目覚め/The_King_In_Yellow_2-2
「いらっしゃいませ。『アフター211』へようこそ」
デパートへ入った二人を早速出迎えたのは、人型の姿をした接客用のロボットだった。服を着飾ったロボットは機械らしい機敏な動きで、行き来する客に頭を下げる。
「ここは第三学区でも最新のデパートで、ロボットが接待、清算、清掃まで行ってくれる実験的なデパートなんだって。最近できたばっかりなんだよー。すごいよね」
美衣子の解説通り、店内のロボットは制服を着たものから作業服を着たものまで様々な種類が存在し、それぞれが各自の持ち場で人間のように仕事を行っていた。人間とは違うところがあるとすれば、仕事がなければ動きを止め、オブジェのように動かなくなるところだった。
「なるほど、店の食品を着て接待をして、用がなければ停止か……。従来のマネキンの役割をロボットが兼任しているみたいだな。確かに合理的だ」
「アイデア自体は昔からあったみたいなんだけど、こうやって実用化したのはこれが初めてなんだって。恐怖の谷を克服するデザインにするために、すっっごい苦労したんだって」
美術専攻らしく、美衣子は学都の内部事情を口にする。
恐怖の谷とは、人間が人間に近い像を目撃したときに生じる、好感とは正反対の違和感のことだった。長らくロボット工学において実用化の妨げになっていたこの現象を、美衣子の先輩達は無くしたのだと言う。
「この街は、なんでも実験的だな」
「ふふ、確かにそうだね。実験都市だし」
塗装の匂いがまだ残っていそうな、綺麗な店内を二人はひたすらに歩く。
いつもとは違い、美衣子が先んじて亜門より前を行き、急ぎ足に道を伝う。道中から察するに、美衣子には何やら目的地があるようだった。
やがて美衣子は足を止める。
「そしてこの場所が、何を隠そう私が(ちょっと)デザインした広場です!」
そこは小休憩などを行う、広さ十メートルほどの小さな広場だった。
「これを、ミーコがか?」
「うん、もちろん一人じゃないけど。ここはデパートを作った企業が、この一角は若者にデザインを頼もうってことで、学生たちを募って設計された広場なんだよ。それで私にも声がかかって、少しだけ手伝うことになったんだ。見てよ。このベンチとか私の傑作だよ」
美衣子が指す椅子は、今の美衣子のような柔らかな色合いを持つ目に優しい色合いだった。椅子は見た目以上に座りやすく、使う人間のことをよく考えたデザインだと、亜門の素人目にも感じ取れた。
「今日ここに来たのは、これを亜門に見てもらいたかったんだ。亜門のようにすごい才能はないけど、私も一歩ずつ前に進んでるんだ、ってことを見てもらいたかったの」
美衣子が口にする言葉には僅かな自虐と、少しでも成果を出せたことへの誇りが含まれていた。
「才能がないなどとんでもない。これはお前にしかできないことだ。凄いじゃないか、ミーコ」
美衣子の作品を見て、亜門は心から賞賛する。
いつも口数少ない幼馴染の最大の賞賛を受けて、美衣子は誇らしげに、そして少しだけの照れを込めて、にっと笑った。
「……っと忘れちゃいけない。今日は亜門の服の見繕いをしなくちゃいけないんだった」
「見繕いはもういいんじゃないか? 俺はもう満足した」
「なんでもう面倒くさがっているのさ。ほら、行くよ!」
やはり今日の美衣子はどこか気分が高揚していたようだ。いつもなら亜門が動くまで自身も動こうとしないが、今日ばかりは違った。亜門の手を強く引き、次の場所へと向かう。
「やあ亜門、ショッピングはどうだい?」
小さな
昨日から聞き慣れた声に、亜門は辟易とした表情を浮かべた。
「お前か、セラ。今までどこにいたんだ?」
幸い美衣子は少し離れた場所で商品を物色しており、亜門が喋っていても不審がることはない。姿は見えないが、確実に近くにいるであろう少女に向けて、亜門は声をかける。
すると店舗の広告ディスプレイの中からセラは姿を現した。
「色々見ていたのさ。人間の習慣、創造物、文化。どれもボクの知識にはなかった物だ。実に興味深いよ。やっぱり外に出て正解だったよ」
「魔導書でも知らないことがあるのか?」
「ボクが知っているのは魔術と、それに関する古い知識だけだよ。人間っていうのは比較的新しい種族なんだよ。それに、たとえ人間の使う言葉や道具の知っていても、それがどういう意図をもって使用されるかを、ボクは知りたいのさ」
セラはディスプレイから飛び出し、近くにいた接客用の女性型ロボットに入り込んだ。セラに取り憑かれたロボットは一度身震いすると、身体の調子を確かめるように腕を握る。足を上げる。そして亜門に向け、人工樹脂でできたとは思えない笑顔を向ける。
「便利だな」
「何てことはないよ。今のボクはキミのおかげでインナーユニバースに存在できるようになったからね。この程度、魔術を使うまでもないよ」
ロボットは特製の合成音声で喋る。しかしその口調はマニュアルからかけ離れたものだった。義眼で確かめるまでもなく、セラが入っていた。
「魔術……か。昨日の窮地を抜け出したときもそうだったな。そう言えば、昨日の魔術はまだ使えるのか?」
「おや、魔術について知りたいのかい? ということは、ついにボクと契約をする決心がついたのかな?」
「まさか、危険なことをするつもりは毛頭ない。とはいえ、だ。昨日体験したことについては正直興味がある」
セラはつかぬ間の喜びの後、「なんだ、残念」と肩を落とした。しかし魔術に関することを聞かれたのは、それはそれで嬉しいようで、すぐさま気を良くした。
「質問の答えは、一度覚えれば何度でも使える、だよ。キミの目にも記録されているんじゃないのかな? 昨日の『転移』は」
言われて亜門は義眼の
「他にも魔術は沢山あるよ。『
魔導書の面目躍如とでも言わんばかりに、セラは手にいくつもの本が出現させていた。表紙にはどれも、昨日見た本と同じような星に似た印が施されている。
試しに、亜門は本を一冊受け取った。開くと『
「ただ気を付けて、魔術は使い過ぎると代償として正気を失うよ」
亜門は即座に本を閉じた。
「お前、それを隠して俺に魔術を使わせたのか!?」
「あの時は脱出するため仕方なかったんだよ。本当のことを言うと使われない可能性がある。でも安心して、今のキミには
逆に言えば、通常、魔術は吐き気を催すほど疲弊する代物だということだった。
「安心できるか、くそっ! なんの対価もなくあんなことができるわけがないと疑うべきだった」
亜門には正気を失った経験はないが、恐ろしい状態だと聞くだけで分かる。それをさらりと推奨するあたり、魔導書とは相当に恐ろしい存在だった。
「だけど本当に気をつけてね。魔術の中には人が行使するには強力すぎるものもある。ボクという仲介があっても御しきれない可能性は十二分にあるよ。特に今、キミに発狂してほしくはないんだ」
念を押すセラ。その表情は相変わらずの笑顔だが、口調は真剣だった。
冗談ではないことが亜門にも伝わった。
「……魔導書を破壊する人間がいなくなるからか?」
「それもあるけど、なるべく使用者には色んな魔術を使ってほしいのさ。一つの呪文を唱えて終わりなんて、それこそつまらないよね」
相も変わらず、使う人間のことは気にかける素ぶりもない様子だった。
亜門はため息を一つこぼし、ずっと聞きたかった疑問を口にする。
「セラ、魔術とは一体何だ?」
これまでの経験から、魔術が物理法則を無視した作用を及ぼすものだということを亜門は理解していた。しかし肝心のその原理については、亜門はまだ何も知らないに等しい。
人が正気を失う恐れがある現象。その一端を亜門は昨日、身を以て体感した。
地下駐車場にいたはずの自身の身体が一瞬で自室に移動したという不可解な現象。第三学区から亜門の住まう第一学区まで、直線距離にしておよそ数十キロ。どれだけ速い乗り物に乗ったとしても、その距離を一瞬で詰め、尚且つ移動した人間が怪我一つ負わないなど、物理的に不可能だった。
さらに不可解なのは、その物理法則を無視した現象があれほど簡単に引き起こせたということだった。
セラは亜門の疑問を全て見透かしたように笑う。一度頷くと、ロボットから抜け出し、近くの商品が飾られた棚に腰掛けた。
「亜門、君は神の存在を信じるかい?」
「……宗教の話か? ならば信じないが」
「では表現を変えようか。亜門、自分達の存在するこの世界の物質や法則が、自分達以外の何か強大な存在の上に成り立っていると思うかい?」
「……思わない。物質や法則など、それぞれが独立した物にすぎない。そういうものであるから、そうなっているだけだ」
「うん、実に現実的な答えだ。故に一面しか見ていない。現実を1、それ以外は0として捉えない方がいい。亜門、この宇宙はキミたち人間の理解が及ばぬ存在が、無数に跋扈することで成り立っているんだよ」
「ではなんだ。俺たちはその何者かの掌の上で踊らされていると。お前はそう言いたいのか?」
「そうだとも、そして彼らは太古、この地球上にも君臨していた。物理法則すら捻じ曲げる強大な力を持ち、生死すら超越した概念的存在。それを一人の人間が文献から解説し、こう称した。
『
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