異世界の攻略@wiki
ちびまるフォイ
辞書を利用するただひとつの理由
「勇者さま、実は東の森でまたベヒーモスが暴れているんです」
「勇者さま、私の村にゴブリンの集団がやってきました」
「勇者さま」「勇者さま」「勇者さま」
「うあああああ!! 自分の時間をくれぇぇ!!」
異世界の例にもれずチートを授かった勇者は
魔物をバッタバッタと倒しまくり村の人を助け続けた。
そのうち村の人たちも勇者に頼るようになり、
困ったことがあればことあるごとに脳死で勇者に依頼した。
「勇者さま、どうして私の村は助けてくれないんですか。
あれですか。そんたくとかいうやつですか」
「ちがうちがう! 実はすでに依頼がパンパンで……。
他の冒険者に頼んでくれないか?」
「ほかの冒険者に頼めば解決されるまで遅いんですよ。
勇者さまならワンパンで片付くでしょう?」
「し、しかし……」
「勇者は人々を救ってこそ、でしょう?」
「プライベートもほしいんだよぉぉ!」
そこで勇者はせこせこと持ち前のチート能力を使ってwikiを作ることにした。
「よし、と。これでベースは完了だな。
あとはここにページを足していけばいい」
他の冒険者と勇者との決定的な違いは情報だと感じていた。
村の人は「安い・早い・確実」の三拍子揃った勇者にばかり依頼するものだから、
冒険者は魔物と遭遇しなくなり、いつしか戦闘系の依頼は敬遠するようになっていた。
wikiを作って生態を知れば攻略法がわかる。
そうなれば冒険者も「知恵」という武器で戦線復帰ができるはず。
ひいては、自分以外にも依頼が分散して勇者プライベートの充実へと向かうと信じていた。
「ふむふむ、レッドドラゴンの活動周期はこうなっているのか」
「この洞窟はここに酸の池があって、植物は有毒系なんだな」
「打撃は効果なし、と。斬撃は効果あり。炎は効果薄め、ね」
勇者は村の近くのダンジョンに入っては細かく情報収集を続けた。
もちろん実地調査だけでなく、ダンジョンから戻ってからも関連文献をあさり
今回の調査結果に関連した参考文献のリンクを作って参照性を高めていった。
ある朝のこと。
「あ、勇者さん。聞いたよ、うぃきなるものを作ってるんだって?」
「やっぱり商人は耳が早いな。そうなんです。
他の冒険者も戦いに恐れずに参加できるように情報収集しているんです」
「それじゃうちにもいい情報があるよ。
実はゴブリンはぶどう酒が好きなんだ。あれを飲ませて酔わせると効果的だ」
「なるほど……。そのソースは?」
「え?」
「その情報はどこから仕入れたんですか?」
「いやどこって……知り合いの冒険者が言ってたんだよ」
「名前は?」
「冒険者パーティだから誰っていうか……」
「出典が明らかではない情報は不要です」
「な、なんだよ! 人がせっかく情報を教えてやったのに!!」
勇者に情報提供としてやってくる人は多くいたが、
「聞いた」「話していた」「噂されていた」の情報ばかり。
勇者はそんな市民間の口承を限りなくカットして確かな情報だけを選別していた。
そんな友達を失いそうなことばかりやっていてもwikiはついに完成へと至った。
「ああ、やっと一区切りついた! これでみんな楽ができるぞ!」
異世界wikiにはゴブリンと調べただけで攻撃方法から生態系、
弱点から種族などあらゆる攻略情報が網羅されていた。
これまで遭遇してから闇雲に魔法や攻撃をぶっ放していた冒険者の脳筋戦法も
異世界wikiの登場で死傷者も大きく減るだろう。
「みんな、異世界wikiが完成した! さあ役立ててくれ!!」
勇者は冒険者ギルドにwikiを掲載して誰もがアクセスしてくれるようにした。
それから数日後。
「勇者さま! どうかうちの戦士をあなたの治療魔法で癒やしてください!」
「これはひどい……いったい何にやられたんですか」
「東の……レッドドラゴンだ……いきなり火を吹きやがって……」
「いや、レッドドラゴンは正面に動く標的を優先的に攻撃するとwikiにあったでしょう。
それにやけどに関しては道中の森にやけど草が自生していることも載っていたのに!」
「うぃ、うぃき?」
「見てないんですか!?」
「だって……よくわからないもん……」
「えええええええ!?」
勇者はけが人を直してからギルドに直行した。
異世界wikiはギルドの隅っこの方でホコリを被っていた。
「み、みんな聞いてくれ! どうして討伐前にここで調べないんだよ!
ここに有益な情報も攻略法もいっぱい書かれているんだよ!?」
勇者の言葉に冒険者たちはお互いの顔を見合わせた。
「いや、そのwikiが正しいかどうかわからないじゃないか」
「ちゃんと出典が明らかだから確かな情報なんだよ!」
「そんなものなくても、俺達はいままでこの方法でやってきたし」
「いきあたりばったりな方法だったからけが人が出てるんだろ!?」
「それに勇者が作ったものなんて……ねぇ?」
冒険者にとって勇者とは自分たちの仕事を奪った敵として見られていた。
ただでさえwikiの編纂作業で友達を失っていた勇者の作ったものは
先入観で誰も利用してくれなかった。
「こうなったら、もっといっぱい情報を載せてやる!
有用性がわかればあいつら冒険者も利用してくれるはずだ!!」
勇者はもっとたくさんの情報を載せることで、
みんながアクセスしてくれると願いますます調査に乗り出した。
当初の目的であったはずのプライベートの充実はどこへやら。
せっかく作った異世界wikiをこのまま使われないくらいだったら
プライベートをなげうってでもみんなに使ってもらいたいという一心だった。
「よし、これでもっと便利に……あ、あれ……?」
ゴブリンの武器の歴史をまとめていたとき勇者に疲れが襲った。
そのままダンジョンでぶっ倒れて村に担ぎ込まれた。
「勇者さん大丈夫ですか? 働きすぎですぜ」
「大事なことなんだ……もっとたくさん情報を載せれば
みんなが異世界wikiを利用してくれるはずなんだ……」
「動かないでくだせぇ。治癒魔法でも過労は治るもんじゃねぇですぜ」
「しかし……情報を追加しないと利用者が……」
「その情報の追加ってのは誰でもできるんですか?」
「え? ああ、まあ……今は俺しかやってないけど……」
「ふぅん」
数日後、寝込んでいた勇者はやっと体力を少し取り戻した。
再び冒険者ギルドを訪れると異世界wikiの前に人が集まっていた。
「すごい! 俺が寝ている間にめっちゃ利用されてるじゃないか!!」
wikiの有用性を理解した冒険者たちは依頼の前にはまずwikiで検索し、
事前に情報収集してから向かうのが常となっていた。
それが定着してから死傷者もぐっと減った。
勇者は自分の努力が誰かを救ったのだと涙を流した。
「ああ、勇者さん。やっと治ったんですかぃ」
「それより見てくれよ、あんなにもみんなwikiを利用してくれている。
努力が認められたようで……世界を救ったときよりも嬉しいよ」
「それはよかった。私も頑張ったかいがあります」
「頑張った? お前が宣伝してくれたのか? このwikiは有用ですよーって」
「いえいえ、そんなことしてませんよ」
「それじゃあどうしてこんなに浸透したんだ?
前まではみんなアクセスすることすらしなかったじゃないか」
「それがね、私もわからないんですよ」
勇者の問いに男もわかっていないように首をかしげた。
「ただ、私が異世界wikiにえっちな言葉に関する記事を作ってから
どういうわけか利用者が増えた気がしやす」
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