たちもいつの間にか姿を消していた。

《緊急事態発生。只今火災が発生しております。お客様は従業員に従って落ち着いて避難しつください。繰り返します……》

 デパート内には緊急避難を促すアナウンスが流れていた。幼い少女には意味がわからない言葉ばかりだったが、『かさい』という単語が火事を意味している事は知っていた。

 にげなきゃ、と思う矢先の出来事だった。少女の存在に気付いた深きものが一体、少女の元へと襲来する。

「GAAAAAAAA!!」

 頭部ほどある腕が、鋭い牙が、瞬く間に少女に迫る。

 その時だった。深きものと少女の間を阻むように、黄色い『紙飛行機』が滑空する。

 近づく『紙飛行機』を、深きものは反射的に振り払おうとする。そうして深きものが少女から目を離した隙に、一人の男が少女の側に駆けつけた。

「やはり、魔力に反応しているのか。『古い印』を織り込んだ紙飛行機に反応しているな」

「どうやら彼らは魔力を匂いで感じ取っているみたいだね」

 少女の後ろから現れたのは亜門とセラだった。

 突然の出来事が重なり、呆然とする少女に、亜門は安心させるよう声をかけた。

「大丈夫か? ここは危険だ。早く離れた方がいい」

 何とか頷く少女。亜門は『紙面』から飛び回るものとは別の、新たな『紙飛行機』を作り出すと、来た道に向け飛ばした。

「あの紙飛行機を辿れば安全な場所がある。そこに人もいる。一人で行けるか?」

「うん!」

 優しく言う亜門の言葉に少女は元気よく返事をすると、亜門の放った『紙飛行機』に向け走り出した。

「おにいちゃん、ありがとう!

 お礼を言いながら去る少女を見送りながら、亜門は再び正面を見据える。その表情には先ほどまでの優しさはなく、険しさが浮かんでいた

 まだ、問題が残っている。

「GUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU」

 深きもの。魔術によって異形と化した怪物が、餌を奪い取った亜門に襲いかかる。

「来るよ!」

「分かってる!」

 セラの忠告を受けるまでもなく、亜門は構えた。

 深きものの恐ろしさは、あの圧倒的な膂力にある。一度捕まってしまえば、そのまま首はへし折られ、果実を捻るようにたやすくもぎ取られてしまうだろう。もちろん亜門には逆らう力など無い。近寄られれば、それが死に直結する。

 故に亜門は、深きものに近づかれる前に行動を起こす。

《形状”折り鶴クレーン”。アクセス開始。0%……100%》

 亜門と深きものの間を遮るように、隣接した店舗のガラスが割れた。

 中から飛び出したのは、接客用のロボットだった。緊急事態によって休止状態にあったロボットは、その機能を深きものに向け、逆に襲いかかっていた。

「ハッキングは済ませた。あの時は無防備だったが、今度は武器を使わせてもらう」

 深きものが明確に脅威であると判断した亜門は、人間相手には決して使えない奥の手を使用した。

 亜門は手元の『紙面』を『折り鶴』に変え、隣の店の中へ飛ばしていた。

 『折り鶴』は、ハッキングした機器に自動的な命令を施すツールだった。この形状でハッキングした機器は、亜門の与えた命令を半永続的に実行し続けるようになる。

 今のロボットは接客をするものにあらず、深きものの顔を認識し、どこまでも追跡し続ける暴徒鎮圧用の機械として存在していた。

「なるほど、機械に代わりに対処してもらう。一世紀前の人間にはできない芸当だね」

 感心したようにセラが言う。いつの間にか作業を終えていたようだった。高みから見下ろすセラから、亜門は美衣子の居場所が記された『本』を受け取る。これで美衣子の元へ向かうことができる。

 だが深きものを抑えていたと思っていたのも付かぬ間、次第にロボットは深きものに力負けし、フレームを歪まされていた。機械の人形は深きものの人ならざる腕力によって、その機能を停止させられていく。

 このまま食い止めることは不可能だった。

「なら三体だ」

 一体では止められないと判断した亜門は、追加で三羽の『折り鶴』を飛ばした。

 ここは自動化が進んだ最新のショッピングモール。盾となるロボットは周りにいくらでもあった。

 追加で三体のロボットが動き出す。並みの人間よりも強力で頑丈な機械に囲まれ、ようやく深きものは動きを止めた。鎮圧は成功した。

(これで……)

「これで終わりじゃない。まだ来るよ!」

 安堵しかけた亜門の前に、騒ぎを嗅ぎつけた次の深きものが姿を現す。二体、三体、四体と次々にその数を増やしていく。

「10……20……まだか、まだ増えるか」

 増え続ける深きものに対抗するように、亜門も負けじと何体ものロボットをハッキングする。しかし、深きものの増加量に対し、どうあがいてもロボットの数が追いつかない。

「……走るぞ」

 続々と増える深きものを全て相手取るのは時間の無駄、と亜門は即判断し、その場を離れた。

 先程の少女が無事に避難した事は、監視カメラを通して確認していた。ならばこれ以上、亜門がここに留まる理由はない。自分の進行方向の道を空けるように、『折り鶴』から指示を変える。

「ミーコの居場所は……こっちだな」

 多数のロボットと深きものたちがせめぎ合っていた。亜門はセラの出力した『本』を頼りに移動を開始する。

 正面からの深きものには近くのロボットをけしかけ、背後から迫るものには防災用のシャッターを起動させ進路を塞ぐ。そうして迫りくる深きものを、亜門は驚異的な速度で対処していった。

(いける! この場所でなら奴らに対抗できる。俺の技術なら、勝てる……!)

 深きものたちは、確かに怪物と呼ぶのにふさわしい筋力と体力を備えていた。しかし反面、知能は決して高くなく、行っていることも単純な人海戦術だけであった。

 機械、そして情報に精通した亜門には、深きものがショッピングモールのどこにいるのかが手に取るように分かる。そして相手の動きが単調であるが故に、どこで対処するのかということも容易に組み立てることができた。

 今の亜門にはこの事態に対処できる自信と手ごたえがあった。


「撒いたか……」

 長きに渡る逃走の末、たどり着いたのはデパートの端にある映画館だった。中に入り最後の防壁を下ろすと、亜門は一息つく。

 この映画館は、緊急時にデパートの利用者が使用できる避難所の一つだった。ここに、他の避難者と同じく美衣子も避難したと、セラは監視カメラのデータから導き出していた。

 幸いなことに、まだ深きものにも見つかっていない様子だった。劇場へ続く通路を渡っていても、外の怪物には一体たりとも出会ってはいない。

 やがて亜門は人が避難しているとされる劇場にたどり着く。目の前には扉が一枚あるだけで、この扉を隔てた先に美衣子がいるはずだった。

「この先に、ミーコのいるんだな? セラ」

「うん、そのはずなんだけど……」

「……? どうした?」

 扉のロックを解除していた亜門は、セラの歯切れの悪さに疑問を持つ。その表情にはいつもの明るさはなく、ただ険しい表情で扉の向こうを睨んでいた。

 セラ、と口にする前に扉が開く。

 その向こうにある光景で亜門はセラの表情の真意を理解する。

「なっ……!?」

 避難者で溢れた劇場。そんなものは亜門の視界に存在しなかった。

 代わりにあるのは溢れんばかりの『膿』。そしてそこに飲み込まれる人々の姿だった。

 『膿』は壁を伝い、天井を、劇場内の全てを覆っていた。その中には無数の人間が埋め込まれ、おぞましい光景を生み出していた。

 驚愕、嘆き、悲哀。様々な負の感情を抱いた人間が、その表情のまま『膿』と化す。つい先程まで平和だった事を証明するかのように、そこに埋め込まれた人々の人種、性別、年齢は様々だった。熟年の夫婦、抱き合う親子、若い学生、そして……


「ミーコ!!」

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