鱗片

深川夏眠

鱗片(りんぺん)


 祖母が亡くなった。正式な遺言とは別にしたためられた覚え書きに沿って、形見分けが行われた。私に届いたのは古めかしい漆塗りの黒い小物入れ。ごく小さな箪笥と思えばいい。アクセサリーや文房具の収納に使えるだろう。見事な螺鈿らでん細工だ。

 引き出しの一つに結び状が入っていた。苦労してほどき、広げてみると、それは祖母から私への短い手紙だった。


  ——この装飾には夜光貝ではなく、人魚の鱗が使われています。


 光線の加減で、玉虫のように妖しく、悩ましいばかりに色を変える細片。鼻を近づけると微かに潮の香りがする……かのような気がしてくる。

 祖母の遺骨は粉砕され、葬儀はいわゆる散骨、すなわち自然葬となった。祖父と結婚する前に相思相愛だったという男性の故郷の海に溶けることができて、きっと満足しているだろう。

 書面によれば、人魚の鱗は、その漁村の特産品だが、おおやけにされていないそうだ。



    【了】



◆ 初出:note(2015年)退会済。

◆ 私家版『珍味佳肴』(2016年2月刊行)収録

* 縦書き版はRomancer『掌編』にて無料で。

  https://romancer.voyager.co.jp/?p=116877&post_type=rmcposts

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鱗片 深川夏眠 @fukagawanatsumi

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