幻影の呼び声/Grimoire_1-9
《『
「ぐがッ!!!?」
アナウンスを皮切りに、亜門の義眼に膨大な量のデータが流れ込む。許可もなしに
とてつもない不快感が脳内を駆け巡っていた。右目は最早何を見ているのか分からない。あまりの情報量に脳の平衡感覚が崩れ、亜門は今、自分が立っているのかどうかすら判断できないでいた。
「俺に、なにを、した!?」
「引っ越しだよ。魔術に使う言語を一から教える時間はないからね。ちょうどいい媒体もあることだし、これで魔術を直接行使できるよ。ボクも完全に内なる宇宙へ対応でき、ここから抜け出せる。こういうことをキミたちの言葉でなんと言うのかな? ……そうそう、winwinの関係って言うんだね」
思考を覗き見て、少女は言葉を探し当てる。
脳内を覗かれている感覚が亜門にもはっきりと分かった。少女は今、亜門の眼の中にいた。
記憶が作り変わっていく感覚に苦しみ身悶えていると、またしても空間に揺れが起きた。今度は先ほどより強い。
「この知識は置いていこう。もったいないけど最低限の知識だけ持っていくよ。うん、これだけあれば十分だ」
(こんなときに何を悠長な……)
本の壁は決壊寸前だった。
亜門は地に付しながら悪態をつくが、口に出せる状況ではない。
《ダウンロードが完了しました》
アナウンスが引っ越しの終了を告げると、宙に浮いていた石碑はその役目を終えたように停止した。解けるように砕け、砂になる。
代わりに亜門の義眼が石碑と同じ光を宿していた。
もう痛みはない。あれほど襲っていた不快感も嘘のように治まっていた。
「終わった……のか?」
「おめでとう。これでキミは名実共に魔術師(ウィザード)だ。ではさっそく呪文を唱えてみようか」
未だ疲弊している亜門に向けて、少女は『本』を手渡す。
表紙に奇妙な記号が描かれた『本』だった。記号の形は星に似ていて、その中央には目が描かれていた。シンボルマークとも見て取れた。
差し出された『本』を亜門は疑いながらも受け取る。開くと、案の定中身は未知の文字で埋め尽くされていた。
「この文字か……先ほども似たようなものを見たが、これは読めないぞ」
「フィルターをかけた今のキミの目なら読めるはずだよ。ボクたちの言葉、『
言われるがまま、亜門はページをめくっていく。すると、次第にページから文字が減っていき、ただ一節、亜門でも読める文字だけが残った。
「Trans……fer」
自然と頭に残ったその言葉を口にする。
《『
未知なるプログラムが起動を告げる。
少女の言う魔術。その実行の合図だった。
『本』に記載されていた文字は、本来、魔術を使用するのに必要な
そうして実行される文字列はもはやただの言葉ではない。力を持った『
(これが魔術か……!)
自分自身の姿に起きる変化を、亜門は客観的に感じていた。肉体、空間、精神。あらゆるものが引き伸ばされ、別の空間へと繋がろうとする。その光景を見ていた。
これが魔術。学都のインナーユニバースが可能にした、電子と現実の狭間で行使される最新の魔術だった。
《100%。転移開始》
パーセンテージが埋まると同時に、今まで『異界』を支えていた『本』が決壊する。『膿』がなだれ込み、あっと言う間に亜門と少女のいた空間を満たす。
そこにいたのは大量の魚人、『深きもの』だった。
亜門を襲った個体を含め、数十匹はいるであろう『深きもの』の群生は、人間である亜門と魔導書を求め、『膿』を遊泳していた。
『異界』は、瞬く間に怪物蠢く巣へと変わる。
その地獄から紙一重の差で亜門は脱出していた。『魔術』が引き起こした物理を超越した法則により、空間を飛び越えていく。どこまでも続く浮遊感と、光の帯が平行する光景を目の辺りにする。亜門は光となり、インナーユニバースを彷徨っていた。
やがて亜門の身体に質量が戻る。吐き気を感じた次の瞬間、壁に激突した。
「ぐうっ!!」
派手な音を立て亜門は倒れこむ。宇宙旅行のような冒険の末、辿り着いたのは質素な部屋だった。
備え付けられた机と簡易的なベッド。壁にかけられた衣服がなければ、その様子はまるで刑務所のよう。人が住むには余りにも味っけがない灰色の空間は、亜門にとって馴染みの光景だった。
間違いない。学都における亜門の自室だった。
「助かった……のか?」
「ぶっつけ本番だったけど、どうやら成功したみたいだね。下手をすると壁と同化したり、人の形を保てなくなるから、成功して良かったよ」
ベッドに腰掛けた少女が、さらりと恐ろしいことを口にする。
『黄布』を纏い、音もなく現れた少女に亜門は驚愕する。
「お前、何故ここに!?」
「もちろん、引っ越ししたからに決まってるじゃないか。魔導書としての知識は全てキミの眼に入った。故に、ボクがキミの眼に映るのは不思議じゃない」
少女の言葉は真実だった。
先ほどの異界の時とは異なり、今の彼女の姿は右目にしか映らない。つまりは義眼の中に彼女が存在していた。
(冗談じゃない。これからこいつと四六時中一緒にいることになるのか?)
目を瞑っていても、幼さと妖艶さを両立させたような笑みがいつまでも残る。
見慣れた光景に混じる異物は、亜門の幼馴染と同じ姿をした、中身がまるで異なる少女だった。
「さて、安全になったところで、改めて自己紹介といこうか。ボクは魔導書『セラエノ石碑』の知識。この星に降りた目的はただ一つ。この町の、全ての魔導書の破壊だよ」
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