2 触ってはいけない祠

 ドキドキと心臓がいつものように動いてくれない。

 社務所から猛ダッシュで飛び出して、今は神社の鳥居の前で頭を抱えちゃう。

 でも、ドキドキが止まらないのも、頭を抱えているのも、ダッシュのせいなんかじゃ決してないの!


 ああもう、山城君のアホ……!


 何度も何度も、頭の中で山城君に怒鳴ってドキドキを止めようとしていた。

 でも、そのたびに山城君の曇りのない横顔が怒鳴り声をジャマしてくる。


 確かにイケメンでスポーツもできる山城君は、今の東三小5年女子の憧れの的。

 私に敵意を向けてくる女子の気持ちも、分からなくない。

 それでも私にとって、山城君は師匠の子供でクラスメイト。師匠のところに通うようになってから、からかい合う友達だと思っていた。


 思っていたのに……。

 なんで、胸がこんなに動くの?!


「はあ~……」


 深いため息をつきながら、思わずその場にしゃがんじゃう。

 これじゃあ、本当に神社に来れなくなっちゃうじゃないの!

 まさか、こうなるのを見込んで……。

 頭の中でさっきの山城君の横顔がニタリとわらっているように見えて、ぐちゃぐちゃになっていく。

 とにかく、今日は家に戻ろう。明日会えば、元に戻っているはずだから。



 バキッ。



「へっ……?」


 急に、何かが割れるような音が、静かな境内に響いた。

 誰かが落ちた枝を踏んだ音とか、小石が何かに当たったなんて、そんなものじゃない。


 顔を上げて境内を見渡してみたけど、人影も何もない。さっきまで同じ風景。

 気のせいかな? でも、さっきの音は気のせいじゃ……。


 あれ、何あれ?


 鳥居の片隅で、何かがパタパタと動いている。

 そっと近づいてみれば、鳥居の陰に隠れるように小さな祠の扉が揺れていた。

 結構古ぼけた祠で、何かの拍子で壊れた扉のカギもかなり黒くさびている。


 でも、なんでこんなところに祠なんか……。

 あっ! そういえば、神社に通い始めたばかりの頃に師匠から約束されていたんだ。



 何があっても、鳥居の傍にある祠だけは、絶対にさわってはいけない。

 もし触ったら、『恐ろしいこと』が起こるから。



 それから私は、いつの間にか鳥居の祠を忘れていた。

 でも、なんでこんなところに祠が置かれているんだろう。それも、本殿とは違って建て替えもしていないのに。


 そっとしゃがみ込んで、扉に手をかける。

 この祠が何のためにあるのか分からないけど、このことを早く山城君に知らせないと。

 …………。

 そ、それは流石にムリ! またすぐに山城君に会うのは、かなり気まずい!

 ま、まあ、ヒモで扉の格子をしばっておけば、大丈夫でしょ。確かランドセルの中に、今日の図工で使った紙ヒモが残っているはず。

 でも、風もないのに何で扉が……。


「何、これ……?」


 祠の中を覗き込むと、丸くて黒い何かが置かれている。

 形から見るに、石塚? 私の頭と同じぐらいの大きさで相当古いのに、表面が卵みたいにツルツルして丸い。


 でも、もっと気になるのは、表面に刻まれている謎の文字と、縦に入った大きなヒビ。

 どうも、さっきの割れる音は、この石塚が割れる音だったみたい。ヒビはできたばかりって感じだし。


 けれど、この文字、まるで読めない。

 日本語じゃないのは確かだけど、英語でも、中国語でもない。

 学校の友達が外国の本を時々見せてくれるけど、どこの国の文字とも違う。

 どうやって読むの、これ?


 ゆっくりと手を伸ばして、人差し指で文字とヒビを触る。

 ……触っちゃった。


 でも、石塚の表面はツルツルしていて、けれど氷のように冷たい。

 それ以外は、本殿の階段と全く同じ。

 変なところなんて、どこにもない。


 気のせいだったの? それとも、師匠が言っていたことは、ただ私がペタペタ触ってほしくなかったから?

 なぞるようにヒビに沿って指を動かす。これ以上ヒビが広がる気配はない。

 このヒビ、どうやってできたの? そもそも、この石塚はいつからあったの?


 この半年、師匠から教わった『竜姫伝説』の遺跡や神社はほとんど覚えている。でも、教えてくれた遺跡の中にこの石塚はなかった。

 伝説に関係ないもの? だったらこれって……。


「あ、あれ……?」


 もう一度文字を見て、目をパチクリ。

 読めない文字をじっと見つめていると、スッと文字の意味が頭の中に入って来た。

 まるで、今まで分からなかった九九が、ある日突然頭の中で結びつくかのように。

 でも、先生から教えてやっとわかる算数と違って、師匠からも教えられなかったのに分かるなんて。


「も、もう一度、君と一緒にいたい……?」


 文字をなぞっていくと、心なしか石塚が暖かくなってくる。


「星の魔法とともに、あの子の願いはここに眠る」


 指先から感じる暖かさは、人間の体温と似ていて。


「す、すて……、〈ステラ・スコープ〉」



 バチッ!


 最後の文字を唱えたとき、冬の静電気のような痛みが指先を襲った。


「きゃっ! な、なに!」


 まさか、石塚から静電気を受けるなんて思ってもなかった。しかも、まだ静電気の季節じゃないし。

 慌てて指をひっこめたけど、石塚に変化はない。

 でも、さっきのは一体……?


 パチッ、パチッ……。


 ま、また静電気! 今度は触ってもないのに!

 しかも、指先だけじゃなくて、まるで這い上がるように腕を上がっていく!


「いたい、いたい……!」


 痛みは、腕、肩、首筋、頬の順番に上がっていく。

 そして、目元に痛みが走ったその時。


「いやあああっ!」


 痛い、痛い! 頭が、割れちゃう!

 インフルエンザで高熱にかかったときみたいな、いいえ、それ以上の痛みが頭をおそった。

 目が回って、耳鳴りが激しく、そして身体が真っ二つに引き裂かれる!


 神社の景色がゆがんでいくうちに、歪んだところに別の景色が重なっていく。




『……きだ、●●●。……だから、ずっと……!』


 知らないお兄さんが、涙声で語りかけてくる。


『ホント、……は立派……! ……の宝……!』


 笑顔を浮かべたお兄さんが、手を伸ばしてくる。


『……でしょ、●●●。ここで倒れるわけには……』


 苦しそうなお姉さんが、背を向けて守ろうとする。


『……は、無茶しすぎ。お願いだから、……てね』


 穏やかな笑みを浮かべたお姉さんが、優しくお願いをしてくる。


『いくぞ、●●●! 何としてでも、……を止める!』


 そして、傷だらけのお兄さんが、隣で立ち上がっている。




 どれも、私の知らない人。

 でも、止まることなく数えきれない景色が、私の中に流れ込んでくる。

 もう、頭がパンクしそうだ。


「やめて……、やめて……!」


 頭を抱えたまま、振り払おうと身体を動かそうとするけれど、千鳥足になって立っているのかもわからない。

 だから、忘れていた。今、神社の鳥居の前にいることを。


 心臓破りの石段から、思いっきり足を滑らせてしまった。


「あっ……」


 ふっと、知らない景色が消えたと思ったら、鳥居が遠くに離れていこうとしていた。頭を抱えていた腕を前に伸ばそうとしても、枝すらつかめない。


 このまま、石段から落ちる? 私の人生は、ここで終わり?

 やけにゆっくりと遠ざかる鳥居を見ていると、ふっと心が軽くなっちゃう。


 これでいいだよね。山城君に迷惑をかけたんだ、こうなっても、いいんだよね?

 ごめんね、山城君……。


「……み、和泉!」


 そして遠ざかる景色のなか、鳥居を越えてこっちにてを伸ばそうとした山城君の顔を見たときに、全部感じなくなった。

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