#30 終わり故の始まり

 1月。正月休み、もとい冬休みが終わり、全国の学生達は憂鬱と倦怠感を引き摺りながら登校する。つい数日前までは私服を着た人々が歩いていた通学路も、今日からは制服を着た人々が多く見え始める。

 そしてここにも、気怠けだるそうに朝の準備を進める者が1人。


「ぁ~……眠い……」


 玄関で欠伸をしながら靴を履く舞那。昨夜は心葵、千夏と通話をしており、気付けば日付が変わっていた。明日は学校であるため3人は通話を切り、舞那もすぐに寝る準備をした。しかし「明日から学校が始まる」と考えた途端プレッシャーに睡魔を妨げられ、ベッドに入ってから1時間程寝付けなかった。加えて深夜に何度か目が覚めてしまったため、今日の舞那は寝不足である。


「それじゃ行ってくるね、お母さん」


 靴を履いた舞那は振り返り、玄関の手前で立っていた母、翔子と顔を合わせる。本来の歴史であれば、翔子は既に事故で他界しているが、世界を書き換える際に事故のタイミングをずらし、翔子が死ななかった未来を作った。世界を書き換えたことを知るのはプレイヤーとメラーフのみ。よって、本来いるはずの無い翔子が生きていることに疑問を持つ者はいない。


「うん、行ってらっしゃい」


 舞那は前を向き、玄関の鍵を開けてドアノブに手を掛けた。しかし直後、翔子が舞那を呼び止め、舞那は再び振り返る。


「体調が万全じゃない時は注意散漫になりがちだから、いつも通りの道でも気をつけて歩いてね」

「……うん。じゃあ改めて」

「よし、じゃあ行ってらっしゃい」


 それがただ母親の言うただの注意であれば聞き流す。しかし舞那の場合は違う。事故に巻き込まれて死んだ母の、記憶は無くとも重みのある注意である。聞き流せるはずもない。舞那は翔子の注意を肝に銘じ、玄関のドアを開けた。

 外に出た途端に冷たい風が舞那の皮膚を刺激し、舞那は思わず立ち止まる。しかし立ち止まったところで風が止むはずもなく、舞那は覚悟を決めたかのように息を吐き前に進む。寒い。と言うか寒すぎる。もしかしたら今月で1番寒いかもしれない。そんなことを考えながら、舞那は1歩ずつ学校に近付く。


「お、舞那おはよ!」

「おはようございます、舞那さん」

「ぉはよー。そんじゃまたねー」

「そんじゃ」「それじゃ」


 2つの道が合流する地点で、舞那は心葵と千夏に遭遇した。2人はマフラーと耳あて、手袋、さらにはカイロと、寒さに対する対策が万全だった。

 心葵と千夏の通う高校は別の方角であるため、この道で合流してもすぐに分かれる。とは言えいつでも会えるため、分かれることに対する寂しさは無い。


「木場さん、おはようございます」

「お、撫子じゃん。こんなとこで会うなんて珍しいね」

「始業式の準備は昨日終わらせたので、今日はのんびり登校してます。とは言えのんびりし過ぎるのも良くないので、私はこの辺で失礼します」


 心葵と千夏の2人と別れてからすぐ、舞那

は撫子と遭遇。しかし僅かな時間で会話も終わり、舞那は止めた足を再び動かした。


「おーっす、舞那」

「あ、おはよ瑠花」

「随分眠そうだね。始業式で寝ちゃだめだよ」


 次に遭遇したのは瑠花。家を出てから既に4人と遭遇し、舞那自身も珍しいことだと考えている。そして同時に、恐らくもう少し歩けばまた誰かと遭遇するだろうと予想した。


「はよー、舞那」

「やっぱりね……」

「ん? まあいいや。あ、そうだ。これプレゼント。それ飲んで温まりなよ」

「お、ありがと」


 予想通り龍華と遭遇した舞那。舞那の発言に疑問を抱いたが、去り際に龍華はホットティーを投げ渡した。龍華は先程当たり付き自動販売機で飲み物を買い、見事に当たりを出した。その結果ホットティーを買ったのだが、先に買った方を優先して飲むためホットティーは飲む頃には確実に冷めている。しかし寒そうな舞那と出会ったことで、ホットティーは温度を保ったまま人に飲まれる。舞那だけでなくホットティー的にも良い状況だった。


「はよー、舞那」

「よー」

「あ、おはよー」


 学校が見えてきた時、沙織と日向子が後方から駆け寄ってきた。合流した3人は冬休みに起きた出来事などを話しながら学校へと向かう。


「おはよう」

「おはよー」

「おはー。休み明け早々に校門前で挨拶だなんて、生徒会も大変だね」


 校門前で生徒達に挨拶をする生徒会。理央も杏樹も勿論参加しており、舞那達を「友人」ではなく「生徒」として見ることで比較的真面目な挨拶をした。


「あ、私自販機に飲み物買いに行くけど、沙織と舞那はどうする?」

「行くー。舞那は?」

「んー……私はいいや。先に教室行ってる」


 購買近くの自動販売機にまで向かう日向子と沙織と別れ、舞那は1人教室に向かう。


「まーいな!」

「はひっ!?」


 突如、背後から何者かに胸を掴まれた舞那は、校舎前でマヌケな声を上げた。後ろは見ていない。しかしその声で、胸を揉んできた変態が誰かのかはすぐに分かった。


「雪希ちゃん……休み明け早々にセクハラするのやめてくれない?」

「ごめんごめん。休み中、龍華が中々私に付き合ってくれなかったから……寂しさと欲求不満が頂点に達してんの」

「もう……後で龍華に文句言ってやる」


 和気藹々と話す舞那と雪希。前の戦いでは有り得なかった光景である。それだけ戦いというものが精神的苦痛になっていた、ということだろう。


「そうだ、この後みんなでどこか行くんでしょ。どこ行くか決めた?」

「決めてない。その場のノリで決めるよ」

「いいねぇ。じゃあ、また後でね」

「うん」


 舞那と雪希は廊下で別れ、それぞれの教室へと向かった。その足取りは軽く、少し前に戦いを繰り広げていたとはとても思えない程に元気そうだった。


 今度こそ戦いから解放された。もう戦いは起きない。前の戦いが終わった時にも同じことを考えた。

 しかし今回は確信している。なぜなら、カナンの記憶をローディングした舞那は、創造者の力を手に入れた。仮に戦いが起きたとしても、創造者の力を使えば"戦いが起きなかった未来"として書き換えることもできる。即ち事実上、戦いが起きる可能性は決して無い。


 故に、もう舞那達が戦いのことを考える必要は無い。


(はやくみんなに会いたいな……)


 ◇◇◇


 木場舞那。

 廣瀬雪希。

 犬飼龍華。

 風見心葵。

 大野千夏。

 笹部理央。

 久我杏樹。

 常磐撫子。

 西条日向子。

 松浦沙織。

 羽黒瑠花。

 水澤夏海。

 高雄玲奈。

 岡野絢音。

 松岡メグ。

 工藤愛理。

 椎名ゆかり。

 木崎尚美。

 植松梨花。

 神田英子。

 杉原桃花。

 夏目華琳。

 星乃未来。

 結城青葉。

 国枝芽衣子。

 上原優里。


 3度に渡り繰り広げられた戦いで、合計26人のプレイヤーが存在した。中には力を得て早々に退場した者も、メラーフ以外誰も認知しないまま生涯を終えた者もいる。

 この26人がかつてこの世界を守るため、異形の怪物と戦っていたことを知る人間は居ない。

 しかしただ無駄に散っていった者など1人としていない。





「これでいいのかい? 創造者さん」


 これでいい。これで舞那達の戦いは本当に終わった。


「……なら、僕達は消えるのかい?」


 消えはしない。何せ、もうこの世界は君達の世界だ。

 この世界の続きを綴るのは私じゃない。君達自身だ。それに君は神だろう、メラーフ。神ならば神らしく、私の綴るシナリオ通りの世界を越え、君達の世界を作り給え。


「僕達の世界、か……しかし、創造者キミはいいのかい? キミならば舞那達の今後を見守ることだってできるだろうに」


 見守って何になる?

 それに、私はもう決めた。この世界はメラーフに託し、私は私に幕を下ろす。

 メラーフも知っての通り、何かが始まる前に何かが終わる。君達の世界は私の終わりあってこそ。言わば終わり故の始まりだ。


「……止めはしない。けど、もしもまた舞那達に会いたくなればまた来るといい。僕はいつでも歓迎するよ」


 そうか……。



 舞那達をよろしく頼むよ。

 私のかわいい、メラーフ。




「任せろ。僕が必ず、舞那達を幸せな未来まで導こう。もう創造者キミの力なんて要らないくらいに、平和で幸せな世界へ……」







      色彩少女 [完]

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色彩少女 智依四羽 @ZO-KALAR

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